小さい姿から放たれる大きな慈愛に感激!
館内1階のガラスケースの中、スポットライトが当てられたこの仏像は思いのほか小さく、像高わずか14cm。男性の手のひら程の大きさなのだ。それにしても丸い椅子に足を組んで座り、頬に手をあててもの思う姿のこの小さな半跏思惟像が、なぜキリスト教の歴史を紹介するこの記念館に展示されているのだろうか? 実はこの仏像、イエズス(キリスト)を象徴するものとして隠れキリシタンが代々守り伝えてきたもので、昭和55年(1980)にその隠れキリシタンの家から寄贈されたものなのだという。どおりで隣にはこれも隠れキリシタンが信仰してきた“マリア観音”が展示されているわけだ。伝来に関しては明確ではないが、おそらく対馬か壱岐、または九州北部沿岸に朝鮮半島金銅仏が流入した頃、中世の倭冦の活躍期が最も可能性が高いと考えられていて、朝鮮半島の半跏思惟像としてもとても貴重な仏像。その移入の過程や隠れキリシタンの護持など、長崎県の対外関係の特色ある歴史を一身に受けたこの仏像をよくよく観察してみる。足は右足を上げて足首を左の腿にのせた“半跏踏み下げ”の形で、そして左手は右足首の上にのせている。右手は肘を深く曲げて右膝につけ、指先を右の頬に軽く触れて“思惟手(しゅいしゅ)”の形をとっている。京都の広隆寺、奈良の中宮寺の弥勒菩薩像と同様の定番の「半跏思惟像」の姿だ。小さいそのお顔には穏やかな優しい笑みが浮かび、この表情に一瞬にして心が解き放たれる。華奢でなだらかな曲線が、小さいながらも包み込むような大きな優しさを感じさせる。