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平成28年度第3回 長崎市平和宣言文起草委員会

更新日:2017年1月16日 ページID:029307

長崎市の附属機関について(会議録のページ)

担当所属名

原爆被爆対策部 平和推進課

会議名

平成28年度第3回 長崎市平和宣言文起草委員会

日時

平成28年7月2日(土曜日) 10時00分~

場所

長崎原爆資料館地下1階 平和学習室

議題

平成28年長崎平和宣言について

審議結果

【委員長】
今回も残念ながらお一人の委員には出席いただけなかったが、案についてはご覧いただいてご意見をいただいているので、これについては後ほど紹介したい。

今回最後の起草委員会だが、前回様々なご意見をいただいて、方向性もある程度見えてきたような2回目だったと思う。その中で特に、核兵器を持っている国と依存している国の対話の場をなくさないようにということから、さらに対話するだけでなく英知を結集するべきだというような方向性が一点と、信頼についてもしっかり築くべきだというのはご理解いただけたのかと思う。それと、メリハリがないというご意見もいただいたので、それも踏まえながらつくってみた。今日いただいた意見も参考にしながら、言い回しの文やつなぎの部分についても訂正をすることになるかと思うので、今日も忌憚のないご意見をたくさんいただきたい。それから、内容によっては今回の委員会の後に、何名かの委員にご意見をいただくこともあるかもしれないが、その際はご協力いただきたい。最後になるが、改めて3回目にご出席いただいたことに感謝申し上げたい。

(文案朗読)

【委員】
前回の草案と読み比べて今回の草案を読んだ。前回の方が長かったが、まだ私たち一般市民にわかりやすかったなとの印象があった。

私からは二点ほど。最初の出だしのところが、前回は「核兵器は人間を壊し、地球をも壊す兵器です」とインパクトのある文章があって、それが一瞬にして街を壊しましたよと、前回委員から「灰色の街と化した」とビジュアライズするような言葉があった方がいいとの提案があったと思う。それで今回は、「戦時中とはいえ、普段と変わらない1日になるはずでした」とあって、インパクトが弱くなったのかなと。「今の私たちが抱く普段と変わらない」という言葉からイメージすることって違うのかなと。出だしのところを変えられたらどうかと思う。

もう一つは、45行目のところで、前回は「信頼を築く」という言葉を使われていたが、今回は「信頼をつくることができます」となっていて、信頼はつくるものではなく、いろんな交流などを交えて信頼が生まれてくるのかなと。そして築き上げていくものかなと感じた。だからそこの言葉を変えていただきたい。

あと、もう一つは、最後の50行目から56行目のところで、具体的な場所などを挙げていて、それを、「あなたたちが目を向けたらいろんなところにあります」と。「きっかけがあります」ということなので、もうひとつ、前回出ていたと思うが、「それぞれができるところから始めてみてはどうですか」という問いかけも含めたらどうかと思う。

【委員】
今委員がおっしゃったように、文章の最初の導入部分が前回よりなんかぼやけたような感じがする。前回私が「灰色の街と化しました」とした方がいいと言ったのは、書き出しが、「核兵器は人間を壊し、地球をも壊す兵器です」とあるので、その流れで「灰色の街」としたが、今回のように、「戦時中とはいえ」というような文章になると、「灰色の街」はちょっとインパクトがなさすぎるかなということで、私が考えたのは、一番最初に「1945年8月9日。その日はとても良い天気で、長崎の人々は普段と変わらない一日を過ごしていました。午前11時2分。雲の切れ間から米軍機が現れたと思った瞬間、長崎はこの世の地獄と化しました」というふうに。この書き出しだと「地獄」という、聞いて想像がつくような、本当にすごい状況だったという、もうちょっと強くした方がいいのではないかと思った。その後突然「名簿」が出てきてしまったが、今まで名簿の話は全く出てきてなかったと思うが、なんで今回、突然名簿が出てきたのかなと。この「まっさらな名簿」というのはずっと続いているわけで、ここで今年これを入れる必要があるのかなと思った。名簿の部分は抜いて、そのまま「たった一発の原子爆弾は」と続いた方がいいような気がする。4行目の「一瞬にして続くはずだった」というのも文章的に何かおかしいなと思って、「一瞬にして多くの人々の」とそのまま言った方がいいような気がする。7行目の「核兵器は人間を壊し続ける」この「続ける」は伝わりにくい。「壊してしまう」の方がいいような気がする。

本当に細かい部分だが、8行目の「オバマ大統領は」ではなくて「が」ではないかなと。それから9行目から10行目にかけての「同時に自らの行動で」ではなく「行動によって」で、「その」を抜かして、「行動によって、自分の目と耳と心で」とした方がいい。それから後半部分に、「それは、これまで被爆者が必死に呼びかけてきたことでもあります」と入れたほうがいいかなと思う。

