第29回 〈List:〉オーナー 松井知子さん

長崎市出島町に建つ日新ビル。このビルの2階で〈List:〉という名前のお店を展開しているのが松井知子さんだ。店内には、温もりを感じる手づくりの生活雑貨や衣類など、松井さん自らがセレクトした商品が並ぶ。ショップオーナーとしての顔と別に、もうひとつの顔を持つ松井さん。それが「ナガサキリンネ」の主催者という立場だ。今年の春に大成功をおさめたイベントは記憶に新しい。果たして、ナガサキリンネとは?

〈List:〉を始めたきっかけを教えてください。

松井さん 「大学を卒業してから、福岡で雑貨を販売する企業に就職し、そこで主に店舗運営を経験しました。転勤や出張がとても多い会社だったんですが、初めての転勤先が愛媛県の松山でした。そこで、ある一軒のショップと出会ったんです。オーナーさんが器の使い勝手などを丁寧に説明してくださったり、スタッフの方もみなさんとても感じがよくて……結構高い器だったんですが、思い切って購入しました。すると、家に帰ってからその器に料理を盛ったとき、全く知らない土地やオーナーさんたちと「つながったな」という感じがしたんですね。もちろん器ひとつで日々が楽しくなるんだということも、強く感じました。それから、そのお店に通うようになったんです。  
その後、いろんな土地で暮らしましたが、そのお店のことはいつも心にありました。だから会社を辞め、長崎に戻ってきたときに、自分がやるなら、そういうお店かな…というものが漠然とありました。実際、長崎にはこういうお店がありませんでしたから。それで、6年前に〈List:〉をオープンしたんです。」

〈List:〉に置く商品は、どうやって決めているんですか。

松井さん 「まずは私自身がいいなと思うものをセレクトしますが、あとは、作る人を知る、ということを大切にしています。
作り手の方とお会いし、その方と今後も自分が関わっていきたいと思うかどうか、それが大事なポイントですね。陶芸家の方はもちろんですが、靴下、ショール、バックなど、最近増えてきたアイテムに関しても、基本的に作家さんに会いに行きます。長崎だけでなく、前職の頃、西日本の主要な都市はすべて回りましたから、そこで出会った作家さんの品もたくさん並んでいますよ。」

「ナガサキリンネ」について教えてください。

松井さん 「『ナガサキリンネ』は組織の名前であり、本の名前であり、イベントの名前でもあり、とても説明しづらいんですが、もともと長崎に暮らす作り手たちが実際に使ってくれる人たちと直接会う場が欲しかったという想いがあって、それを私たちみたいなつなぎ手がいて、使い手に伝える。そして、長崎の人や場所、大切にしたい伝統文化などをひとつひとつ拾い上げて伝えていく。そういう場を『ナガサキリンネ』と呼んでいます。」

「ナガサキリンネ」を立ち上げたきっかけを教えてください。

松井さん 「大村市にあるカフェで毎年クラフト市が開催されていたのですが、諸事情があって今後それが出来なくなるという状況がありました。でもそこに出店していて、かつ実行委員だった作り手のみなさんには、こういう場を継続したいという強い想いがあって、彼らからなんとかできないだろうか…というお話をいただいたんです。でも、私の仕事は作り手と消費者をつなぐこと。だから作り手と消費者が直接つながるクラフト市というのは、私の立場を必要としません。ただ、彼らがやりたいと思う気持ちも分かるし、〈List:〉を始めてから、お客さんが直接作り手の方に会いたがっているというのも分かるんですね。
私はそのとき作り手のみなさんに、正直な気持ちを伝えました。クラフト市だけをするなら、私はやりませんと。私がやりたいのは、長崎の食や文化など、これまで長崎のまちが大事にしてきたものを、いろんな人を巻き込んで伝える場をつくること。それができるんだったら、みんなで始めましょうと。この考えを理解してもらって、いろんな方たちの協力を得ながら、2011年の7月に15名で『ナガサキリンネ』を立ち上げました。」

