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大浦慶さんは、日本のお茶を外国へ売るお仕事をはじめた、すごい人なんだって!
もともと大浦さんのお家は油を売るお仕事をしていた。でも、売れ行きが悪くなってきたので、新しいお仕事を探すことにしたんだって。そこで目をつけたのが、「日本のお茶を外国の人に売ること」だったんだ。
幕末、大浦さんは、出島にいたオランダの人に「嬉野茶(うれしのちゃ)」の見本を渡したんだ。すると、外国から「もっとたくさんほしい!」って注文がたくさん来るようになって、大儲け!長崎でも有名な商人になったんだよ。
そのあと、大浦さんは詐欺(さぎ)事件に巻き込まれちゃって、たくさん借金をしたりして苦労したんだけど、最後には、お茶の貿易(ぼうえき)をはじめたすごい人!と認められて、国から賞をもらったんだって。

油屋町には大浦さんが住んでいた場所を伝える「石碑(せきひ)」があるよ。
大浦さんは油を売るお仕事をしていたと言ったけど、油屋町には昔から油屋さんがたくさんあったんだね。おくんちで油屋町が使っている傘鉾(かさぼこ)は、大浦さんが注文したと言われているよ。おくんちで油屋町の傘鉾を見かけたら、大浦さんのことを思い出してね!