第28回 理学療法士・アスレティックトレーナー 能由美さん

長崎市葉山町の「いまむら整形外科」に理学療法士として勤務しながら、長崎県バスケットボール協会医科学委員会に所属し、長崎県国体成年女子チームのトレーナーとしても活躍している能由美さん。今回は長崎から世界へ、また長崎でも最先端の医療に負けない治療を提供できるように、様々な環境づくりに取り組んでいるスーパーウーマンを紹介する。

理学療法士を目指したきっかけを教えてください。

能さん 「私は小学校からバスケットボールを始め、短大まで選手として活動を続けていましたが、残念ながらプロとしてやっていくだけの技術はありませんでした。しかし、素晴らしい先生方や理学療法士の方々と出会う中で、ケアをする側の仕事に惹かれるようになりました。教員免許を取得し、一時は中学の体育教師になることも考えましたが、より深く、多くの時間をスポーツと関わりを持って過ごしたいと思い、この仕事を選びました。」

仕事の楽しさや魅力を教えてください。

能さん 「スポーツには、机に座って勉強や仕事をする時には味わえない感動があります。私自身、スポーツをすることで心も身体も育てられてきたので、そういった感動の瞬間に選手たちを戻すお手伝いができるということは大きな喜びです。選手たちにとって運動ができず、心身共に鍛えることができない状態は大変辛いものです。1日も早く現場に復帰させることで、彼らの表情はどんどん明るくなっていきます。私の仕事は裏方ですが、表で輝く選手たちがいるからこそ、続けられるのだと思います。それは、患者さんも同じです。「痛い、痛い」と言っていた患者さんが歩けるようになる。それはその方の人生がいい方向に向かっているということ。そこに自分が関われる、そのことが一番の喜びですね。」


仕事をしていく上で、大切にしていることを教えてください。

能さん
「一言でいえば、「目の前の選手や患者さんに集中する」ということです。この方がどんな治療を望んでいるのか、いま何を考えているのか……その方の表情や言動を見て、向き合うことが大切です。例えば、その人を早く現場に戻したいと思いながら考え発した言葉と、バタバタと忙しい中でなんとなく発言した言葉では、相手への伝わり方が変わってきます。だから「患者さんのことを考えて行動できているか」ということは常に注意していますね。」

現在、大学に通われているそうですね?

能さん 「英語を勉強するために、今年の春から社会人枠を利用して、長崎外国語大学に通っています。理学療法士は国家資格です。そのため大学を出ようと、専門学校を出ようと、国家試験に受かればいいわけですが、私の場合、学術的な部分でどうしても不足していると感じる部分がありました。私は以前、5年間ほど「横浜市スポーツ医科学センター」に勤務し、最先端のスポーツ医科学を学びました。そのとき周りにいた先輩、同僚、後輩たちは、英語の文献を読み、英語で論文を書いていたんです。英語ができれば、世界の情報を取り入れ、それをすぐに治療に結びつけることができます。そして自分たちが研究したことを世界に発信することもできます。このとき私が学んだことは「患者さんを診るのであれば、自分が一番いいと思うことをしなさい」ということ。そして患者さんを診る以上は、必要があれば、寝る暇を惜しんで学ぶのが当然だということです。私が英語ができない(大まかな意味は理解できても詳細を理解できない、また時間がかかる)という状況は、患者さんにとってベストな状況ではありません。患者さんにとっていいケアをしたい。そのために今、英語を勉強しています。本当は中学や高校でしっかり勉強しておけばよかったんでしょうけどね(笑)。

理学療法士という立場から、現在のスポーツ界における問題点を教えてください。

能さん 「一番の問題点は、地域の子どもたちにケガを予防するための知識が浸透していないことです。スポーツをしている子どもたちは、基本的にケガをしてから病院に来ますが、ケガをする前にできることは、たくさんあるんです。日本ではトップチームが最先端の予防や治療を受けている一方で、それが地域まで浸透してはいませんし、浸透の具合は競技によっても差があります。私は長崎県バスケットボール協会医科学委員会に所属しており、学校や試合会場へ出向き、ケガの予防や成長期の身体の特徴について、保護者や監督、コーチに話をする機会がありますが、まだまだ認識は低く、子どもたちを取り巻く大人の理解が必要だと感じています。強いチームも弱いチームもケガは同じように発生します。指導者の意識が高ければ予防し、指導者の意識が低ければ予防についての情報は与えないというのは、おかしな話ですよね。  
私は医科学委員会という組織を通して、そのことを浸透させたいと思っています。そして提案する以上は、要求があったときにそれにちゃんと応えられるだけの人材を育成したいと考えています。現場に理解を広げることと、人材育成。これからは、この二本の柱をしっかりしていくことが必要ですね。」


どんな理学療法士やアスレティックトレーナーを目指していますか?

能さん 「私はベストなケアをしたいという気持ちから、今年、日本体育協会アスレティックトレーナー認定試験を受け、合格することができました(平成24年10月交付予定)。この資格を持ち、日本代表チームや一流選手のトレーナーになる方は多くいらっしゃいます。でも、地域のこどもたちのために働くのは、その地域にいる人にしかできません。私は一流選手を診る技術を持った上で、地域の子どもたちにプロや都会の選手たちが受けているべきであろう情報を与える環境が必要だと思っています。長崎だから、田舎だからケガが治らなかったというのは、あってはならないことです。将来を担う子どもたちにこそ、そういった環境が必要だと思いますし、そのために活動を続けたいと思っています。」


2014年にがんばらんば国体が開催されますが、今のお気持ちを教えてください。

能さん 「長崎のバスケットの成年女子はとても強いチームです。正直、選手のみなさんは小さい頃からケアに対する意識が高いため、あまり手はかかりません。私が国体チームのトレーナーをしているのは、このチームを最大限にサポートしたいという気持ちがあるからですが、それだけではなく、県の代表チームというのは、子どもたちの憧れの存在なんですね。だから私たちが情報提供することで、トップチームの環境が良くなり、その下でプレーする子どもたちへ伝わる情報も精度が高くなれば……と思います。国体では、競技力向上のために、いろんな講師の方が招かれます。国体がケガの予防やトレーナーの役割に関しても監督や競技団体へ伝えられるいいきっかけになればと、今から楽しみです。  
私がこのような活動ができるのも医師の先生、同期の仲間、同僚、後輩たちの協力があってのこと。一人ではできないことばかりです。周囲の方々には、いつも本当に感謝しています。」



(最後に)
能さんは午前中は大学に通い、午後から理学療法士として患者に向き合い、平日の夕方や土日は学校や試合会場に足を運び、アスレティックトレーナーとして選手のケアに努めるという毎日を送っている。それは自分のためでなく、他人のために生きることを選び続けているという日々……。彼女は望遠鏡で月を眺めるのが好きだと教えてくれた。「宇宙の大きさを感じると、自分がやっていることがちっぽけに思えます。こんなにちっちゃいんだから、いろんなことを思いっきりやった方がいいと思えるんです」。実に美しく、魅力的な女性であった。


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