長年住み慣れた東京からここ長崎は鍛冶屋町に移り住んで三年になる。
この頃ではずっと前から住んでいたような気がしている。
長崎は暮らしやすい町だ。
町のサイズが人間の行動範囲に合っている。
空の色、光の豊かなこと、空気さえもやわらかだ。
人びとはゆったりと歩き、親切で自然だ。
とくに女性たちが生き生きとして元気がいい。
長崎県は全国でも、最下位に近い貧乏県なんだそうだが統計だけで見るなかれ。
気候がよく、ジゲモンの山海の幸に恵まれ、鎖国のおかげで日本一贅沢を謳歌した歴史とご先祖様を持ち、いまでも、こせこせしない性格の町。
“こんげんとこはえっとなかバイ”。
長崎の魅力の一つは、町中に点在する市場や露天商や個人商店だ。
我が家のあるじの気に入りは早朝の江戸町市場だ。
歩道いっぱいに野菜を並べたおばちゃんたちの“買ぅて、買ぅて”に弱い。
ついつい荷物が多くなる。
さらには卸しの八百屋で、お買い得の果物など大量に買い込む。
午前4時にミカン10箱もドカンと配達されてご覧なさいませ。
築町中央市場はさしずめ東京築地場外の賑わい。
卸の魚屋では生きている車海老、ウチワエビやマテ貝を分けてくれるから感激だ。
往年の市場がビルの地下に潜ったのは残念無念。
新鮮な野菜や魚は明るい光のなかで、通りから見渡せないと面白くない。
それに、地べた座り込んで涙ぐましい小商いをしていた茂木のおばちゃん達がいないのも寂しい。
その姦しさが市場の活気だったのに。
地下市場の肉屋で「カルシウム」というブタ耳の超薄切りを買う。
ゆず胡椒をつけると美味で美容によい。
昔なじみの仕出し卓袱の店「山ぐち」に寄っておしゃべりする。
家族で手作りする上等おかずはいつも美味。
きれいになった新大工町から奥に入ると懐かしい昔ながらの市場が健在だ。
まずは家族でがんばっている八百屋に向かう。
必ず買うのは細いもやしでナムルには欠かせない。
長崎はもやしの発祥の地。
中国から隠元さんが伝えたという。
他にも館内町市場、恵比寿・大黒市場、寺町のしたの中通り商店街などなど市場に見る長崎の食文化は健全だ。
長崎は、そのユニークな歴史と美しい風景で多くの人びとを惹き付けてきた。
それらを背景として町の雰囲気を作り出してきたのは人びとでありその暮らしぶりである。
東京の仕事仲間や、友人たちが長崎に来ると、打ち揃って市場に行く。
珍しい野菜や魚介がある。
なじみの店もできる。
次に来たときには「ただ今、お帰りなさい」などと声を掛け合う。
長崎が長崎らしいのは、こんな風景ではないだろうか。
石尾真智子さん フリーライター。
御主人の出身地でもある長崎に取材で数回訪れた際、この街の魅力に魅せれマンションを衝動買い。
3年前より御夫婦で移り住む。
現在、「長崎興福寺拾遺学会」文化交流委員として活躍。
次回は、石尾さんの俳句の先生である宮田カイ子さんにご執筆いただきます。
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