オペラ『蝶々夫人(マダム・バタフライ)』

美しい旋律、歌の内容を知りたい!

主要な登場人物
蝶々夫人(ソプラノ):没落士族の娘
スズキ(メゾ・ソプラノ):蝶々夫人の召使い
B.F.ピンカートン(テノール):アメリカ海軍中尉
シャープレス(バリトン):在長崎アメリカ領事
ゴロー(テノール):結婚仲介人
ケート・ピンカートン(メゾ・ソプラノ):ピンカートン夫人
ドローレ(イタリア語で「苦悩」の意):蝶々夫人の息子


それでは、『蝶々夫人』に関する知識が少しだけついたこの辺で、今度はオペラ『蝶々夫人(マダム・バタフライ)』の魅力に迫ってみたい。そこで、長崎県オペラ協会に所属されるテノール歌手で、来年の定期演奏会ではピンカートンを演じる久保田敦志さんにオペラ『蝶々夫人(マダム・バタフライ)』の魅力について話を伺った。






長崎県オペラ協会・久保田敦志さん

久保田さん「オペラはほとんどが悲劇と喜劇に分けられるのですが、『蝶々夫人(マダム・バタフライ)』は典型的な“悲劇”です。母親が持つ子どもに対する思い、優しさなどが表現された場面では、誰しもが共感を覚えることでしょう。そして、やはり見どころは第二幕第1場の前半、夫ピンカートンの帰ってくる日を信じて『ある晴れた日に』を歌うシーンです。実はこの場面で蝶々さんは、「もうピンカートンが戻ってくることはありえない」といい張るスズキに対して聞かせながら歌っているのです。そこで、スズキは涙するのですね。私が今回演じるピンカートンは軽薄な男ですが、蝶々夫人の自分に対する思いが本気だったことを知る場面で、落ち込むことだけが唯一のすくいだと思います。また、全体を通して、日本に対する認識がきちんとなされていなかったことからくる不自然な日本人像、例えばお坊さんが神様を参るような神仏混合など表面的な誤解がそのまま100年も演じられているところも、外国人が描いた作品として楽しめるんじゃないでしょうか。」

オペラ『蝶々夫人(マダム・バタフライ)』は2幕3場から構成される(第1幕は1場のみ、第2幕は2場に分割されるが、3幕ものとして紹介されることもある)。その中で主演の蝶々夫人(ソプラノ歌手)の役は、ほとんど出突っ張り。これは並大抵のことではなくとても高い演技力と歌唱力が求められ、この大役を上手く演じきれる歌手はそうそうにいないといわれている。
この作品全体に渡り、出突っ張りの悲劇のヒロインを際立たせるのが、アリアやBGM的な伴奏に至るまでの美しい旋律だ。

特に蝶々夫人のアリア『ある晴れた日に』は、歌劇をあまり知らない一般の人にも有名。そのほかにも蝶々夫人とその召使いスズキがピンカートンを迎えるために花を家中に撒きましょうと歌う『花の二重唱』、ピンカートンが蝶々さんを裏切ったという罪の意識から、蝶々夫人の家の前で逃げる時に歌うピンカートンの別れのアリエッタ(短いアリア)『さらば愛の住処よ』も有名だ。
また、日本を舞台とした歌劇らしく、『越後獅子』『さくらさくら』『君が代』など日本民謡の旋律が効果的に使われていることから、日本人にも親しみやすい歌劇となっている。これらの旋律は、舞台となる土地の様子や音楽に対して極度にこだわるプッチーニ自身が、作曲の際に取材した在イタリア日本大使夫人から教えてもらったものなのだそうだ。
では、代表して美しい旋律に満ちあふれた4つの歌の歌詞(和訳)を紹介しよう。歌詞を知ることによって、オペラ『蝶々夫人(マダム・バタフライ)』という作品の奥行きが見えてくるようになる。

まずは、第一幕 『蝶々さんの愛のテーマ』
シャープレスはピンカートンに彼女は今度の結婚を本気に考えているから、よく謹んで考えるようにと忠告。しかし、ピンカートンは全く意に介せず「アメリカのさすらい者は行く先々で色んな物を味わうもので、日本は家も女も自由自在。アメリカ人の本妻となる女性に乾杯!」と自分勝手な軽薄な論理を展開する。ピンカートン、ゴロー、シャープレスが待つ中、蝶々夫人が友人と一緒に登場する際に演奏される印象的な音楽(歌)を紹介しよう。この旋律は第一幕最後のピンカートンと蝶々夫人の二重唱など、劇中の所々に登場する。