それから50行目、ここが私の関わる継承部分になると思うが、この間被爆遺構の話が出たので、今回被爆遺構が入ってきたのだと思うが、それ以外に活動している人がいることが全く消えてしまっているので、私たちの活動が全然取り上げられていないなと、残念だなと感じた。そこで私が考える文を、ちょっと長いが読み上げる。「被爆者の平均年齢は80歳を超え、被爆者から直接体験を聞けなくなる日が迫ってきています。これから先、被爆者に代わって誰がどのように被爆の実相を後世へ伝えていけばいいのでしょうか。焼け残った城山小学校の校舎などの被爆遺構は、物言わぬ語り部として語り続けるでしょう。被爆者の家族や交流のあった人たちは、聞いた体験を語り継いでいくでしょう。あなたには何ができますか。これは前回、升本委員がおっしゃったこの言葉がとてもいいと思ったので、入れました。今一人ひとりがそのことを考える時期に来ています。世界の皆さん、まずは事実を知り、行動に移しましょう。その先にはきっと核兵器のない平和な未来が待っているはずです」

今まで呼びかけもちょっと緩やかだったが、強く出た方がいいのかなと今回思ったのでこういう文書を考えてみた。

【委員】
私は全体を見て、基本的な考え方は全く異論ない。ただ、これを最終的に長崎の声として訴える、特に世界に向かって訴えるということであるならば、もう少し文章として、別に美文にこだわる必要はないが、もう少し文筆を本職としているような人に全体を見てもらった方が。今までの委員会の討議の経過の中からいろいろな意見が出てきたので、そういうものに対する配慮の中からか、どうも文章としてのバランスが多少崩れているような気がしないわけでもないので、私はこれを統一的な一つの文体として、プロの文筆家とかその道の専門家に見ていただき、批判に耐えうるだけの文章にしてから公表した方がいいのではないかと思う。

あと、片言隻句的になるが、出だしの2行目「雲の切れ目から」云々のところ。私は、被爆時点では小学校6年生で12歳だったので、その瞬間をはっきり記憶しているが、そういった時に、ここの表現にある「米軍機が現れた瞬間、長崎は灰色の街と化しました」には、私どもはその瞬間を身をもって体験した者として、あの時は目も眩むような閃光がばっと光って、そしてその何秒かのうちに、まさに長崎が廃墟と化した街になってしまったということなので、当時の言葉で言うと「ピカドン」と言っていた。「ピカドン」が原爆の代名詞になるような言葉として、それぐらいピカッと光ったことと、次の破壊的な爆風、それが一体化した形になるので、それでいくと「ピカッ」の部分が欠けているなと。私はこれを入れるならば、「灰色の街と化しました」というよりも、もう少し表現方法を考えていただいて、「一瞬の閃光のあと、廃墟と化しました」とかそういう形の、もう少しあの当時の惨状を彷彿させるような用語を使っていただきたいと思う。

それからその下に、「まっさらな簿冊があります」の「まっさら」という非常に砕けた表現を使っているが、「簿冊」というのが非常に硬い言葉ではないかなと、ちょっとバランスを欠いているのではないかと。「被爆者名簿」などの形でした方が。「まっさら」はいいと思うが「簿冊」という言葉がみなさんにどうかと感じがしないでもないので、その辺の用語の検討をされた方がいい。

それから58行目のあたりはこの間も触れたが、福島にはまだ支援の手が必要、これから応援し続けますということ。これは特に海外にも訴えていくのであれば、広島長崎だけではなくて、福島でも放射能の後遺症に苦しむ人たちがいるということで、そういった我々放射能障害の経験者という立場から、福島の人たちに対してもこれからも支援の手を差し伸べていき続けますということを、その辺の放射能障害、後遺症のある先輩としての立場を文章の中に出した方がよい。唐突に言っても、これは恐らく日本国内の人はある程度わかるかもしれないが、海外の人は。福島の方に手を差し伸べ続けるというこの必然性というのか、そういった論理的なプロセスがちょっとわかりにくい感じがするのではないのかと思う。その辺はもうちょっと入れた方が、説得力があるのではないか。

大筋の基本的な考え方は全く異論がないので、冒頭にも申し上げたとおり、全体の文章として、もう少し長崎の声として、日本国内だけではなく、世界に訴えることに耐えうるだけの文章としての推敲をもう少しやっていただいた方がよくはないかと思う。

