文・宮川密義


1.「法界節」


明清楽(みんしんがく)の代表曲「九連環」の替え歌「かんかんのう」は文化、文政の時代(1804〜1830)に「看々(かんかん)踊り」を伴って長崎から江戸、大坂で大流行しました。(バックナンバー2「明清楽・九連環の軌跡」参照
その「かんかんのう」も「かんかんぶし」など多くの替え歌を生み、「むらさき節」「梅ヶ枝節」などに姿を変えました。明治の自由民権運動に同調した壮士らが月琴で伴奏しながら、街角で演説代わりに歌った演歌の中に「法界節(ほうかいぶし)」もありました。
「法界」は「九連環」の中の「不解(ぽーかい)」から取ったもので、「ホーカイ節」とも呼びました。また「長崎節」とも呼ばれて長崎言葉でも歌われ、「さのさ節」へと発展しました。
長崎言葉の部分は「私はいやですよ、そんなことなさいますな、ばかにしているのですか、なんてこの人はいやらしいのでしょう、私の恋人は他にいるのですよ、あなたは嫌いです!」となります。
「よっさしか」は「よそわしか」(汚い)の強調。「おんど」は「俺、僕」で、県内では「おんども」「おどん」とも。「おんだいや」は「おんどはいや」が詰まったもの。「あおもち」は“二つ並んでベタつく青餅”から「恋仲同士」のこと。


「九連環」から派生した替え歌の一つ
「かんかんぶし」の歌本表紙
(県立長崎図書館蔵)


2.「水仙花」


「水仙花(すいせんか)」は「九連環」と並ぶ有名な明清楽曲で、唐音で歌われた「茉莉花(めりいふぁ)」から生まれました。中国全土に分布し、多くの人々に愛唱されてきた民謡で、劇音楽の主題歌が民謡化したともいわれています。
当時は福建地方で歌われていたものが長崎に伝えられ、次第に長崎訛りが加わって伝承されました。
二節目の長崎言葉は「なにやかやと嘘ついて…、私が知らないとでも思っているのですか、みんな知っているのですよ、この間も彦山(ひこさん)から月が出る夜、あの女と出島を歩いていたではないですか、いいえ、この目でしっかり見ましたよ、あなたは好き勝手なことばかり…、私は寂しいのですよ」



「明清楽譜摘要」(佐々木僊女編輯)に
描かれた「明清楽演奏の図」
(県立長崎図書館蔵)
と、水仙になぞらえて、女心を切々と訴えた歌です。
「彦山」は長崎市の東南にそびえる山で、その山の端に出る満月は美しく、文化元年(1804)から2年間、長崎に住んだ狂歌師・蜀山人(しょくさんじん=長崎奉行の勘定方・太田直次郎の雅号)も感動して『長崎の山から出づる月はよか こんげん月はえっとなかばい』と詠んだほどです。(バックナンバー23「長崎の月を歌う」参照


3.「ヨカバッテン」
(昭和31年=1956、大倉芳郎・詞、長津義司・曲、鈴木三重子・歌)


「ばってん」は語尾に付く「〜か」と共に長崎を代表する言葉で、この二つを巧みに織り込んで、からっとした恋の歌になっています。
「ばってん」は「ばとて」から出来た言葉といわれ、「けれども」の意味を持ちます。この歌に使われた「よかばってん」は「良いけれども」の意味になり、歌詞を読んでいくと、地元の人には“意味不明”の歌に聞こえますが、「よかばってん」と「よかよか」を囃子ふうに、リズミカルに使っているので、聴いたり歌ったりする時はさほど違和感はないようです。


4.「長崎のよかおなご」
(昭和30年=1955、西岡水朗・作詞、竹岡信幸・作曲、胡 美芳・歌)


部分的に長崎言葉が使われた歌です。
「おなご」は方言ではありませんが、「よかおなご」になると方言めいてきます。「いい女」という意味ですが、長崎では容姿だけでなく心も含めた広い意味で使われるようです。
「あねしゃま」は年上の女性の尊称で、年上でなくてもその人柄が尊敬に値するときにも使うし、その昔、芸者屋の女将もそう呼んでいたようです。長崎らしい上品な表現です。
「すまんばってん」は「すまないけれど…」「申し訳ないが…」の意味ですが、言葉の使い方には、おおらかな気質の女性が連想されます。(バックナンバー29「長崎の女性を歌う」参照
「チャンポン」はおなじみ長崎の庶民的な中華料理の一つです。チャンポンを食べながら恋人を思い出しているシーン。長崎女性の一途な恋、熱い情念を感じさせます。


明治の頃の長崎女性


5.「長崎オッペシャン」
(昭和56年=1981、出島ひろし・作詞、深町一朗・作曲、新城 守、愛原洋子・歌)







全編を長崎言葉、それも親しい者同士の会話でつづった歌です。(バックナンバー29「長崎の女性を歌う」参照
「おっぺしゃん」は「おっぴしゃん」とともに“美人ではないが可愛げのある女性”の意味で、男性には“ひょーげもん”“とんぴんかん”(ひょうきん者)の呼び方があり、いずれも親しみを込めた言葉です。
歌詞の第1節に出ている「おうち」は「お前」「あなた」、「何処(どけ)」は字の通り「どこに」、「貰たとへ」の語尾「へ」は「e」でなく「he」と発音します。「貰ったの?」の意味。「のんのか」は「きれい」「美しい」。「べしょば」は「着物を」、「ぞろ引いて」は「引きずって」、「歩(さる)き」は「歩く」で、2006年に開かれる「長崎さるく博」は“歩いて観光する博覧会”というわけです。
第2節の「要らんすうばん」は「要らぬおせっかい」、「せからし」は「うるさい」、「がんど口」は「憎まれ口」、「しゃっちが」は「無理に」、「しゃきっとせんへ」は「きりりとしなさい」で、この「へ」も「he」と発音しますが、身近な人に“強要”する時に使います。「訳(わけ)くちゃ解らん」は「訳が分からない」を強めたもの。
第3節の「そげん」は「そんなに」、「みぞか」「えーらしか」はともに「かわいらしい」、「おどんが」は「俺の、僕の」の意味。
第4節「とっぱさき」は「先端、かぶりつき」、「手のごい」は「手ぬぐい」、「あらくたましか」は「荒々しい、騒々しい」、「モッテコイ」は「アンコール」意味。
第5節「ちゃっちゃくちゃら」は「めちゃくゃ」の強調言葉、「はっててしもた」は「行ってしまった」で、この世を去る「逝く」にも使われることがあります。


6.「長崎月琴節」
(昭和38年=1963、小野金次郎・補作詞、佐野雅美・採譜、野崎せい子・歌)




明清楽の「九連環」をベースに新しい歌詞と囃子を加え、にぎやかに構成した新民謡です。
歌詞では、長崎言葉は第1節の「おうち」のほかは見当たりませんが、囃子に「法界節」の方言部分を取り入れています。「おうち」は「お前」で、親しい人に使います。
※印部分は、まず女声で「あなたは好きではありません」と歌い、男声コーラスが「そうは言っても、俺は好きだよ、めいめいに手を引けばよいだろうに、あなたは本当にひょうきんもの…」と返しています。「とんぴんかん」は男性に投げる言葉なので違和感がありますが、リズム効果のため使われたのでしょう。


「長崎月琴節」のレコード表紙


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