(♪ 蝶々さんと友人達)
(蝶々さん)
さあ、もう一息で着くわよ。
って、ちょっと待ってよ。

海と大地の上を春の風が楽しそうに吹いてるわ。
私は日本一、 いや世界一幸せな娘なのよ。
ねえみんな、私は愛に導かれてここへ来たのよ・・・
愛は生きる人や死んだ人の恵みをすべて迎え入れてくれるのよ。
(女友達)
わぁ、何て広い空! 広い海!
って、歩くの遅いわねぇ!
もうちょっとで頂上よ!
見てよ、見て、お花もいっぱい!
(シャープレス)
若い子が早口でぺちゃくちゃ喋っとるわ・・・
(女友達)
お幸せにね、愛しい蝶々さん、
でも、あなたを招いてるあの敷居を越える前に、どうか振り返って見て、これだけの愛おしいものを。
こんなにいっぱいのお花、広い空、広い海を!


この丘を登っていく蝶々さんの弾む気持ちは「愛情」というより、芸者稼業から足を洗えたことの「開放感」だったのかもしれない。当時の長崎の情景をも美しく描かれている音楽。

第二幕第1場 『ある晴れた日に』

そして、第二幕第1場の前半、帰米した蝶々さんの夫ピンカートンはもう戻ってこないといい張るスズキに対して、夫ピンカートンの帰りを信じて疑わない蝶々さんが歌う有名なアリア『ある晴れた日に』。ここでは、あたかもそのシーンが目の前で展開されているかのように、空想の世界が現実に起こっているような感じで、蝶々さんが独りで歌いきる。

(♪ 蝶々さん)

ある日、海の彼方にまっすぐな煙が立ち上るのが見えるの。
そして、船が現れるの。後にその船が港にはいると、
(伴奏で大砲を模した大太鼓が鳴る) 入港の号砲が鳴り響くの。
見えるでしょ? 彼が来たのよ!
でも迎えには行かないのよ。行かないの。
丘の縁に居て待つの・・・待ち続けて・・・それがどんなに長くなっても私は平気よ。
そうしてると、一つの小さな点のような人が、町の群衆から抜けだし、丘を目指してくるの。
誰? 誰なんでしょう?
そして到着したら何て言うのかしら? 何て言うの?
遠くから「蝶々さん」と呼ぶのよ。
でも、私は答えることなく隠れたまま・・・
ちょっとした悪戯よ、
再会した途端に死んでしまわないように、
そしたら彼は心配する余り、
こう呼ぶの・・・ 呼ぶのだわ、
『バーベナ(下記参照)の香りのする可愛い妻』って・・・
この名前は彼が私に付けてくれたの。
(スズキに向かって)
これらの事は全部本当に起こるの、誓ってもいいわ。
あなたは心配していなさい・・・
でも、私は絶対に信じて待つわ!

歌詞の中で出てくる「バーベナ」とは、「美女桜(ビジョザクラ)」のことで、花言葉は「魅惑」。ピンカートンにとって蝶々夫人は“魅惑”の存在だったのだ。

第二幕2場 アリエッタ『さらば愛の住処よ』

しかし、3年後に再来日したピンカートンは、蝶々さんの一途な愛を信じる心を知って、罪の意識から蝶々さんにまともに会えず、家の前を去る直前に、蝶々さんと「愛の住処」だった家への別れの歌『さらば愛の住処よ』を歌い、情けなくもその場から逃げ出す。しかし、ここがピンカートン唯一の聴かせどころなのだ。

(♪ ピンカートン)
さらば、愛の家 花に満ちた隠れ家
その優しい面ざしを、激しい後悔とともに思い出すだろう
おまえの悲しげな様子に私は耐えられない
卑怯にも私はここから逃げ出すのだ
ああ、卑怯者の私を許してくれ!