【委員】
前回、少しまとまりを欠いているような気がするというお話をしたかと思うが、今回のものは、一つの文意が形成されているのではないかと思う。完全に100パーセント形成されているちょっと前の段階かなという感じがする。原爆の実相、それから今年最大の出来事であったオバマ大統領の広島訪問。そして現在の核の廃絶を巡る国際状況。21行目から「対立」という非常に重要な言葉が出てきて、現状を的確に表して、それに対する危惧の念を述べているというは非常にいいのではないかと。そしてこの1ページに2回呼びかけ、11行目の「リーダーの皆さん、各国首脳の皆さん、世界中の皆さん」という呼びかけともう一つ、28行目に「国連、各国政府、NGOの皆さん」に呼びかけている。これが1ページ目で市長が読み上げる時に、かなりインパクトの出てくる部分になるのではないかと思うので、1ページ目はとてもいいのではないかと思う。ただ、軸の部分に関しては、未完成の部分が多々あるのではないかと思う。先ほど委員がおっしゃっていた「簿冊」というのは通じないのではないかなと思う。「名簿」くらいでいいのではないか。それから「人間を壊し続ける」ということがわからないわけではないが、もう少し何か、今ぱっと代わりの言葉出てこないけれども。「壊し続ける」というのは経過を表している。もう一ついい言葉を編み出す必要があるかなと思った。22行目の、ちょっと飛びますが、「核兵器をより高性能のものに新しく変える」とは少し通じにくい。「高性能に進化させる計画が進行中」というぐらいに短くきちっと言った方がよいのではないか。

2ページ目の38行目からは、今回の宣言文で登場してきている新しく、そして重要な部分で、このことが、42行目の「日本国憲法の平和の理念に基づき」云々というところと呼応しあって、非常に格調の高い部分になってくるという風に思う。そういう意味では、まだこの38行から48行までの三つのパラグラフにわけることが、果たしていいことなのかどうかが問題になるかなと思う。もう少しここは短くなってもいいから、文意がしっかり確立するような方向性がいいのではないかと。例えば、国同士の不信の中から人類は核兵器を編み出したというのも、やはり戦争という言葉がここに入ってこないとちょっと二段ぐらい飛躍しすぎている表現になっているのではないかと。それから15,000発の前に75,000発ぐらいの時代があったわけだが、そのことに触れて「現在15000発以上があり、削減は遅々として進みません」とかいう表現が入った方がいいのではないか。それから「信頼を生み続ける」ことが大事だと41行目に来るのが非常に重要なわけだけれども、その次に続く、「我が国は日本国憲法の平和の理念に基づき、世界に貢献すること」、ここはつながらないと思う。何をもって世界に貢献するのか。「信頼を広げる」ことで世界に貢献するのか。その次の「再び戦争を起こさない」ことを国是として世界に貢献するのか。ここら辺の文意がすっと胸に入ってこない所があるので、ここは文章をもう一つ練られた方がいいのではないかと思う。

もう一つ最後に、45行目からの部分だが、この4行が繰り返しなのかどうなのか。ここで新しいことが何か言われているのかどうなのか、今ひとつ伝わってこない。そこも含めて、38~48行目をもう少しコンパクトにしてもいいのではないか、練る必要があるのではないかと思う。

それから58行の福島の件は、やはり放射能障害を集団として経験した長崎、放射線被爆でもいいが、そして「経験をもって福島に支援をし続けます」とかそういうことが非常に重要ではないかと思う。このままの文章では舌足らずではないかと思う。

【委員】
71年目として割と落ち着いた論調でいいのではないかと基本的には思った。

最初のパラグラフのところだが、私も「灰色の街」というのは、「廃墟と化した」という風に、中学生や高校生にもわかる言葉になると思う。「簿冊」は「名簿」がわかりやすい。インパクトがないという方もいるが、詩的に書くとして、「あの日は戦時中とはいえ、普段と~」という風に詩的にしていくと、話し言葉としていいのではないか。

6行目の、被爆者のみなさんは生涯に渡って心と体に苦しみと不安を抱えながら生きてこられて、大事なことは、その後の長崎の復興の礎となったということ。それを踏まえてほしい。

8行目から後にオバマ大統領という言葉は全部で4回も出てくるので、2回くらいにもう少しまとめていくことが大切ではないかと思った。例えば、最初の8~9行目の後に、24~25行目もあって、訪問をして意見を述べられたことがあるので、24~25行目をもう少し前に持ってきて、まとめていくのはどうだろうか。その後、もう1つ10行目の終わりのあたり、「必死に呼びかけてきたこと」ではなく、「命を懸けて呼びかけてきたこと」というようにしたらどうか。「必死」は話し言葉のような気がする。

あと、呼びかけ方として、核兵器保有国の「リーダー」と「首脳」というのが言葉としてあるが、「首脳」という言葉が格式高いのかなと。「リーダー」というのは一般的に使うので、書き方として、核兵器保有国の首脳のみなさん、あるいは、各国首脳のみなさん。ここで、みなさんも1つ減らした方がいいのでは。

