今現在、街を彩る花々は、渡来植物がほとんどといってもいい。しかし、まだまだ私達が知らない植物の世界がある。植物の美しさと不思議さ……かつて出島の三学者が探求し続けた“植物の魅力”を感じることができる場所、長崎市の南端にある『長崎県亜熱帯植物園サザンパーク野母崎』だ。
降る注ぐ太陽、橘湾の温暖な潮風吹く、野母崎。そこに位置する亜熱帯植物園は、いうなれば渡来植物の宝庫だ。


3月初旬、職員の持田さんに園内を案内していただき、数々の魅力的な植物に出会ってきた。


●ナビゲーター/持田 潤さん
着任した時は、植物についての知識はほとんどなかったとおっしゃる持田さんだが、現在では難しい花の名前や、その特性などをスラリとお答えになる頼もしい植物博士。「植物園学さるく」ではガイドを務めておられる。
 

長崎の地で花開く
世界各地の魅力的な花々

色鮮やかな季節の花々に彩られた地中海庭園をイメージさせる大花壇は、中央の噴水と共に植物園を象徴するスポット。その正面に、珍しい亜熱帯植物が生い茂る『大温室』がある。

今回見頃を迎えていたのは、植物園のシンボル的存在の珍しい花『ジェードバイン』。フィリピン・ルソン島原産、マメ科の花だ。


持田さん「花の色が翡翠(ヒスイ)に似ていることから、和名は『ヒスイカズラ』という熱帯性のツル性低木です。通常では目にしない珍しい色と形ですよね。花穂は下垂して長さ1m以上になり、花の一つひとつも7〜10cm前後で、先の尖った鳥のくちばしのような形で、上に反り返ります。ひとつの花序に数百の花をつけ、花序自体も数百付くんですよ。毎年この花を目当てに来園する人もいるほど美しく、人気の花です。6月ぐらいまではきれいな花を咲かせ続けてくれます。」





その色や形もさることながら、一本の蔓だというのに、その絡まる蔓の壮大なこと。なんと、伸ばしていくと8000から9000mにもなるという。これは日本最大級で、大温室の東側を、まるで壁のように占拠しているきわめて旺盛な繁殖力を誇る植物だ。

温室内を歩いていると、ひと際目立つ黄色の花!?を発見! 見たこともない、形態をしている。

持田さん「これは『チユウキンレンカ(地湧金蓮花)』という中国原産の花で、英名は『チャイニーズ・イエロー・バナナ』。一度絶滅したと考えられていましたが中国雲南省の2800mの高地に自生されているのが発見されました。この花の最大の特徴は、なんといっても開花時期の長さです。一度の開花で200〜300日ほど花が付いた状態になるんですよ。ただし、冬には枯れて、3年ほどかけて花が咲きます。花弁に見えるのは実は花苞で、花は2cmほどの小ささです。」

その名のごとく地面から湧き出た金の蓮の花のような不思議な花。花言葉は「幸福を招く」だとか。7月上旬に咲き始めたそうなので、4月でついに9ヶ月目。300日までもうすぐだ。




大温室にはまだまだ珍しい花木がいっぱいだ。入口付近にある日本有数の大型である球型サボテン『キンシャチ』は、40年ほどでやっと花を咲かせるようになるという。すでに黄色い小さな花を咲かせるこちらの開花は5月頃。

季節毎に、楽しめる大温室で、近代の『渡来植物』に出会おう。
 

植物園で見ることができる
シーボルトの名がつく植物

ご周知の通り、シーボルトがヨーロッパに紹介した植物は数多い。持田さんに見せて頂いた、『シーボルトが中心となり設立した「オランダ王立園芸振興協会」が日本及び中国から輸入、あるいはライダードルプ(オランダ南ホラント州)で栽培された植物』という資料には、全部で433種類の植物が記載されていた。その中でシーボルトの名前がついたものは95種類ある。例えば、「ワスレナグサ」や「ハマボウ」、「フヨウの園芸品種」などもそうだという。亜熱帯植物園内にもその一部の花木が植えられている。

