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後藤家墓地


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ページID:0001229 更新日:2024年11月11日更新 印刷ページ表示

後藤家墓地

(ごとうけぼち)

市指定史跡

後藤家墓地

指定年月日 昭和48年11月5日

所在地 長崎市寺町晧臺寺後山墓地

後藤家は、代々島原町(現在の万才町)に住む町年寄の家柄で、その初代は、海外貿易に従事した御朱印船主の後藤宗印(そういん)である。宗印は、文録元年(1592)頭人(後の町年寄)であったが、寛永3年(1626)80余歳の老齢ながら、キリシタンなるが故に江戸に召喚(しょうかん)され、翌年病死した。2代貞朝以後明治維新まで14代にわたって町年寄を勤めた。墓地の形成は墓石の配列と様式から寛文(1661~73)前後と考えられ、正面中央に宗印(貞之)を祀り向かって右(南)から2代・3代と墓碑が配列されている。(5代茂直・14代貞紀の墓碑はない。)

備考

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