文・宮川密義

明治から大正にかけて、島原、天草地方の貧しい農家や漁村の娘たちが口之津港から石炭船の船底に隠されて、中国や東南アジア各地に売られていきました。
その娘たちを“からゆきさん”と呼び、貧困の悲劇として語り継がれていますが、長崎の歌にもこれをテーマにしたものが約10曲あります。


1.「からゆきさんの唄」
(昭和12年=1937、時雨音羽・作詞、細川潤一・作曲、林伊佐緒・歌)




売られていった“からゆきさん”の悲しみと寂しさ、さらに長い苦しみに耐え抜いて里帰りした故郷の厳しさも歌っています。
昭和12年3月、入江プロとPCLが提携して製作した映画「からゆきさん」の主題歌として作られ、当時としてはかなり愛唱されたヒット曲です。
映画は入江たか子さんが主演しました。
歌は林伊佐緒(はやしいさお)さん。
この歌と同じ年に出した「もしも月給が上がったら」(新橋みどりさんとデュエット)が最初のヒット曲となりました。


からゆきさんが石炭船で
送り出されたころの口之津港


2.「さらば愛児(いとしご)
(昭和12年=1937、時雨音羽・作詞、細川潤一・作曲、松島詩子・歌)




「からゆきさん」の片面に入った作品です。
「マロニエの木陰」をヒットさせたばかりの松島詩子(まつしまうたこ)さんが、長いセリフも入れながら歌っています。
南方で苦労を重ねたあげく、子供を連れてやっと故郷に帰ってきた“からゆきさん”が混血のわが子との別れに涙する姿が描かれています。


3.「島原の子守唄」
(昭和33年=1958、宮崎耿平・採譜・補作、古関裕而・編曲、島倉千代子・歌)




この歌も“からゆきさん”を素材にした島原の民謡です。
1番は当時の貧困の状態、2番は青煙突のあるイギリス・バターフィル社の貨物船で売られていく娘さん、3番は里帰りした“からゆきさん”をうらやむ土地の娘を描写しています。
1番の「鬼の池ん久助どん」は天草の怖い人買い男のことです。
昭和27年(1952)「島原鉄道観光の歌」の作曲を引き受けた作曲家、古関裕而(こせきゆうじ)さんが、その歌を作詞した島原の作家、宮崎康平(みやざきこうへい)さんを訪ねた際、宮崎さんがこの民謡を歌って聞かせたことが縁で、レコードになりました。
当時の「長崎日日新聞」は「…古くから島原に伝わる最も親しまれた民謡で、その哀愁を帯びたメロディーは早速NHK長崎放送局のお休み番組のテーマ音楽に取り上げられ、世間の脚光をあびるに至った」「宮崎耿平氏の採詞、古関裕而氏の編曲というラインが誕生、歌い手は島倉千代子氏に白羽の矢が立てられた」と報じました。
その時の島倉さんのレコード・レーベルには、上記のように採譜・補作、編曲と表記されていますが、その後、日本音楽著作権協会(JASRAC)には「宮崎一章・作詞、作曲」で登録されています。
また、2年後の昭和35年(1960)にはペギー葉山さんの歌で「島原地方の子守唄」(宮崎耿平、妻城良夫・作詞、宮崎耿平・作曲)がレコードになり、こちらの大ヒットで全国に知られました。
「宮崎耿平」「宮崎一章」も宮崎康平さんのペンネームです。


島倉千代子さんの「島原の子守唄」
の歌詞カード


ペギー葉山さんの「島原地方の子守唄」のレコードラベル


4.「からゆきさん」
(昭和37年=1962年、宮崎康平・作詞、古関裕而・作曲、島倉千代子・歌)




「島原の子守唄」を初めて世に出した島倉千代子さんが、改めて“からゆきさん”の歌を吹き込みました。
「島原の子守唄」が予想以上にヒットしたことから、宮崎康平さんは改めて“からゆきさん”をテーマに作詞し、「島原の子守唄」を編曲した古関裕而さんが作曲したものです。


島原駅前に建つ島原の子守唄像


5.「からゆきさん」
(昭和49年=1974年、本間繁義・作詞、八坂邦生・作曲、一寸法師と親ゆび姫・歌)







昭和49年、突然、「からゆきさん」と名付けた歌が、同時に2曲出て話題になりました。
当時、“からゆきさん”を素材にした小説、山崎朋子著「サンダカン八番館」が話題になり、映画「サンダカン八番館・望郷」も作られました。
そのムードの中で、フォークと演歌コーラスの2つのグループが同名異曲の「からゆきさん」を同時に発売、長崎で発表会を開いたりして競いました。
フォークグループ、一寸法師と親指姫の歌は、長崎の本間繁義(ほんましげよし)さん(現在は福岡在住)が作詞し、長崎の音楽家・八坂邦生(やさかくにお)さんが作曲したものです。
フォークグループの歌にしては珍しい、島原方言のセリフ入りの演歌っぽい歌。
片や演歌コーラスの松井久とシルバースターズも艶っぽい歌で、ともに話題を集めましたが、大ヒットまでは至りませんでした。


一寸法師と親指姫の「からゆきさん」
のレコード表紙


松井久とシルバースターズの
「からゆきさん」のレコード表紙



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