第二幕2場 アリア『さようなら、坊や』
全てを悟り、側にいたいと願うスズキさえも下がらせた蝶々さんは、父の形見の短刀をとり、「名誉をもって生きられなければ、名誉をもって死ぬ」と刻まれた銘を読み自殺しようとする。するとそこへ突然ドローレが走り込んでくる。蝶々さんは激しくドローレを抱きしめ、自分の母としての愛情をアリア『さようなら、坊や』に込めて歌い上げるのだ。

(♪ 蝶々さん)
お前?お前?お前?
小さな神様、私の愛する子
百合の花、バラの花のように愛らしい子
お前の汚れない目に死んでゆく蝶々の姿が映らないようにね
なぜならお前はこれから海を越えて遠い国に行くのだから
大きくなって、母親に捨てられたなんて思わないように
お前は天から授かった大事な子
さあ、母の顔をよく見るのよ
決して忘れないように
さあ、よく見て!
さようなら、いとしい坊や、さようなら
お行き・・行ってお遊び・・

ドローレを下がらせた後、覚悟を決めた蝶々さんは一気に短刀を喉に突き立てる。遠くからピンカートンが蝶々さんを呼ぶ声が聞こえてくるが、いまわの際の彼女にそれは聞こえたのか? 愛の日を過ごした小さな家の部屋の中で、蝶々さんは事切れる。
 
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2005年1月公演 長崎県オペラ協会第25回定期演奏会
オペラ『蝶々夫人』演奏会形式 ハイライト公演

さて、初演から100周年を迎えたこのオペラ『蝶々夫人(マダム・バタフライ)』を鑑賞できる機会ができた。先程話を伺った久保田さんが所属する長崎県オペラ協会の定期演奏会だ。芸術監督に星出豊氏を迎え、厳しいオーディションを通過してのキャスティングで繰り広げられる全編イタリア語のハイライト公演。ハイライトとはいっても全幕に及び、ナレーションを入れわかりやすく解説してくれるので、初心者にはうってつけの公演だ。

●2005年1月29日(土)18:30 
長崎市民会館文化ホール
●2005年1月30日(日)18:30 
長崎市民会館文化ホール
※指定席2500円/自由席2000円/高校生以下1000円
※詳しくは長崎県オペラ協会事務局(久保田)090-3663-3025




2004年8月9日、グラバー園で行なわれた
長崎リンガーベルコンサートのハイライト公演より


 
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遂に今月最終審査!
『マダム・バタフライ国際コンクールin長崎』

また、長崎国際観光コンベンション協会創立50周年を記念して開催される「マダム・バタフライ国際コンクールin長崎」も大注目のイベント。最初の関門となる1次審査には世界各国から142人もの応募があり、今月20日にはピアノ伴奏による2次審査、そしていよいよ22日には長崎交響楽団による最終審査が行なわれる。審査委員長であり、東京芸術大学教授で指揮者の佐藤功太郎氏は、今回の国際コンクールを長崎で開催する意義について以下のように語っている。


佐藤氏「これまで世界各国で何百回、何千回と歌われ、演じられてきた『マダム・バタフライ』はどんな形であれ、長崎でやるのが一番で、また世界の中で長崎でしかできないコンクールだと思います。それは何といっても長崎を舞台に組み立てられたオペラであり、長崎でしか表現できないもの唯一性、希少性があるからです。歌い手にとって演者にとっての独特の思い入れは、確実に生まれるし、その思いは観客に届くはずです。」




佐藤功太郎氏

23日、午後1時30分からグラバー園旧三菱ドックハウス前広場で入賞者記念コンサートが行なわれ、次世代のオペラ界の才能豊かな人物がその歌声を披露することになっている。オペラ『マダム・バタフライ』の舞台、長崎で行なわれるこの華麗な競演のステージが繰り広げられる3日間にぜひ立ち会おう!

●11月20日(土)11:00 第2次審査(ピアノ伴奏)
長崎ブリックホール大ホール
●11月22日(月)18:00 最終審査(管弦楽:長崎交響楽団)
長崎ブリックホール大ホール
●11月23日(祝)13:30 入賞者記念コンサート
グラバー園旧三菱ドックハウス前広場
※ 3日間共通入場券 一般2000円/学生(大学生以下)1500円
※ 詳しくは http://www.iodc.co.jp/nagasaki/


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