13行目、ここは前の委員も言っていたが、もう少し短くしてもいい。「何が起こったかを知ってください」というように。また、「本当の恐ろしさ」の「本当」はいらない。

先ほど委員もおっしゃっていた38~44行目あたりを、私ももう少し考えていきたいなという風に思う。40行目のあたりも、不信のサイクルを信頼のサイクルに、と言葉が近くにあった方が理解しやすいかなと思った。信頼を生み続けるのは具体的に対話による信頼というように、具体的に書くと非常にわかりやすいかと思う。また、「日本国憲法の理念に基づき」とあるが、日本国憲法の理念と、あとは実は少し調べたところ、ユネスコ憲章の前文に「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦をつくらなければならない」というのがある。この「平和の砦」を築く努力というのが、引用を含めてどこかに入ってくるといいのでは。ユネスコ憲章はさすがにわかりやすくすばらしい文章であるし、納得のいく文章であった。

あと、元に戻るが、32行目のあたりで、日本政府に訴えますというところがもう少し前のあたり、例えば、各国首脳のみなさんというところの近くに、日本政府ももっと努力をしてください、対話のリーダーになってくださいというような文章がに出てくる方が、日本政府に訴える力があるのではないかと思いながら読んだ。

【委員】
これを読んで、文章としては随分まとまってきたなという風に思ったし、訴える相手を明確にしたのはとてもわかりやすくてよかったなと思う。ただ、全文を読んでいくと、非常にこう、優しいというか、先ほども出たが、出だしのところがやっぱり、平和宣言文というのは第一声のところで少し引きつけて、聞くという体勢に持っていかなければいけないというのがあるから、私は前回の「人間を壊し、地球をも壊す」という、壊すのは人間だけではなく、住めなくする、そういう環境を作るという意味では、まったくその場に住んでなくても、うんと広い範囲で、地球環境を壊していく、そういう意味では、頭にこれを入れるとインパクトがあってよいのかな、関心をあまり持っていない人も、そこに、ちょっと何だ、と思っていただけるんじゃないかなと思った。

それから、先ほども出た、2行目のところの「長崎は灰色の街と化しました」のすぐあとが名簿の話になるが、私はやっぱり原爆というものをもっと体験のない方に想像していただかなければいけないと思う。そのためには、継承問題をどうするかということで、少しその直後の、被爆の実相を生々しく入れることも再度やっていかないと、なんか段々そういう具体的なものがなくなって、被爆の実相を想像ができなくなると思う。だから、私は前回も申し上げたが、被爆者の方たちの言葉で、被爆の実相が少し入っていかないと、核兵器というものの判断が違う角度からだけされるのではないかと、やっぱり人間の尊厳というところでの想像していただきたいと少し感じた。

あとはみなさんおっしゃったので、私が一番感じたのは、先ほども委員から出たけれども、「オバマ大統領」という言葉がとても多くて、私たちがやっぱり自分たちが主体的に核兵器廃絶を訴えていくのであれば、オバマ大統領が変われば世界が変わるという単純なものではないと思うので、もう少しそこは引用するのはいいと思うが、すべてオバマ大統領に頼っているような、どうかしたらそういう受け取り方になるので、ここは少し減らしていったらという風に思った。

それから特に今回思ったのは、42行目「我が国は日本国憲法の平和の理念に基づき、世界に貢献してきた」という風にあるが、私は、少し日本の進み方としてはそんな貢献というのが本当にできたのかという不信がある。日本政府に求めますというのが北東アジア非核兵器地帯だけのことではないと思う。私たちは国民としてもっと、国にものを言わなければいけないと思っているので、ここは、むしろその後にもってきて、日本国政府への訴えのところに持ってくるような、文章は考えていただきたいのですが、「我が国は日本国憲法の平和の理念に基づき、71年もの長い間、戦争をしない国として、人道的支援で世界に貢献し、信頼を広げようと努力してきました」と。私は、国というよりもNGOとかそういう方が人道的な面で非常に貢献をしてきたと思う。そして、「再び戦争を起こさないために、これからも平和憲法を守り、不戦の誓いを発信し続けてください」と、憲法もいろんな問題が今言われているけれども、一番私たちはやっぱり平和憲法、戦争放棄の憲法を守りたいというのが強いので、そういうところをむしろここというよりも、日本政府に私は訴えを求めていきたいなという風に感じた。

あとは福島の件とか、みなさんからご意見が出ているので、そこについてはやっぱり何かここに説明が入らないと、ただ支援、何を支援するんだ、全国どこでもしているよということになるので、出た意見でいいのかなという風に私も思う。

あとは、みなさんからも随分出たが、ただ、被爆遺構のところで、城山小学校と山王神社が出ているけれども、これはどこか少し文章としてつけていかないと。最初に意見が出たように、連動のさせ方だと非常にわかりやすいと思うので、そのあたりを少し工夫していただけたらいいかなという風に思った。

