第10回 松尾公則さん


今年2月、長崎新聞社から『長崎県の両生・爬虫類』が出版された。著者は県内の公立高校で生物を教えている松尾公則さん。県内で唯一、九州でも数名しかいないという両生・爬虫類の専門家だ。
今回の「愛すべき、長崎人」は、カエルを愛し、長崎県内をフィールドに調査を続けている松尾さんに“長崎の魅力”についてうかがった。
 
カエルに興味をもったきっかけは何だったのですか?


松尾さん「大学の卒業論文でカエルを研究テーマにしたのがきっかけです。
もともと佐世保の田舎の生まれで家は農家。田んぼや畑で遊び回っていました。中学、高校時代は生物部や理科部に入って昆虫採集に熱中し、大学でも昆虫について勉強するつもりでいました。高校卒業後、福岡教育大学に進学したのですが、そこには昆虫を専門としている先生がいなかったのです。そのおかげで、いまでは恩師となっている倉本満先生に出会い、カエルについて調べるうちに、その魅力にどんどん引き込まれていきました。沖縄や奄美、長崎では五島や対馬など、様々な島でキャンプをしながらたくさんのカエルに出会いました。
壱岐高校への赴任が決まったとき、倉本先生から長崎県の両生類の調査をすすめられて、それが今へと続いています。」



松尾公則さん著
『長崎県の両生・爬虫類』

カエルのどのようなところに惹かれていますか?また特に好きな種類はいますか?

松尾さん「私はカエルを見て、かわいいと感じるのですよ、目の大きいところなんかかわいいでしょ。
ヒキガエルはスマートで格好良いし、それぞれの種類に特長があってどのカエルも好きなのですが、ナンバーワンというと、カジカガエルでしょうか。鳴き声がとにかく美しい。横笛に似た音色は日本の風情を感じさせます。姿形は鳴き声ほど美しいとは言えないけれど、じっくりと見ると味のある顔つきをしています。
北高来郡の轟の滝付近や、千綿の竜頭泉などでは、5、6月、渓流のせせらぎにのってカジカガエルの鳴き声が聞こえてきて、その中をゲンジボタルが幽玄な光を放ちながら飛び交います。なんとも言えない素晴らしい光景です。」


カエルグッズのコレクション
ごく一部


身近にそのような自然の素晴らしさを感じる機会が少なくなっていると感じますが、昔と比べるとカエルの数も減少しているのでしょうか?

松尾さん「最近、カエルの姿を見なくなった、とか、カエルの鳴き声を聞かなくなった、と思っていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。実際、山のカエルは多く生息しているのですが、水田や池にすむカエルは減少しています。
現在は水田自体が減少しているうえに、農業の機械化により、水を田植えの直前に入れて、必要がなくなると抜くという水田の乾田化が進んでいます。そのためにカエルの産卵場所や生息場所がなくなってきているのです。
2001年に発表された長崎県レッドデータブックによると、以前は水田に多く生息していたトノサマガエルや、冬場に水田や池に産卵するニホンアカガエルなど、4種のカエルが絶滅危惧類、準絶滅危惧種に指定されています。日本の水田のカエルを守るには、オタマジャクシが健康に育つことができる水田や低湿地に、一年中水がある状態をつくることが必要なのです。」

人間の生活様式の変化は自然にも大きな影響を与えているのですね…
それでは、今後の目標などがあれば聞かせてください。

松尾さん「よく何のために調べているのかと聞かれるのですが、好きだから仕様がない、と答えています。せっかく30年も調べてきたのだから、これからも長崎の野山を歩き回り、カエルとの出会いを楽しみたいと思っています。
両生類は移動手段がないために、島ごとに固有種が生息しています。島の多い長崎は研究者にとって理想的な場所なのです。今後も長崎にこだわって調査を続けていくつもりです。
また現在、調査対象は両生類から爬虫類、哺乳類へと拡がっていて、特に国の天然記念物ニホンヤマネの研究では全国にも知られるようになりました。いつか哺乳類についても本にまとめることができたらいいなと考えています。」

最後に、観光客、またはこれから長崎に移り住む方へ訪れて欲しい場所など具体的なアドバイスを。


松尾さん「私が長崎市内で好きな場所は、岩屋山です。山頂からの見晴らしは天下一品です。麓にある岩屋神社の境内には池があるのですが、そこはタゴガエルの大産卵地で、春にはたくさんの卵が見られます。そんな光景を見ると安心するんですよ。境内周辺の浅い渓谷には、市の天然記念物に指定されている、立派なスギ群がそびえています。のんびりと山を歩きながら、自然を身近に感じられる場所だと思います。」


岩屋神社


カエルについて話しはじめると、松尾さんの表情は緩んでくる。生徒からはカエル先生と親しまれ、大きな収納ケースには、生徒たちからプレゼントしてもらったというカエルのぬいぐるみがいっぱいだ。これからもカエルを愛し、生徒たちから親しまれる先生でいてほしい。
長崎にこだわる松尾さんは、今後もカエルをはじめ小さな生き物を通して、長崎の豊かな自然を愛情たっぷりに紹介してくれるだろう。


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