長崎ハタ、七つの魅力

鮮やかな色でキッパリと区切られたシンプルなデザインで早朝のかすみの空にも、真昼の太陽のもとにも、茜のかかった夕空にもよく映え、朝早くから日暮れまで一日中楽しめる長崎ハタ。お次はそんな紋様の魅力に迫ってみよう。

長崎ハタの
七つの魅力
4――紋様

流行を追い求め?増え続けた紋様
長崎ハタの紋様は、伝来の時から紙を貼り合わせて作られていたと思われるが、それがすでに中国伝来の剪紙(せんし/切り紙)細工が盛んだった長崎の器用な職人達の手によってさらに洗練されていったのだろう。人々は紋様に独自性を求め競い合った。誰より目立つカッコイイ柄を! 他店に負けない売れる柄を! というように紋様は年々増えていったと推測。そこにはやはり流行りもすたりもあっただろう。現在残る紋様は、その淘汰(とうた)の波をくぐり抜けてきた精鋭達。そして、それらを生み出すハタの作り手は、職人にしてデザイナーだったのだ。

再び『長崎ハタ考』によれば、半顔居士は、「三月に至れバ貴賤老若を問はず、総て紙鳶を弄びて殆ど寝食を忘るゝが如く、各々新奇の印標を造りて、毎年其番附を製し、巧拙と大小とを比ぶるをもて楽しみとす」といったのだそうだ。新奇とは目新しく珍しいことである。

万国旗の模様や外国の織物の柄、また国内の織物の意匠を取入れたといわれる長崎ハタの紋様。しかし、数色の色紙を円か直線かで切り抜いた単純なものだから、偶然に似た模様になってしまっただけでは? という説もある。紋様ができ、さて名前はどうしようかという時に、身近な織物から名前をとったということだろう。以降、いくつかの紋様を紹介するので、デザイン性もさることながら、その洒落の効いたネーミングに、大人の遊び心を感じてもらいたい。
何で? なるほど!冴え渡るネーミング
「丹後縞(たんごじま)」はオランダ国旗によく似た配色の、長崎ハタの中でも最もポピュラーな紋様。しかしこの名称が「阿蘭陀」などでないことは、紋様の国旗由来説という定説中の定説に異を唱える材料にもなっているのだとか。

丹後縞

ほかにも縞紋様は多数あり、線の本数によって「二重縞(ふたえじま)」、「三重ン縞(みえんじま)」など、デザイン次第で重ね、色替りなどをつけて呼ばれる。基本的には、斜め線2本以上の、中心から対称のものが「縞」で、上下に偏ると「筋」。縦横2本以上もほぼ筋のようだ。中心に斜め1本は「帯」で、上下によると「棒」。縦横1本も「棒」。顕著な例外は「滝織縞(たきおりじま)」で、完全に偏っているが名前は縞。というような複雑な決めごとも、長い時を経て進化してきた象徴といえるだろう。

この紋様、とことん突き詰めて調べてみると面白みが増す。名は体を表すが如く、線が交われば「十の字」、斜めは「襷(たすき)」「糸巻」、角によれば「山形」、交点四つは「井桁」で、さらに増えれば「かげ碁盤」となる。

十の字ほか

デザインとネーミング、セットで“いき”、というものも数多い。例えば対角線で区切って、下か左右が色面のものを「下赤(したあか)」「片青(かたあお)」などというが、色面が上にくると「鍋かぶり」といい、ハス(斜)や目深にかぶったものがある。宴席で踊る時、踊り手が誰なのか鍋で顔を隠して楽しんだということで、そこからとられた名称だろう。

下赤ほか
   

四つに区切れば色面は二つ、対角線で切ったものは「切餅」といい、赤青2色使いの「色切餅(いろきりもち)」は、現在、ハタを模したお土産品にも多く用いられる人気デザインだ。また、辺に平行に区切れば「二ツ枕(ふたつまくら)」。さらに切って「三ツ枕」「四ツ枕」だが、反転すると五ツ枕から「石畳(いしだたみ)」と名を変える。そして16分割は石畳でありながら「碁盤」とも呼ばれるようになる。