【委員】
大統領の広島訪問についてはいつも同じことを言って恐縮だが、日本でもそうだったが、アメリカの中でも大統領の被爆地訪問に対する賛否が盛んに語られて、これはとても大事なこと、被爆地にとっても大事なことだと思う。私たちが、米国民が原爆投下をどういう風に評価してきたのか、今後していくのかということには、やっぱり強い関心や強い注視を注いでいかないといけないと思う。米国内では、あれは正しくなかったという声も、増えていきつつある状況だと思う。まだ、大勢ではないと思うが、過去と比べれば、あれは正しくなかったという声が、徐々に増えてきているのも事実。で、私たち被爆地にいる人間としては、ぜひそういう方向になっていってほしいという風に考えているわけで、今年実現したオバマ大統領の広島訪問というのは、アメリカの世論がさらにいい方に変容して、原爆投下の歴史的評価に対して私たちと認識を共有できるような、ちょっとでも近づいていくような契機になっていってほしいという風に私は思う。できれば長崎市長が、そんな米国内の状況を承知しているとか注目しているとか、そういう形の態度のニュアンスを表明していただければ、と希望する。

42行目の憲法については先ほどの委員の意見に賛成。加えて、これも前回も同趣旨のことを申し上げたけれども、今の日本を見ると、一昨年、政府が解釈改憲をして、その法的具体化として昨年、安全保障関連法ができて、今年施行されたという流れにあって、立憲主義のあり方に大きな疑問が差し向けられているという状況は、一昨年、昨年、今年とまったく変わってないというのが私の認識。今も状況は変わらずに、大きな危惧をされているわけだから、今年も、昨年の長崎平和宣言で語られた趣旨と同趣旨のことを踏襲して、はっきり書き込んでほしい。法律ができたから終わりではない、ということを語ってほしい。立憲主義のあり方に疑問が差し向けられているという状況認識を、長崎平和宣言で表明をしていただきたい、という風に思う。

あと、これに関連して、去年の宣言文と今年この文案と見比べて、前回もどなたかおっしゃったと思うが、過去の宣言から、長崎広島の被爆だけではなくて、沖縄とか、東京とか、そういう日本各地で日本人全体が苦しめられてきた戦争の記憶と、あとアジアの人達を苦しめた反省といった歴史認識が、今回の文案からは昨年と比べてみると抜けているのかなという風に思う。日本人がみんな苦しんだ戦争の記憶とか、アジアの人達を苦しめた反省といった立場に立って、戦後の日本というのを築いてきたという認識は、日本政府の公式な見解でもあるごくオーソドックスな、しかし非常に大切な基本認識だから、それがあるから、この文案42行目にあるように、だから我が国は日本国憲法の平和の理念に云々という風に続いていく文脈だと思う。昨年の宣言では、原爆だけでなくて戦争全体に対する視点が一応あったかと思うが、今回見当たらないので、今回できたらそこを復活して欲しいという風に思っている。

あと50行目、これは被爆遺構に触れるための文章だと思う。これからこういう活動や取組みも大切だと思うので、これはこれでよいとは思うけれども、これに関しては、複数の委員が先ほど言った意見に賛成。今回は文章全体から、被爆者とか戦争体験者から後継の世代、次の世代とか、若い人に向けての継承の呼びかけというのが、多分50行目以降というのがそれに該当するつもりになっているのかもしれないが、後継世代とか、若い世代とかに向けてあるというのが、昨年の宣言文ではすごく明確に書いてあった。そこが今年は一気にぼけているところを、ぱっと読んだ感じでは印象を受けている。前回の会議で委員長もおっしゃったが、被爆者からの体験を聞けなくなる日を想定しなければいけない、いずれ来る。そういう中で、2016年の今、被爆者はたくさん生きていて、まだ語ろうという人たちがいるので、そしてそれを受け継いで、次の世代の人達、若い世代であるとか、二世の人たちが継承して、自分たちの体験として語っていこうという人間の活動が現にある。そういう活動もあるので、ちょっと変な言い方になるが、モノに語らせる前に、人がいるので、こういう生きた人間の活動を促すという文章を加えていただければという風に思う。

【委員】
前回多くの指摘があった。総花的で、フラットな感じがするということを私は申し上げたが、それを解消して、今回なりの重点や特色を出そうとされた努力というのは、非常に評価したいと思う。しかしながら、今回は観念的な箇所が多くなっているような感じがする。特に、1~7行目にかけての文章は、当時の暮らしに焦点を当てて、被爆状況の定型句化、無機質化を避けようとしたんじゃないかと思うが、原爆をよく知らない人々には、非人道性の極みであるような惨状を、想像できるのかと疑問を持つ次第。また、毎年言っているところは、生身の人間の感性に訴える、どろどろとしたものをあまり感じることができない。議論と感性とのバランスは難しいし、感性の面で過度に訴えるのは逆効果になると思うけれども、もう少し人間の感情に訴える表現も欲しいなと思っている。

