興善町遺跡 江戸時代、ここには豪商の屋敷があった!

やはり、いつの時代も多くの人が生活する場所では、犯罪が発生したり、様々なトラブルが発生するもの。それに昔は火事も頻繁に起こっていた。それらを調整、取り締まっていくのが各町の指導者である地役人だった。地役人は、上から順に町年寄、乙名(おとな)、組頭、日行使(にちぎょうじ)といい、彼らが政治上でも活躍したのは江戸初期からだといわれている。町政上、重要な役割を果たす地役人は当然、財力と人望を合わせ持つ人物だったようだ。
興善町遺跡は、文禄元年(1592)から6ケ町に隣接して造られていった「内町」のひとつの町で、新しく造られたことから新町と名付けられた場所にあたる。ここは代々乙名を務めた家柄の八尾家の屋敷跡で、裕福な商家であった八尾家の生活レベルが窺える出土品が数々発掘されている。
八尾家の先祖は大阪八尾の出身といわれ、武具を扱う“具足屋(ぐそくや)”という屋号を持っていた。元和4年(1618)に具足屋源左衛門が新町の乙名を務めたことにはじまり、その後、八尾姓で記録に登場した安政7年(1778)の八尾次郎左衛門から幕末まで、八尾家は何代にも渡り乙名を務めた家柄だった。八尾家の墓は鍛冶屋町にある大音寺の後山にある。
では、そんな八尾家の屋敷跡からは、どんな遺物が発掘されたのだろう?

江戸時代、長崎では貿易などで得た利益を人々に分配する制度があり、家を持つ人々に分配するものが、“箇所銀”、借家の人に分配するものを“かまど銀”と呼んでいた。この制度は夏と冬の2回あったというから、まるで現代のボーナスの先駆けといった感じだ。乙名だった八尾家らしい出土品のひとつが箇所銀、かまど銀を図った分銅。これらの銀は乙名の家で図られたというから、重さ約700グラム程度のこの分銅は、まさに歴史上の1シーンを思い起こさせる遺物なのだ。


長さ6.5cm、幅4cm、高さ3.5cmの分銅
/歴史民俗資料館 ※

また、興善町遺跡からは八尾家で使用していた茶道具が大量に出土している。それは、志野、織部、楽、瀬戸の茶碗に、交趾(コーチ)の香合や合子、茶入れは瀬戸美濃と、当時の一級品ばかりだという。これだけ揃って出土したのは、九州でもはじめてのことで、展示する歴史民俗資料館には現在も関係者や他都市の美術博物館などからの問い合わせが絶えないそうだ。千利休(1522〜1591)によって精神的な極致にまで到達した茶の湯の世界。信長や秀吉ほか多くの大名や当時の豪商達がたしなんだ茶道は、当時社交的な要素が強く、八尾家の当主も中央と深く関わりを持ち、これらの道具を収集していったと考えられている。八尾家の当主の文化度の高さと、当時長崎の豪商達の間で茶の湯が広まっていたことを示す遺物だ。


八尾家から出土した茶道具/歴史民俗資料館

出土した洋食器にも注目したい。江戸時代後期にイギリスやオランダから出島を通じて入ってきた洋食器のかけらとワインやジンの瓶、牛や豚の骨も出土している。そして、オランダ産の細く長いクレー(粘土)パイプも。これらがまとまって出土したことで、長崎での洋食器の流通と洋食の広まりがわかり、当時の食卓の情景を思い浮かべることができる。
また、出島を通じて輸出していたものの代表は銅や陶磁器。有田焼だ。陶磁器はヨーロッパで美術工芸品として価値が高く珍重されていたため大量に輸出されていた。この有田焼が興善町遺跡からまとまって出土した。これは輸出するために蔵に貯えられていたものが、寛文の大火の際に焼けて価値がなくなったために捨てられたものだという。
出島を通じて輸出されていた有田焼高級磁器 /歴史民俗資料館 ※
 
 ◆よもやま話◆開港以前の長崎史を物語る出土品

実は興善町遺跡の出土品の中で最も注目されているのが、開港時期の安土・桃山時代の地層より掘り下げた室町時代前期の地層から出土した供養塔として用いられていた変形五輪塔だ。また、同じ地層からは鎌倉時代後期に中国から九州に輸出された中国の青磁片が出土している。つまり、室町時代前期にこの付近には仏教思想が普及し定着していたことになり、また、当時輸出品を手にできたのはかなり身分が高い人だったわけだから、近年まで開港時期には寒村だったといわれていた開港以前の長崎史を覆すことになる。


変形五輪塔/歴史民俗資料館 ※
当時この辺りには外国と交流する力を持った有力者が住み、彼らは仏教を信仰していたということを意味している遺物なのだ。

※長崎市所蔵
 
 ●興善町遺跡はここで鑑賞!


歴史民俗資料館には、代々乙名を務めた八尾家の屋敷跡をはじめ、当時の裕福な地役人や商家の生活レベルがわかる出土品が多数展示されているので必見だ。

●歴史民俗資料館
(上銭座町3-1 095-847-9245)
●9:30〜17:00(入館〜16:30)
●月曜休
●入館無料


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