色切餅

二ツ枕ほか

ここまで見てくるとお気づきだろう。ハタ紋様の美しさの秘訣、「白」の名脇役ぶりに! 赤、青それぞれの色がいかに美しくても、隣り合えば反発し、重々しく息詰まってしまう。セパレートカラーとしての「白」が仲を取り持ち、スッキリとした軽やかさを演出しているのだ。

では一番スッキリとシンプルな、無地のハタはどうだろうか? 白無地のハタには「ユーレン(幽霊)バタ/降参バタ(白旗の意)」との名称があり、かつて子ども達はこれに絵を描いて遊んだというが、色無地のハタには名もなく、現在どちらも普段は作られていない。しかし特別に、赤の色無地が作られたことがある。「源平合戦」を模したイベントがあったのだ。源氏に白無地、平氏に赤無地のハタを多数作り、白熱のチーム戦が行われた。前述(1ページ)の明治42年(1909)、桃中軒雲右衛門率いる桃中軒凧揚会も同様の光景だったろう。

飛びも泳ぎもしない変わり種モチーフ
「波に千鳥」はくちばしの部分に金紙が使われたとてもキュートな人気紋様。ハタ紋様には空や海にちなむものが多く、天体や山、高木の花・葉といった仰ぎ見るモチーフも多数ある。しかし、およそ飛びも泳ぎもしないようなものもあって、とても面白いので紹介したい。

波に千鳥

真ん中に赤い大きな丸はそのまま「日の丸」。小さな丸を二つ横に並べると「眼竜(がんりゅう)」、丸三つの三角形や縦並びは「三ツ星」「竪三ツ星(たてみつぼし)」。それなのになぜか、二つを縦に配置するととたんに「竪饅頭(たてまんじゅう)」だし、縦三つに棒を通せば「でんがく/団子」となる。さらに日の丸をふちだけ残してくり抜けば、「蒲鉾(かまぼこ)」。つまりチクワだ。なんと「月の輪」(図参照)との差は白丸の偏りと色だけ。微妙な違いを楽しむ、大人の遊び心が効いている。

日の丸ほか

また、角に長方形がくっついたものは「頭蒟蒻(あたまこんにゃく)」「尻蒟蒻(しりごんにゃく)」。小川ハタ店の小川さんは「ハタ作りの作業中、横に置いておいた切れ端がたまたまハタに乗って、それを面白いなと思って紋様としたのでは?」と職人ならではの目線。ネーミングについてはまだ「(一ツ)枕」が空席のはずだが、何となく寂しいからやめたのだろうか。当時庶民の代表的な食べ物だったとはいえ、こんにゃくを大空に舞わせる面白みに脱帽だ。

一辺が青い紋様は「鯨ン皮」「尻鯨ン皮(しりくじらんかわ)」というネーミング。海の動物だから問題ないのでは? いえいえ、泳ぐクジラなら色面のほうが白地より多いはず。実はこれ、すでに食卓にあがった切り身のデザイン。湯引いた端っこにホンの一筋ついている、あの黒い皮である。長崎人と鯨肉が昔から馴染みが深かったということの証と呼べるモチーフなのだ。
頭蒟蒻

以上、カッコイイ名前をつけようと思えばつけられたろうところをあえて、このおかしな名称を選んだ――ここに長崎人の洒落た遊び心を感じてもらいたい。

紋様の名称のつけ方にはある程度ルールがある。モチーフの場所によって「頭・尻・下・片・肩」、バランスを変えて「崩し」、太さを違えて「親子・子持ち」などとつけるのだ。モチーフを二つ組み合わせたいわば複合系の紋様も特徴的。例えば「日一(ひいち)」は日の丸と一の字、「山星(やまぼし)」は山形に星だ。「鍋かぶりに尻奴(しりやっこ)」はもう説明もいらないだろうか、何とも気の抜けるユーモラスな語感だ。
日一ほか