それから、前回の案では、被爆体験講話をはじめ、被爆者やボランティアが進めている継承活動の意義が各所で述べられていたが、今回はほとんど消えている。被爆者やボランティアの方々と協働して草の根的な活動を重ねてきた平和推進協会の理事長としては、少々残念な思いがする。被爆遺構、歌、映画などを、長崎や広島とつながる入口にするのは異論のないところだが、入口から被爆の実相に迫るように案内できるのは使命感にあふれた被爆体験講話者や平和案内人などの各種のボランティアと思うので、そこをもう少し重要視することも必要だし、その点にも触れてもらえればいいなと思う。

【委員】
今まで2回でさまざまな委員から出された意見を踏まえて、ここまでまとめられたことには一応敬意を表したいと思う。推敲を重ねたうえで、これは言ってこれは落とそうということは取捨選択されたと思うので、内容についてはあれがないとか申し上げないで、生意気だが、一人の放送局の人間として、もしこれが番組のコメントだったらどうだろうと、聞き言葉であるということを強く意識して読ませていただいた。なので、表現や言い回しなどすごく細かく言うが、全体の印象として、すごく丁寧に、すべての立場を含めようとするあまり、まどろっこしくなってわかりにくいところがあるなということを思った。聞く相手にしっかり伝わるかというのを重視しながら読んだけども、最初、いろんな方がおっしゃっている1行目の「戦時中とはいえ、普段と変わらない1日になるはずでした」と。これは前の委員会の時だったと思うが、いつも「1945年8月9日」という二つ目の文章から始まることが多いというのを踏まえて、何か変えようとしてこうしたのだろうなと。ちょっと穿っているが、きっと普段と変わらない一日になるはずでした、というので始めようと思って、でも、普段と変わらないのだったら平和だから、ということで、「戦時中とはいえ」というのを付け加えたのかなと思って、それが返って言い訳がましくなっていて、すごくちょっと、なんだろうみたいな感じで思った。あと、これもいろんな委員から出た、「簿冊」。これは聞き言葉として初めて聞いた。なので、これは違うだろうと。ただ私自身はちょっと知識があれかもしれないが、こういう冊子があるというのは知らなかったので、もし、どうしてもインパクトがあるとするならば、例えば、「原爆犠牲者の名簿の中に、名前の記載のないまっさらな一冊があります」というような形で始めて、「未だに行方がわからない人たち」でスタートしてから、1945年、という風につなげていくみたいなやり方もあるなと思いながら、先ほど意見が出たように、7行目の「核兵器は」というところで素直にボンっと始めるのもいいかな、ということも感じながら読んだ。

7行目の「し続ける」というのも、これも指摘があったが、これはおそらく続けるというところに、生きている人にも未だに続いているということを言おうとしたのだろうなと思いつつ、やっぱりそれで弱くなっているなと思った。やっぱり、「人間を、世界を破壊する残酷な兵器です」という風に言い切ったほうが強いだろうと思う。9行目、「被爆者と抱き合う姿は多くの人々に感動を与えました」というのも2点あって、「多くの人々に」という所に、随分第三者的だなと。なんで「私たちに」でないんだろうなという風に思った。それから、「感動」というか、私自身はやっぱり見ていて、ようやく始まったとか、やっと一歩が踏み出されたなと感じて、それも感動かもしれないが、感動という単語には喜びみたいなテイストが含まれているので、喜びというよりもやっととか、ようやくとか、そういうような言葉であるべきじゃないかなという風に思った。

17行目、市長が読むのを聞いていて思ったが、「国連欧州本部」と「公開作業部会」というのが、すぐ字が出てこなかった。言い方をちょっと工夫された方がいいかなと思う。21行目、核兵器廃絶への道に「対立」という、これは、文章だとパラグラフがわかれているけれども、読む時には一気に読むところだと思うので、「核兵器廃絶への道に」に前段の「対立」を受けて、「この対立という高い壁が立ちはだかっている」という風に言った方がわかりやすい。先ほど、誰かもおっしゃっていた22行目、「高性能なものに新しく換える」は「新しく」はもういらない。「高性能のものに換える」という風にした方がわかりやすいと思った。25行目の「原爆投下の地から呼びかけました」は「原爆投下の地」からという風に言わないで、「広島から呼びかけました」という風に言った方がいい。24行目、「オバマ大統領は呼びかけました」というのがあるので、26行目の「オバマ大統領」の前には「そのオバマ大統領に訴えます」という風につけた方がいいと思う。29行目、これも、言い回しだが、「核兵器禁止の法的枠組みに関する交渉の場」というのが、聞いていてちょっとわからない。しいて言えば、前の文章を受けて「ぜひ、そうした対話の場を設けてください」と。これも正確に言おうとして、なんか裏目に出ているという感じだと思う。それから32行目の日本政府に言うところ、最初に来るのは日本政府が矛盾する立場にあるということがあって、北朝鮮の情勢がこう、とそういうことじゃないかな、順番がちょっと逆かなと。ここはどういう風に、その後の「矛盾」という言葉とリンクさせるのかがわからないが、そう感じたということ。

