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長崎市へのご意見・ご提案等の紹介


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ページID:0081271 更新日:2026年4月23日更新 印刷ページ表示

【ご意見(要旨)】長崎市の図書行政に対して

年代:60代 受信:2026年 3月

先日、知人が高齢の為、先日長崎市を離れた。
13歳の時に原爆で両親を亡くされ、その後は親戚宅などを転々として生活し、成人して働きだしてからも被爆の影響か、病床に伏すことが多かった。それでも子育てはもちろん、ボランティア活動なども積極的に行なわれた。
その中で身に付けられた俳句や短歌、エッセイなどを本として自費出版された。
私は家の片付けを少し手伝ったが、その本が数冊見つかったので、近くの図書室へ寄贈しに行った。既に市の図書館と原爆資料館に1冊ずつ寄贈されていたが、市の方が館内閲覧のみで、借りられるのは資料館のみ。そこで少しでも借りたい方の為になるようにと2冊を持っていったわけだった。
窓口の係員は「(本を)置けるかどうかわからない。置けるとしてもどこに置けるか、いつ置けるかわからない。連絡もしない。問い合わせにも応じられない」と淡々と言う。市の図書館に改めて尋ねるとやはりマニュアル通りか、同じ答え。
「もし本を置けない場合、本はどうするのか?」と聞くと「何かの催しで無料で持って行ってもらうか、処分する」と言う。
前述のように希少な本で、残り少ない希少な本だから、置けない場合は取りに来るから返して欲しい」と言っても、それは(多忙だから?)できないという。どう考えても電話一本できないほど、毎日大量の寄贈本があるとは思えない。もしあったとしても電話するぐらい、なぜできないのだろうか? 職員と言うのは、書物の世話を市民との間で掌るのが業務であり、その対価として高い賃金を得ているのではないのか?
特に私が持って行った本の場合は、「原爆で幼い頃に両親をなくした」方の体験が元になっているものである。
長崎市行政は、よくラジオや広報誌で「被爆の手記や被爆にまつわるものをお寄せください。市では大切に保管して企画展などで活用させてもらいます」などと調子のいいことを言っているが、この寄贈本の場合、知人の大切な被爆体験記を何の連絡もせず処分したり無料品として放り出すということになる。被爆地長崎の図書館としてあるまじきことだし、長崎でなく、被爆手記でなくても善意で寄贈された方の心に対して、連絡ひとつしようとしないのは、職員としてよりも、人としてどうなのかと強い憤りを感じる。
まさに「善意を踏みにじる行為」であり、断固として改善を要求したい。これでは市民の為の図書館なのか、一部の職員の手間暇だけの為の図書館なのか、まったくわからないではないか。
そのことについて、ご説明をお願いしたい。

【回答】 生涯学習施設課

回答日:2026年4月22日

 この度は、ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした。
 長崎市では図書の寄贈に関して、図書の受入れやどの図書館・図書室に所蔵するかなどの判断は一任していただくことにしており、その旨ご了承していただいたうえで、寄贈の申し込みを受け付けています。
 ただし、地域資料や著者からの寄贈の申し込みに際しては、事情を確認した上で、寄贈者の意向に配慮した対応をさせていただく場合もございます。今回のケースはそのような配慮が必要な事例だったと考えられますが、担当者が適切な対応を行っておらず、大変申し訳ございませんでした。
 今後、市立図書館職員に対応を徹底させるよう指導いたします。

関係所属

生涯学習施設課
(連絡先は課のページをご覧ください)

(注)掲載されている回答は回答時点のものであり、その後の社会情勢や制度の改変などにより、最新の回答と異なる場合があります。