私は佐賀でとれました。長崎に来て二十数年になります。
箱庭細工のような町だと思った最初の印象は今も変りません。
長崎は、稼業を得、結婚をし、子どもが大きくなったところです。
様々な魅力が思い出と一緒に凝縮しています。
しかし遊ぶいとまもあまりなく過してきましたので、街中のことはよく知りません。
そこで前掲の倉田さんに倣(なら)い、私も近場の山のことをお話しいたします。
高校に通うせがれがある晩、登下校の途中しばしばイノシシに出会うと言います。
「えっ?」 と聞き返すと、
「大きいのだったり、小さいのだったり、時には子連れだったりする」
と、事もなげに言うのです。
彼は毎日徒歩で、緑ヶ丘中学の裏手を通り白い十字架の聳(そび)える、慰めの聖母墓地を過ぎ、これからお話しする岩屋山のふもとに沿って通学します。
この最短の通学ルートは、人ひとりやっと通れるほどの細道で九州自然歩道に連なっています。
人家から若干の隔りがあるとはいえ、まだ人里の域。
こんなところにイノシシが!
特有の地形と市街の有様から、この山の動物と人間の領域は極端に接近しているのかも知れません。
岩屋山は長崎市北部にあり、一汗流せば誰でも登れる手軽な山です。
一部には植林のスギ林もありますが、大半はまだ人工の手の及ばない自然林のままです。
必然的に初夏の新緑や秋の紅葉が美しく雑木類は四時に花や実をつけて山を賑わし、昆虫をはじめ小鳥や小動物たちの楽園となっています。
今時、道の脇からウリボウが顔を出すなどは、まさにこの山の豊かさを物語っています。
イノシシはさておき、散歩中にイタチ、キジ、野ネズミなどかわいらしい野の獣に出会うことがあります。
夏場にはカブトムシやクワガタムシはもちろん、ある時私は図鑑でしか知らない、オオミズアオという大型の蛾に出くわしたことがあります。
名前のとおり大きな水色の翅(はね)でヒラリヒラリと樹間を縫って谷底へと飛んでゆくさまは、とても美しく、まるで幻のようでした。
場所はさだかではありませんが、岩屋山には川もあります。
せがれが小学生の頃には、山中の小川で取ってきたという小型のサンショウウオをベランダの水槽で飼っていました。
また近所の床屋の主人によると、初夏の夕刻、頃合をみて岩屋山に登り、とある渓流にまで至ると壮大なゲンジボタルの乱舞が見られるというのですが・・・・・
真偽を確かめるための山行は未だ果たせずにいます。
岩屋山からの眺めは山頂まで行かずともすばらしく、容易に箱庭のような市街を眼下にすることができます。
四季を問わず、天気のよい休日には岩屋山の散策をお勧めします。
平坂桂太さん
古本屋経営。佐賀県出身。20数年前に長崎大学前に古本屋を開業。
店内には様々な専門書が多く並ぶ。インターネットによる通販が中心。
次回は、平坂さんのお店でよく古書を購入される長崎大学に留学中のポーランド人、イゴル・ギロフスキさんにご執筆いただきます。
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