それから、この後の流れとして、38~48行目で、今まで核兵器をなくすことに何かをやってくれという訴えから、信頼、核兵器から平和を生む信頼へと話が移っていくが、50行目で再び核兵器のことにまた戻っていくので、50行目からのことがまず38行目の前に来るのではないかと。

50行目以降、これもいろいろな方がもう指摘されているが、誰に訴えているのかと。最後のところに「世界のみなさん」と書いてあるが、そうではないんじゃないか。これは、どなたかおっしゃったが、「若い世代」という風に、明確に呼びかける相手を言った方がいいのではないかと。若い世代に、逆に第2回まで、昨年も、「若い世代のみなさん」ということが言っていたのが今回消えちゃっているので、ここは、例えば、「長崎、日本、そして世界中の若い世代のみなさん、過去を知り、長崎や広島とつながるきっかけを、どうか見つけてください」という風に、今までの呼びかけを踏襲してやった方がいいのではないかなと思った。それが頭に来て、「爆心地のすぐ近くにある」というのがこう流れで来るのではないかなと思っていた。

あと、これもすでに出ていた58行目から、福島の原発被害に支援、応援し続けるというのは、同じ放射能の被害を受けた土地の人間として、ということをはっきり明示した方がわかりやすいという風にも思った。

【委員】
他の委員の皆さんも言われたが、私自身ももっと感性に訴えかける文章にしていただいたいと思った。聞く人それぞれが、本当に自分が動かなければならないと思うような文章でなければ、特に若い世代は生まれた瞬間から全く戦争を感じない状況だから、どうして自分が動かなければならないのかというところがそもそもないので、自分と核兵器とのつながりが見えてこないと、自分がアクションを起こす必要性も、どうしていいかもわからないというところがある。「核兵器は人間を壊す残酷な兵器です」、「本当の恐ろしさ」と言われても正直わからないということを申し上げたいと思う。

実際に核兵器が落ちたらどうなるか、私たちは想像することしかできないが、私の場合だと、例えば、自分の好きな人と一緒に過ごす時間とか、何かに打ち込んで一生懸命頑張る日々、あるいは、恋をすること、あるいは、つらいことがあってそれでも家に帰ればお母さんがいて、お母さんは今日どういうお菓子を作って待っていてくれるかとか、辛いことがあった時に寝ている所に来てそっと手を添えてくれるその温かさとか、何とも言えない安心感、自分が自分らしく生きることとか、自分がそこに存在するその権利すら奪われてしまう、それを日頃私たちは当たり前のことのように思っているけれども、それが核兵器によって奪われてしまうということ。私たちは本当に日常を平和に生きているので、私たちは奪われることはないのではないかと思うが、ただ被爆者の方が、どうしてこれから先被爆者の方が関係のない未来のことに対して、これだけ力の限りを振り絞ってやられているかというと、もう二度とそういうことを起こしてはならない、そして戦前戦中を生きてこられた独特の、私たち経験していない人にはわからない感性で、もう一回このことが起こってしまうのではないかという独特の嗅覚で感じていらっしゃるからこそ、こうして力の限りを振り絞ってやってこられているので、私自身は想像しかできないが、いつも被爆者の方のお話を聞くときに自分の家族に置き換えて、想像力でやってきたというのがあるので、本当に若い世代に動いてほしい、これからを担ってほしいと思うのであれば、これが自分に起きたらどうだろう、それと、何のために被爆者の方が動いてくれているのか、そのことを言わないと本当に心には響かないなと思った。

それと関連するが、核兵器保有国のリーダーのみなさんに対する訴えも、あなたの持つ核兵器という自分とのつながりを入れないと、どこかぼんやりして、核兵器が恐ろしいことは周知の事実なので、すんなり聞き飛ばしてしまうと思うので、あなたが持っているものが、あなたの行動がどれだけ影響力を持っているものであるかということをしっかり示さないといけないと思った。

【委員】
個人的な問題があって起草委員会に対しても、本当に出席できなかったことについて心からお詫び申し上げたい。これからもご迷惑をおかけすると思うが、ご了承願いたい。

この原文を見て、私は未だに非核三原則の法制化が全くないことに対して、これは今こそ必要だと思う。例えば、「この流れを断ち切り、不信のサイクルを信頼のサイクルに転換するために」ということであるが、ここに非核三原則の法制化、これは何が何でも必要ではないかと訴えていきたいと思う。

次に、憲法の問題、これについては、戦時中生き残った人たち、それを経験した人たち中で3年近くかけて作られたこの憲法から70年過ぎた今、このことを知らない、経験したことのない人たちが、このことを一新してなくそうとしていることに私は憤りを感じる。この憲法を世界に向かって守っていかなければならない。それが被爆国日本政府のやり方だと思う。その中には、再び戦争を起こさない、武器を持たない、そのためには何をしなければならないかということが書かれている。またもや戦争をする国につながっていくということ、今回行われている参議院選挙でもそのことが焦点として入っているが、これについては、やはり日本国憲法の大事なことを書いていかなければならない。日本国民がこのことを随分知らなきゃいけないと思う。

