2.旧茂木街道の成り立ち 茂木の町は今も昔も海に面した好漁場で、漁業の町。古くから町を流れる青菜川の河口を利用した良い港があり、この港から島原、熊本、天草、鹿児島、柳川、佐賀とが直線で結ばれ、船を利用する多くの往来者がいた。早朝に長崎を発ち、田上を越えて、茂木の港から船を出し、順風に乗るとその日のうちに、薩摩(鹿児島)の阿久根か川内の京泊に着くことができたのだという。そこで長崎と茂木を結ぶ旧茂木街道ができ、さらに茂木で獲れた鮮魚を運ぶために年代をおって整備されていったのだ。
3.キリシタン領だった茂木 天正8年(1580)、茂木は、軍事的、宗教的な理由から大村純忠によって長崎6町と共にイエズス会に寄進され教会領となった。茂木は一村すべてキリシタンだったのだ。キリシタンの遺跡に関しては現在何も残っていないのが残念。
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