● 龍馬同様、意志を貫いた若者達の希望

長崎龍馬の道--7  風頭公園の坂本龍馬之像



前回vol.14龍馬ゆかりの観光名所案内1でご紹介したように、「龍馬通り」と呼ばれる石畳の坂道には、「亀山社中記念館」「亀山社中資料展示場」「若宮稲荷神社」「龍馬のぶーつ像」など、数々の名所があり、連日多くの観光客で賑わいを見せています。そして、さらにこの坂道を登りきった風頭(かざがしら)山頂、「風頭公園」も、龍馬ファンならば必ず足を運ぶ、いわば聖地と呼べるスポットです。そう!皆さんのお目当ては龍馬の勇壮な姿がかたどられたブロンズの「坂本龍馬之像」。長崎出身の彫刻家、山崎和國氏が約7ヶ月の期間をかけ、龍馬へ思いを寄せて制作した力作です。この山崎氏への依頼主は「龍馬の銅像建つうで会(現長崎龍馬会)」の面々。昭和62年6月28日、約60名の同志が集まり行なわれた発会式から街頭募金を開始。約2年間の活動を通じて全国に呼びかけ、賛同した有志の浄財によって平成元年5月21日に建てられました。しかし、その道のりは困難極まりなく、1年たっても募金状況は思わしくないことから企業まわりも開始。社会経験が浅い若い青年達であったことから、初めは思うように協力をもらえなかったそうです。「坂本龍馬は土佐人、なぜ長崎に銅像を建てる必要があるのか?」の問いかけに返した言葉は以下のもの。
「明治維新の立役者坂本龍馬は長崎に亀山社中を設立し、ここを拠点に活動し薩長同盟を締結する。薩長同盟から大政奉還、明治維新へと時代は大きく変わっていく。坂本龍馬を育てたのは長崎である。その銅像を建立することは青少年へ勇気と希望を与えることになるし、長崎の観光にも大きく寄与する」。
台座裏の銘板にはこう刻まれています。「此の銅像は龍馬の銅像建つうで会の呼び掛けに賛同した長崎を始めとする全国の有志から寄せられた資金により建立されたものであり未来を担う青少年へのメッセージである」。
台座1.8m、銅像3m。見上げるほどに大きな龍馬像は、家伝の長刀「吉行」を携え、筋肉に満ちた腕を組み、一歩踏み出すかのような勇ましい姿。現代に生きる多くの人の希望を抱え、今日も長崎の町を見下ろしているかのようです。
そうそう、傍らには司馬遼太郎氏の『竜馬がゆく』の文面が刻まれた記念碑もあります。『……長崎はわしの希望じゃ……』。この暑さの中、坂道に慣れない方には多少コクかと思いますが、龍馬像との対面、そして龍馬の視線の先に広がる長崎の町、港の風景は格別なものです。ぜひ、足を伸ばしてみて下さい。
※ちなみに、風頭公園近くまではバスでも行けます。
●アクセス/JR長崎駅東口バス停から長崎バス「風頭山行き」に乗り、終点「風頭山」下車(所要約20分)、徒歩5分。




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