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聖福寺石門


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ページID:0001270 更新日:2024年11月11日更新 印刷ページ表示

聖福寺石門

(しょうふくじいしもん)

市指定有形文化財

聖福寺石門

指定年月日 昭和55年1月19日

所在地 長崎市玉園町3番77号 聖福寺域内

背後の金比羅山にあった崇岳(たかだけ)神宮寺は盛衰を重ね、木庵(もくあん)の命名になる無凡山神宮寺として明治を迎えたが、神仏分離令によって金比羅神社となり、仏像仏具その他仏寺関係の一切が除去破却された。境内に残された石門の中央要石に、唐僧木庵筆「華蔵界」の文字が刻んであり、聖福寺開基(かいき)鉄心道胖(てっしんどうはん)が木庵に随侍修行した由縁があったので、明治19年(1886)当寺が金比羅神社より譲り受けここに移築した。
こうしたアーチ式の石門は、江戸初期に中国からもたらされた形式で、市内の寺院にいくつか残っている。この石門は神宮寺が再興された享保10年(1725)以降の建造と推定されるが、その唯一の遺構としても貴重である。

備考

地図検索<外部リンク>

路面電車「桜町」下車徒歩5分

バス「桜町公園前」下車徒歩3分