方言?外来語? その名が気になる紋様
最後に名称の由来が判然とせず、気になってしかたがない紋様をご紹介。二つとも『長崎市史・風俗編』の巻末附録・長崎方言集覧や『長崎県方言辞典』に同じ表記の言葉が見つかったが、方言と紋様との接点を明言した史料はなく、あるいは外国語由来かとも思われる。

「めっけん」……今としては聞かない響きだが、眉間の方言だという。市史・風俗編の紙鳶揚(ハタアゲ)の節に「メッケンとて泰平無事の世に態と戦場往来の勇士の眉間の傷を偲ばせるためか、眉間の傷らしき彩りを施せるものもあった」とあるが、これはどうも推測のように読める。また『長崎歳時記』の蝙蝠バタの図には「めつけんといふ、紅青の紙を裁(たち)て付る」とあり、上部の中央から下方に向けて剣形のもの(下図中央・赤斜線部)が描かれている。蝙蝠の眉間を指すのは納得だが、紋様とは形が違うので直接の由来とはいえないのかもしれない。

「べっそ」……これも今は使わないが子どもの泣かんとする時の容貌(泣きベソ顔)の方言とある。『長崎ハタ考』のリスト(山形と別に「ベツソ山形」とあり「ベツソ」はないので同一と解釈)と合わせると、眉根を寄せた八の字眉を山に見立てた図案か。ほかに『別其』と書いて「規格にないものをあつらえて面白いものができたことから使う(『長崎ハタ物語』)」説があり、当てはめると「新規格の面白い山形」となる。また、『別岨』と表記するとすれば、愛知県に実在する地名がある。「岨(そ・そば)」には“頂に土をかぶっている石山”の意があり、デザインと合致する。「岨」のつく地名等は各地にあるので、当時「岨」が一般的に使用された語だった可能性もあり、捨てきれない候補だ。

めっけん、べっそ

さて、紋様はほかにも吉祥紋様、家紋、頭文字などさまざまあるので、お気に入りの一枚を見つけてほしい。見つけたならば合戦に行くもよし、ひいきに応援するもよし、自分で作るもよし、ただただ飾って眺めるもまたよしである。ただし、小川ハタ店では、通常販売用としてハタ揚げ会場に持っていくのは20種類程度だというから、手に入れたいハタがあるならば、事前に確認、または注文するのが得策だろう。

往時、あまりにも意匠に凝りすぎた紋様は「素人紙鳶」として軽く見られる風潮もあったと前述したが、例外もあった。お次は例外が許される特別なハタをご紹介。
 

長崎ハタの
七つの魅力
5――飾りハタ

色彩、紋様の美しさが際立つ縁起物
中国の影響を強く受けた長崎の地には、縁起物を重んじる慣習も多い。ハタも空に上がるものとして、古くから縁起物として贈り物などに重宝されてきた。つまり、凝りすぎる程に凝った紋様も縁起を担いだものならばOK! 祝いのハタや宣伝バタなどがそれだ。

色彩の項で紹介した「鯉の滝のぼり」は、端午の節句のお祝いとして揚げたり贈ったりされるもので、金紙のうろこは一枚一枚を細かく切り貼りし時間をかけて作られる。ほかにも新年の干支紋様や、出産祝い、学業成就、家内安全、商売繁盛など、さまざまな願いを込めた紋様があり、特注で名前を入れることもできる。地元の人が求める「喧嘩バタ」に対し、こちらは「飾りバタ」として、全国各地からも注文が絶えないそうだ。例えば、JR九州ホテル長崎(尾上町)、ロビー奥のエレベーターホールには、今年2月1日のリニューアルに際し特注された特大の「鯉の滝のぼり」が飾られている。

「喧嘩バタ」では、バランスをとる重要な役割を担うヒュウも、「飾りバタ」では、飾りに徹する。昔は小さいハタには赤一色、大きいハタには赤白赤の三段縞とルールがあったというが、現在は見た目の華やかさから、小バタにも三段縞が付けられていることが多い。


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