長崎の町を駆け廻った
幕末の風雲児、龍馬
 
龍馬をはじめて長崎に連れて来たのは、師である勝海舟。元治元年(1864)、30歳の龍馬を伴い軍艦奉行としての来崎だった。この時逗留したのが、以前、海舟が止宿していた本蓮寺から目と鼻の先の福済寺。長崎三福寺の1つである黄檗宗のこの唐寺は、原爆で大破するまでは国宝だった見事な伽藍の寺院で、2人はここに約一月半滞在した。海舟に付いてこの小高い丘を上り下りした龍馬の目には、帆船が浮かぶ美しい長崎港が映ったことだろう。きっと、独特の長崎風景を胸躍る気持ちで見つめたに違いない。
福済寺

そして、海舟は各国の領事や艦長と交渉し、調停を成功させるなどの公務を果たしながら、長崎海軍伝習所で親交のあった長崎屈指の豪商・小曽根家の英四郎を訪ね、龍馬を紹介した。

翌年、龍馬が設立した日本初の商社「亀山社中」の本部がこの小曽根邸。現在の万才町、法務局・地方裁判所付近にあり、「小曽根邸の跡」の石碑が建っている。周囲には後藤家や高木家など、町年寄の屋敷が立ち並ぶ、高級住宅地だった。会社設立は、この小曽根家に物心両面でバックアップされての実現だった。龍馬は亀山社中よりも、小曽根邸で活動することが多かった。また、慶応2年(1866)からしばらく、龍馬の意向で妻のお龍も小曽根邸で暮らしていた。「長崎版・忠臣蔵」の名で知られる深堀騒動の現場、けんか坂(大音寺坂)もすぐ近く。お龍とともに、この坂を歩いたこともあったんじゃないだろうか。
龍馬と小曽根家の間を取り持った海舟自身もまた小曽根家に支援や世話を受けていて、おクマとの間に生まれた「梅太郎」のことも、急逝したおクマに代わり、勝家に引き取られるまでの間面倒見てもらっている。


小曽根界隈



けんか坂(大音寺坂)

また、慶応2年1月、小曽根邸の一室で海援隊の近藤長次郎が切腹した。英国留学を画策し、長州藩からの報酬を私物化しグラバーの船に乗って出航を待っていたが、天候不良で出航が延期となり、下船したところを社中の仲間に見つかり隊規違反を責められたためだ。切腹は龍馬の命だったという説もあるが、この時、龍馬は薩長同盟締結のため京都に赴いていたため、社中の他の隊士が命じたのが実際のところなのだろう。お龍は、後に回顧録「千里駒後日譚」(せんりのこまごじつのはなし)の中で、長次郎の訃報を聞いた龍馬が「己が居ったら殺しはせぬのぢゃった」とその死を悼んでいたと証言している。
当初、皓台寺後山の墓域のかなり高台に建てられたという長次郎の墓。墓石には、小曽根邸の離れの屋敷名をとって「梅花書屋氏墓」と記されていて、この筆跡は龍馬のものといわれている。(現在は、同じく皓台寺墓域の小曽根家の傍らに移設)龍馬も皓台寺の山門をくぐり抜け、高台にひっそりと建つ同郷で仲の良かった長次郎の墓に手を合わせにたびたび訪れたかもしれない。


皓台寺の山門
この皓台寺がある寺町界隈は、当然、わずか50年余りで廃窯となった名陶・亀山焼の窯跡に立ち上げた「亀山社中」から花街・丸山へ向かう中継地点。当然ながら、この辺りは我が道同様に、肩で風切りながら颯爽と歩いたに違いない。また、若き志士らが参拝したといわれることから「勤王稲荷」との異名を持つ若宮稲荷神社へ続く石段もしかり。そして、慶応3年(1867)8月に長崎入りした龍馬は、7月に起きた「イカルス号事件」審問に関連して、幾度となく西役所(現 長崎県庁)に出向いている。実際のところ、長崎の旧町である内町、外町のほとんどの道を、龍馬は縦横無尽に歩きまわったのではないだろうか? 「龍馬の足跡は、長崎のまちの至るところにある。」そんな気がする。



亀山近く、伊良林の小路

最後に−−。龍馬の有名な肖像写真は、文久2年(1862)に中島川河畔に開業した日本初の商業カメラマン上野彦馬の「上野撮影局」にて、彦馬、あるいは弟子の井上俊三によって撮影されたものだといわれている。それは、おそらく慶応3年(1867)1月。龍馬が亡くなる10ヶ月前のこと。「上野彦馬撮影局跡」と石碑が残るこの地に彦馬が新築した家屋は、採光のために天井をガラス張りにした洋風のスタジオを設置していたという。「ビードロの家」と呼ばれ親しまれた「上野撮影局」で、龍馬は「日本の夜明け」が近づいていることを改めて感じたに違いない。写真の中の、遥か遠い世界と日本の未来を見つめるかのような目をした龍馬の姿を追い求めて、これからも多くの人々が長崎を訪れることだろう。そんな観光客を見つけたら、「龍馬の足跡は、長崎のまちの至るところにあるんですよ。」と、点と点を結ぶ「道」を教えたいものだ。

上野彦馬撮影局跡

「幕末の勇士の足跡は、長崎のまちの至るところにある。」 こんな気持ちで、ぜひ、温故知新のまち歩きを楽しんでみよう。

2004.9月ナガジン!特集『長崎「坂」ストーリー』参照

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