今年春に開催されたイベント「ナガサキリンネ」について教えてください。

松井さん 「イベントの告知を始めたのが年明けだったんですが、それと同時に『ナガサキリンネ』という名前が一斉に広まって、一人歩きを始めました。15名のメンバーの中だけで共通語になっていた「リンネ」という言葉がどんどん広がって「リンネはいつですか?」「リンネ、楽しみにしていますね」という声をたくさんいただき、自分たちが思っている以上に『ナガサキリンネ』という存在が待ち望まれているというのを肌で感じました。県外からのリアクションも大きく、作家さんたちの中には「自分が作るもので満足してもらえるだろうか」という悩みも生まれたほどです。
結局、スタッフはそれぞれ自分たちの仕事も忙しく、両立しながら準備をすすめてきたこともあり、イベントの細かい中身は最後の1ヶ月位でいろんなものが決まってしまって、正直、やりたいことの半分もできたかなぁ…という感じなんですよ。企画展示やワークショップに関しても、担当のスタッフがやりたかったことの全部はできてないですね。人や場所、時間やお金などマネジメントの点では、自分自身反省することがたくさんありました。それでも当日は約70店舗が出店し、2会場の累計ではありますが、目標の3倍の1万5000人の来場がありました。みなさんから「来年も絶対やってね」という声もたくさんいただきました。「楽しかった!」っていう言葉もすごく嬉しかったですね。たくさん人に喜んでいただけて、本当にありがたいと思っています。」





来年の「ナガサキリンネ」はいつ開催されますか。

松井さん 「クラフトマーケットとフードマーケットは3月30日(土)、31日(日)に開催しますが、企画展示に関しては3月26日(土)から31日までの6日間行います。場所は昨年同様、長崎県美術館と出島の2会場です。企画展示は「長崎の事始め」や「素材の力」など、キーワードは変わりません。でもナガサキリンネが伝えたい伝統文化や、ことはじめなどは2日間では伝えきれないし、もったいないという思いがあり、来年は美術館を6日間借りて、そこでじっくり見てもらえる機会を増やしたいと思っています。  
ナガサキリンネを立ち上げたとき「3年目にはこうなりたい」「5年目にはこうなりたい」というビジョンを考えました。それが実は1年目にして飛び越えてしまったんです。その大きすぎる反響に何よりも自分たちが戸惑いました。だからもう1度、ビジョンを作り直そうと思っています。そうして第2回目を迎えたいと思っているんです。」


今後ナガサキリンネのイベントはどんなふうにしていきたいと考えていますか。

松井さん 「まずは、長崎の人たちが長崎をいつも楽しく感じて、楽しむ場であり続けてほしいという想いがあります。長崎はいろんな素材がたくさん眠っていますから、それをひとつずつ丁寧に掘り起こしていくことで「こんなことがあったんだ」いう感じで楽しんでもらえる場にし続けたいですね。そこで一番忘れたくないのが、自分たちもこのまちに暮らす生活者であって、一緒にリンネで長崎を楽しみたいという気持ちです。私たちとリンネに興味を持ってくださる方たちと、視点や感じ方の距離が離れてしまわないように、何をするにもそこは大切にしたいといつもスタッフとは話しています。  
あとは、繰り返すことによって作り手の人たちがつながって何かできたり、お互いに学びあったり、外に発信できたり……長崎でものづくりに携わる人たちが食べて行ける、自立できるきっかけになったらいいなと思います。  
作家さんがつくる手づくりのものって値段が高いとか、足を踏み入れにくいと思う人もいるかもしれませんが、『ナガサキリンネ』を続けることによって、お皿1枚、フォーク1本を買ってみる、そしてその良さを知ってもらう機会になればと思います。全部でなくていいんです。家の中に何かひとつ、作った人の顔が見えるものがあって、「また来年」とか、「この人の新しいものを」とか、そんなふうにひとつずつ増やしていくような気持ちになってもらえたらと思います。そして、ナガサキリンネで紹介する文化や人と出逢うことで、自分のまちが好きになって、長崎っていいまちだなと心から思えるきっかけになったらいいなと思っています。」

(最後に)
〈List:〉の中に入った瞬間、時間がゆっくりと流れ始めるのが分かる。それはお店や並んだ商品から醸し出される雰囲気もあるだろうが、松井さんの存在も大きい。穏やかで優しくて、気さく。そして何か心の中に芯がしっかりとある。素直に素敵な女性だと思った。店名の由来について「響きが良く、覚えやすいから」と話したあと「こじつければ、自分の好きな場所や好きなもののリストに入ってほしいという意味もあります。横に『:(コロン)』をつけているのも、この先にいろんなものが並んだらいいなと思って、コロンまでを含めた形で店名にしました」と教えてくれた松井さん。これからコロンの先に、どんなものが並んでいくのか、とても楽しみだ。


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