長崎。この町は全国でも有数の観光都市ですが、他県で生まれ、縁あってこの町に暮らしてみると、大掛かりな観光名所より何気ない商家や町家、入り組んだ路地裏などの方に、よりいっそうの魅力を感じます。
たとえば繁華街にある老舗のカステラ屋。この店は、カステラの味にはもちろん定評がありますが、店鋪の奥に素晴らしいギヤマンが展示されている事は、意外と知られていません。
ここのギヤマンコレクションは、それぞれが意図を持って放つ光を調節しているかのようで、押し付けがましさのまったく無い控えめなその光沢は、美術骨董品の知識の無い目にも、貴重品揃いと分かります。
もっとも、代々の経営者達が時間を掛けて収集したものでしょうから、買って帰る、という訳にはいきませんが、注文したカステラの包装が整う間、漆塗りの陳列棚に並んだギヤマンの数々を、じっくりと鑑賞して頂きたいのです。
また、このカステラ屋の近くに「忍び坂」という、なんとも粋な名前の路地があります。その昔、丸山遊廓へ通う男性達が夜になるのを待ち切れず、陽のあるうちからこの裏路地を通って恋しい遊女の元へ日参したのだとか・・・。今では、買い物袋をぶら下げた、市場帰りのおばちゃん達の通り道になっていますが、そんな艶っぽい時代の長崎を思い描きながらこの道を歩くのも、楽しみの一つなのです。
カステラ屋の奥を覗く事はまだしも、入り組んだ路地裏を探険するのは、数日だけの観光滞在では難しいかもしれません。また、生まれてからずっと長崎に暮らしている人にとっては、私達から見るとワンダーランドに見えるこの町も、あまりにも日常的すぎて、興味の対象外になっている場所もあるようです。
しかし、各国の文化が渾然一体となり、半ば雑然とした形で残っているように一見見えるこの長崎の町は、暮らせば暮らすほど、知れば知るほど、汲めども尽きない泉のように面白みが湧き出てくる不思議な町なのです。
機会あってこの町を訪れた方には、歩いて町の探索をなさるよう、ぜひともお勧め致します。
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