文・宮川密義

長崎の悲劇の中には、秀吉のバテレン追放令と、それを受け継いだ江戸幕府によるキリスト教禁制に伴うさまざまな弾圧があります。
歌に取り入れているのは「踏絵」と「混血児の追放」が多く、踏み板に足を乗せるキリシタンの悲しみ、悲劇を切々と描き、ポルトガル人と結婚した日本人女性と混血児たちの海外追放は“じゃがたらお春”と“じゃがたら文”の形で歌われています。


1.「踏絵」
(昭和12年=1937、佐藤惣之助・作詞、長津義司・作曲、東海林太郎・歌)




歌のモデルとなったのは、画壇の巨匠・鏑木清方(かぶらぎきよかた)の名画「試さるる日」でした。
清方の絵は、踏絵板に白い足を乗せようとする長崎の丸山遊女の苦悩する姿を描いています。
大正7年の第13回文展に出品され、話題を呼びました。
詩人の佐藤惣之助(さとうそうのすけ)さんはこの絵に感動して、芸術の香り高い詩を書きました。
東海林太郎(しょうじたろう)さんの歌でレコードになりますが、詞・曲・歌が渾然一体となった作品として高い評価を受けました。
東海林さん自身も「最も心に残る作品」として歌い続けました。


「試さるる日」をイメージした
「踏絵」の歌詞カード(部分)


「踏絵」の新聞広告


2.「踏絵物語」
(昭和29年=1954年、藤田まさと・作詞、大久保徳次郎・作曲、菊地章子・歌)




東海林太郎さんの「踏絵」は、丸山遊女の苦悩の姿を描きましたが、こちらは16歳の乙女の絵踏み姿です。
アンジェラスの鐘や女声コーラスを加えるなど、悲しみの描写に工夫しています。
歌ったのは、昭和22年に「星の流れに」でヒットを飛ばした菊地章子(きくちあきこ)さんです。
この「踏絵物語」を出した同じ年、復員するはずの息子を舞鶴岸壁で待ち続ける母親を歌った「岸壁の母」も歌っています。


踏絵板(複製)


3.「長崎物語」〜じゃがたらお春の唄〜
(昭和14年=1939、梅木三郎・作詞、佐々木俊一・作曲、由利あけみ・歌)




徳川幕府が混血児の海外追放令を出したのは寛永13年(1636)。
ポルトガル人を出島に隔離すると同時に始まっています。
対象はポルトガル人と結婚した日本人女性と混血児たちでした。
寛永16年(1639)には、オランダやイギリス系の混血児とその母親らをジャガタラ(現在のジャカルタ)に追放しますが、その中に14歳の少女“お春”がいました。
『ジャガタラ文』は、ジャガタラに追放された混血児たちが日本を慕って書きつづった便りのことです。
この歌は「じゃがたらお春の唄」とサブタイトルを付けているように、“お春”をテーマにした『ジャガタラもの』の最高傑作で、長崎の歌の全国的大ヒット第1号でもあります。
作詞の梅木三郎(うめきさぶろう)さんは当時新聞記者でした。
長崎の歴史を勉強してまとめたそうで、長崎を初めて訪れたのは昭和24年(1949)でした。
なお、長崎市玉園町の聖福寺(しょうふくじ)境内には「じゃがたらお春の碑」が建っており、歌人、吉井勇(よしいいさむ)の次の歌が言語学者、新村出(しんむらいずる)の書で刻まれています。
    長崎の鶯は鳴くいまもなほ
       じゃがたら文のお春あはれと


「長崎物語」の楽譜表紙


聖福寺にある“お春の碑”


4.「一筆(ひとふで)しめし参らせ候」〜ジャガタラ便り〜
(昭和29年=1954年、矢野 亮・作詞、吉田矢健治・作曲、津村 謙・歌)




『ジャガタラ便り』のサブタイトルが付き、初めと終わりにはセリフも入っています。
さらに1番と3番は速いテンポで、2番はゆっくり歌うなど、悲しみの表現に工夫が見られます。
歌は昭和26年(1951)に「上海帰りのリル」でヒットを飛ばした津村謙(つむらけん)さんでした。


5.「涙のじゃがたら船」
(昭和28年=1953年、朝倉芳美・作詞、江口夜詩・作曲、春日八郎・歌)




雨の出島を出る船で、南方に送られていく“じゃがたらお春”の悲しみを、春日八郎(かすがはちろう)さんが、しみじみと歌っています。
春日さんは昭和27年に「赤いランプの終列車」でデビュー、いきなりヒットを飛ばし、29年には「お富さん」で爆発的な人気を浴びますが、「涙のジャガタラ船」はその中間に出したものです。
どちらかというと男性的な歌が多かった春日さんにとっては、異色の歌といえます。


「涙のジャガタラ船」の歌詞カード


*その他の“じやがたらもの”
・「じゃがたら文」(昭和12年3月、大木惇夫・作詞、阿部武雄・作曲、関種子・歌)
・「じゃがたら物語」(昭和16年、梅木三郎・作詞、清水保雄・作曲、藤原亮子・歌)
・「じゃがたら文」(昭和17年、佐伯孝夫・作詞、島口駒夫・作曲、浪岡惣一郎、藤原亮子・歌)
・「じゃがたらマンボ」(昭和28年、宮川哲夫・作詞、利根一郎・作曲、宮城まり子・歌)
・「じゃがたら物語」(昭和29年、大高ひさを・作詞、上原賢六・作曲、原田美恵子・歌)
・「じゃがたら通いの船が出る」(昭和30年、石本美由起・作詞、堀場正雄・作曲、青木光一・歌)
・「じゃがたら恋文」(昭和32年、吉川静夫・作詞、大村能章・作曲、市丸・歌)
・「平戸じゃがたら娘」(昭和35年、玉井向一郎・作詞、遠藤実・作曲、岡田ゆり子・歌)
・「じゅがたらお春に似た女」(昭和47年、高浪ふじお・作詞、西ひがし・作曲、俵純子・歌)



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