シーボルトの名が付くキエビネ
Calanthe ochracea Sieb.
シーボルトがそれらの花に出会った感動の瞬間を思い描きながら、探してみるのもいいかもしれない。
 

グラバーが持ち込んだ蘭の子孫と
長崎生まれの蘭の世界

長崎で活躍した貿易商人、トーマス・B・グラバー。彼が安政6年(1859)に上海から来日する際に長崎に持ってきた蘭が、日本で最初に紹介された洋蘭だ。

それは、シンビジューム属の『トラキアナム』という種類の原種蘭。おそらく、グラバー邸の温室で、毎年2月中旬に可憐な花をさかせ、多忙なグラバーの心を和ませていたのだろう。しかし、この花は、グラバーが明治30年に長崎から東京へ居を移す際、グラバー邸の庭師をしていた加藤百太郎という方に寄贈された。それからは加藤氏の自宅で門外不出の花として大切に育てられ、後にこの蘭の子孫はこの亜熱帯植物に寄贈された。毎年、2月中旬頃には、ここでグラバーゆかりの蘭の子孫を見ることができるのだ。

また、この百太郎氏の孫にあたる方が、後に「長崎県洋蘭会」を設立させ、長崎でも冬を越せる約80種の新種の蘭『デンドロビューム・ナガサキシリーズ』を作った(そのうち38種は、イギリス王立園芸協会のサンダーリストに登録)。新種名には「長崎娘」「長崎小町娘」「長崎レッド」「長崎ホワイト」「長崎日の丸」などなど、長崎の冠がついたものも数多い。加藤氏によって全株寄贈された植物園では、その貴重な新種を大切に保護し、毎年愛らしい花を咲かせている。満開は2月中旬から3月上旬辺りと、今年はすでに時期を過ぎているので、来年の開花時期にはぜひ、長崎生まれの洋蘭を愛でに出掛けてみよう。
 

さて、こんなふうに四季を通じて様々な花と出会える長崎県亜熱帯植物園では、渡来植物以外にもシーズン毎に、新種の花々などに出会える機会がある。
春は「ももいろたんぽぽのジュータン」と題し、10万本のモモイロタンポポで埋め尽くされたお花畑が登場する(平成22年4月24日(土)〜5月16日(日))。
夏は、「ひまわり大祭」。今年は真っ赤なひまわり「ブラッドレッド」や「ルビーエクリプス」が1万本と「ロシアひまわり」という大輪のひまわり、合計3万本以上が咲き誇る(平成22年7月17日(土)〜8月8日(日))。

秋風に揺れるのは、植物園一面に広がる赤、黄、オレンジ、深紅、ピンク、白、チョコレート色の「千紫万紅 七色コスモス」。なかでも最近話題のチョコレートコスモスや、長崎オリジナルブランドの「ながさきチョコモス」の開花時にカカオの香りがする「ショコラ」と鮮やかな深紅色が魅力の「ルージュ」が新登場するそうだ。



そして、亜熱帯植物は冬でも花がいっぱい「百花繚乱」。50種のビオラとパンジーやノースポールなどが花盛り。特に注目したいのは、12月〜1月にかけて見られる3〜4mもあるポインセチアの原木800本だ。クリスマスシーズンの鉢植えとは違う印象で、いつもとは違ったクリスマス気分が楽しめそうだ。


●長崎県亜熱帯植物園サザンパーク野母崎
長崎市脇岬町833
TEL.095-894-2050
開園時間 9:00〜17:00
入園料 大人600円、小中学生300円
ホームページ http://anettai.org
 

今では、野山や庭木、花壇の花、はたまた食卓にのぼる野菜としてすっかり私達の生活に同化している渡来植物の中には、かつて長崎港を往来する貿易船によって運ばれた植物も多かった。また、それと同様に出島に滞在した三人の偉大なる学者達が長崎近郊に咲く花々や、日本独自の花を海外に伝えていた。長崎は、日本と海外の植物を結びつけた地でもある。

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