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学芸員コラム Vol.17(長崎にペンギン?―2―)


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ページID:0078987 更新日:2026年3月25日更新 印刷ページ表示

江戸幕府で若年寄を務めていた堀田正敦(1758~1832)によって編纂された『禽譜』(きんぷ)は、詳細な解説と彩色豊かに描かれた鳥の姿が掲載された、江戸時代の鳥図鑑です。ペンギンを探してみると、水禽の中でヘングインの項目がありました。ペンギンにかかわる伝承として、二つのエピソードが紹介されており、どちらも長崎に関連しています。

一つ目のエピソードは、1821(文政 4)年に出島のオランダ商館長が長崎奉行へペンギンの皮を縫い合わせた物入れ袋を贈ったというもの。図を見てみるとキングペンギンの特徴でもある黄色い模様がアクセントとして用いられており、「甚美麗也」(はなはだ美麗なり)とペンギンの皮が当時珍しく、美しいものとして扱われていたことがわかります。

禽譜よりキングペンギンの図1

   画像『禽譜_水禽1』東京国立博物館 デジタルアーカイブス 資料番号  QA-962-1
               https://webarchives.tnm.jp/dlib/detail/6182<外部リンク>
                         (最終アクセス日2026年3月25日)
               より筆者にて画像の一部切取りを行ったもの。

 

二つ目のエピソードにはシーボルトが登場します。
享保年間(1716–1736)に蘭船から未知の鳥の全身剥製を自身の父に贈られていた栗本瑞見。1826(文政9)年、江戸参府(出島のオランダ商館長が江戸城へ赴き将軍に拝謁する一連の行事)のために江戸に滞在していたオランダ商館医シーボルトにこの毛皮の頭部を見せて質問してみると、一冊の書物を取り出して図を示し「ピングイン」(蘭pinguïn)だと教えてくれたといいます。『禽譜』にはその図を手写したキングペンギンの絵が添えられています。

禽譜よりキングペンギンの図2

  画像『禽譜_水禽1』東京国立博物館 デジタルアーカイブス 資料番号  QA-962-1
              https://webarchives.tnm.jp/dlib/detail/6182 <外部リンク>
                    (最終アクセス日2026年3月25日)
              より筆者にて画像の一部切取りを行ったもの。

 

さらにシーボルトは、より詳しく彩色されたものが長崎にあることも栗本瑞見に伝えていました。当時、海外の情報は長崎に集まっており、西洋や中国から入ってくるモノや知識をもとめる人々にとって長崎はあこがれの場所でした。長崎へ「遊学」できない多くの人にとっては、江戸参府が逃すことができない貴重な機会であったことが、ペンギンという切り口を通しても伝わってきます。

 

泳ぐキングペンギン

飛んでいるかのように泳ぐ長崎ペンギン水族館のキングペンギン(筆者撮影)

 

                       (長崎市長崎学研究所 学芸員スターツ美来)

 

 

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