第22回 樹木医 久保田健一さん

今回は古賀地区・植木の里で、植木を育てながら、樹木医としても活躍している久保田健一さんに話を伺った。長崎ではまだまだ珍しい樹木医という仕事。果たして、どんな魅力があるのだろう。

まずは、樹木医の免許を取ったきっかけを教えてください。

久保田さん「僕は千葉大学の造園学科を卒業後、東京の造園会社に10年間勤めました。平成12年に長崎へ戻ってきたのですが、その頃、東京でお世話になった会社の人に「長崎は樹木医が少ない。もう少し増えた方がいいのではないか、受けてみてはどうか」と言われ、受験したんです。中央には免許を持っている人がたくさんいましたが、僕が受験した平成16年当時は、長崎は最下位に近かった。今でも県内の樹木医は11人しかいません。」

どんな試験を受けたのですか?

久保田さん「樹木や害虫、病害についてなど、基本的な知識を試す選択試験と、緑化や樹木、森林保護についての小論文が出ました。その問題文は面白かったですね。 例えば、『太平洋の孤島・イースター島は5世紀までは島全体が森林に覆われていたが、18世紀にヨーロッパ人が発見した時には、山はなく、そこにはモアイ像があるだけ。現地の人に聞くと、モアイは勝手に歩いてきたという。しかも、食べ物も粗末なものしかなく、島は人間が文明的な暮らしをする状況ではなかった。これを踏まえて、そこから得られる教訓を書きなさい』みたいな問題なんです。 」


とても面白い問題ですが、難しいですね。なんと答えたのですか?

久保田さん「簡単に言えば、森林があった5世紀頃には文化も豊かで、モアイを作る技術も、運ぶ技術もあった。でも森林がなくなったら、モアイの作り方も運び方も分からなくなった。食べ物も粗末なものしかない。森林がなくなったら、文明を維持することはできない…そういうことを書きました。いかに森林が人間にとって大事かということです。 基本的な知識は勉強しましたが、こういう問題は今までの経験で答えるしかないですよね。だから特別な勉強はしていないんですよ。 」

仕事をしていて、楽しいと思うのはどんなところですか?

久保田さん「木が1本1本違うということですね。同じクロマツという樹木でも、葉っぱの固さや芽の出方はそれぞれ違います。人間の顔や性格が1人1人違うように、樹木にも個性があるんです。それを踏まえて『この木はどういう性格だろう』というのを見るのが1番面白いところですね。例えば『この木は、いま芽を切ったら水を欲しがるのか、欲しがらないのか』とか『この木は芽を早く出したがるのか、その力がないのか』というふうに。2、3日という細かいレベルでそれらを見極めるのは難しいですね。 古賀地区は、さるくコースにも指定されています。僕はいつも、ツアーに参加する人に『木が1本1本ぜんぶ違う』ということを伝えたいと思っています。それが面白さだし、その多様性は素晴らしいと思います。人間と一緒で、いろんなのがあっていいと思うんですよ。 」

現在手掛けている仕事について、教えてください。

久保田さん「平戸市田平町に、県の天然記念物にも指定されている樹齢千年ほどの海寺跡のハクモクレンがあるのですが、この木が病気を持っていて、幹が腐れているんです。前任の樹木医が治療を継続していたんですが、一昨年から僕が引き継いで、治療に取り組んでいます。まずは、根っこを回復したいと思い、がんばっているところです。 僕の予定では、あと1年根回りの処理をして、その経過が良ければ、その翌年に幹の治療を開始したいと思っています。その後、2年か3年ごとに治療をして、17、8年後には一段落したいですね。気の長い話ですが、せっかく千年も生きてきた木ですからね。 」

治療をする上で、どんなことを心掛けていますか?

久保田さん「病気になったとき、人間や動物は栄養のあるものを食べればいいですよね。でも、食べることができない樹木はそれを自分自身で作らなくてはいけません。肥料は栄養ではなく、人間でいえば、塩分みたいなものです。やりすぎてもダメだし、少なすぎてもダメ。樹木は、葉っぱでしか自分を支える糖分を作れないんです。ですから、その葉っぱをいかに増やしてやるかが治療の肝だと思っています。むやみに剪定するよりも、葉っぱをたくさんつけてあげること。それが大事です。木は自分で治るしかない。人間は手助けするだけなんですよ。 ただ、街路樹や埋め立て地に植えられた樹木は、人が積極的に手を入れなくちゃいけないと思います。人間が作ったものは、自然にまかせるだけでなく、人間が責任を持たなくてはいけません。 」

お父様と親子二代に渡り、植木を作っていますが、そのことについては、どう思っていますか?

久保田さん「いつまでたっても、上には上がいるということをずっと意識していられることは、本当にいいことですね。知識とか経験というのは、どんなにひっくり返ってもかなわないでしょう。植木は一生、勉強ですからね。父とは、いつも話し合いながら仕事をしています。 本当は樹木医という仕事はない方がいいんです。木が元気に育てば、それが一番いい。でも、実際にはどんな樹木にも病虫害が発生します。僕の仕事は、パッとやってすぐに結果が出る仕事ではありません。長く時間がかかる仕事なので、これから少しずつ成果が出てくれば、嬉しいですね。」

久保田さんの夢を教えてください。

久保田さん「天然記念物はもちろん大事ですが、僕はそれだけを大事には考えていません。お医者さんにも、大学病院のお医者さんもいれば、地元の小児科のお医者さんもいるように、僕は町医者みたいな感じで、気軽に声をかけられる存在でありたいと思っています。ここ古賀地区は植木の産地なので、植木屋さんもたくさんいます。その人たちにぜひ自分を使ってほしいですね。植木の産地で生まれて、植木に育ててもらったので、ここで育つ植木はみんな丈夫であってほしいし、たくさんの方に楽しんでほしいと思います。」

最後に、長崎の好きなところを教えてください。

久保田
さん「山があることですね。どこにいっても、視界の中に山が入ってくるでしょう。東京で15年くらい生活しましたが、山が目に入らないのは寂しいですね。長崎は山もあれば、海もある。本当に素敵なところだと思います。」


久保田さんの話を伺って、樹木と向き合うことは子育てに似ていると思った。久保田さんは、確かに1本1本の樹木と会話をしている。樹齢千年ほどのハクモクレンも、植木の里の1本1本の樹木も久保田さんの愛情をいっぱいに受けて、元気に育ってほしいと心から願った。


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