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遠藤周作のもう一つの名「狐狸庵」の秘話

ページID:0054888 更新日:2025年4月23日更新 印刷ページ表示

遠藤周作は、作家としては珍しく「狐狸庵先生」の名でテレビCMにも出演していたので、その顔を覚えているかたも多いでしょう。このもう一つの名前「狐狸庵」は、いつから名乗っていたと思いますか?
遠藤は30代後半からエッセイの中で、自身を「狐狸庵山人」と名乗っていました。しかし、その名の誕生は、もっと若い頃にさかのぼることが新たに分かりました。
遠藤がデビュー前に執筆した小説やエッセイをまとめた「メリノの歌」という未発表の自筆の冊子が見つかったのです。この文集のあとがきの末尾に、「狐狸庵亭主人敬白」の落款があったため、この頃からすでに遠藤が「狐狸庵」の名を使っていたことが分かりました。

メリノの歌

「狐狸庵亭主人敬白」の落款

この冊子は、当初自費出版する予定でしたが、紙を入手できなかったため、友人からもらったアルバムに書いた未発表作品です。このような形式の作品は、遠藤関連の資料のなかでも例のない貴重な物。
幼い頃から悲しさを隠すためにふざけることが多かったという遠藤。この文集が書かれた当時は、太平洋戦争の末期。遠藤は学生でしたが、授業はほとんどなく、みな戦争のために働かされていました。「狐狸庵」という名前は、戦時下で過ごした青春の悲しさの裏で誕生したのかもしれません。
遠藤周作文学館では狐狸庵をテーマにした企画展を来年9月23日まで開催中。期間限定で「メリノの歌」(個人蔵)も展示しているので、ぜひお越しください。
遠藤周作文学館学芸員 林田