何回も言うが、あの忌まわしい戦争、あの戦争を知っていて僅かに残っている人たちもどんどん亡くなっていっている。私は生き残った被爆者として、山王神社も抱えているが、そのことよりも生き残った被爆者として、この70年間生きてきて、再び繰り返してはいけない、そのためには生きている限りこの運動を続けていかなければならないと思っている。

【委員】
この文章についてやる前に一言。このような重要な文章を検討するにあたって、実はこの文章は私昨日の夜に速達で届いた。私夜遅く帰りますので、8時過ぎから10時まで見ちゃうということで、できる限り時間的にもう少し見直すことができるような形で作っていただけないか、事務局への要望。前回も時間的に余裕がなかったということ。よろしくお願いしたい。

活字を追って見ていったときに、気についたのは、先ほど委員が言ったように、オバマ大統領がよく出てくるなというところ。8、24,26、46行目に出てくるので、これは整備できればと思う。ところが、会議に出てきて委員長が読まれると突っかかる所がないように、すらすらと。話し方がいいのかわからないけども。ところがこれでいいのかと思っていたら、委員の意見を聞くと、後で記憶に残るというところで直す所は直さなければいけないところだと思った。

中身については、ご指摘のところもたくさんあるし、前回私は原爆遺跡について申し上げのが50行目にきているが、この文章が果たしていいのか、このような形でいいのかわからない。むしろ、原爆遺跡については何かというと、登録文化財を国の史跡に申請したという、長崎市が1からやってきたというところの力強さをやってほしい。もっと強い力を持ってやっていく、国からの援助を受けながらやっていくということで申請をしたというところの強さをもう少し出した方がいいと思う。例えばどこで入れるかはいろいろあるが、54行目の後にもってきて、国の多大なる援助を受けながら、長崎は窓口を広げていきますよというような、力強い宣言みたいなのをもっていったらいいのかと。

それ以外にはみなさまのご指摘の通り。

【委員】
読んだときに、割とスムーズに読むことができた。前回、内容に少しメリハリがないということを申し上げたが、ここでは何が言いたいかということが比較的理解できた。

一番気になったのは、17~36行目で、どうしても固くなるだろうなということはよくわかるし、できるだけ平易な言葉で、しかし今起こっていることを的確に伝える、そういう趣旨で、かなりまだ工夫の余地があるのではないかと思った。正確にする部分と平易にする部分と混ぜこぜになるが、大きなところでこの「対立」という言葉で、前回の会議を踏まえて、新しく私たちが心配しないといけない状況を示す、そういう内容で「対立」という言葉が出てきたと思うが、その「対立」の中には、平たく言うと、ここに核兵器の抑止力に依存する国々と、核兵器禁止の交渉の開始を主張する国々の「対立」で、全てがこの条約の交渉が目の前に起ころうとしている、起こるかもしれないという、そういう意味では割と大きな局面の変化が起こりつつあると思う。そこから生まれている「対立」なので、その対立の中身がもうちょっと平易な言葉で正確に伝える必要があるかなと思った。なので、19行目のところは、今言ったような、核兵器禁止の交渉の開始を主張する国々ということ。核兵器廃絶ということはみんな言うけども、それが具体的な法的な議論する段階になって、非常に鮮明に対立が出てきている。そこが新しいところだと思う。

それと関連して、17行目の「公開作業部会」云々は割と新聞に出てくるので、わかる人にはわかるが、多分読むとわからないので平たく言ってよいのでは。逆に正確には、この作業部会は核軍縮交渉を前進させる、それは難しくならないと思うので、「核軍縮交渉を前進させるための」、そして何が新しいかというと、「法的な議論を行う会議」というような言い方で、わかりやすくなるかなと。法的な議論をするということがとにかく新しい局面であって、先ほど言ったようなことが起こっている。18行目も、「議論する場ができたことは」というところは、「法的な議論をできる場ができたというのは大きな前進です」という、ここ1年の大きな変化だということになる。

それで、オバマ大統領を引用して各国首脳に訴えるという24~27行目のところと、その次の28~31行目のところとの関係がちょっとすっきりしないなと思った。それで、とにかく対立の壁を越えないといけない。一方で保有国は古くなった核兵器の更新を行っているということがあって、それで私は28行目でいきなり「核兵器のない世界の実現が遠のいてしまいます。国連、各国政府のみなさん、NGOのみなさんに訴えます」と言っていいのではないかと思った。ただ、その首脳が果たす役割というのも確かにあると思うので、24~27行目は、私が前回ちょっと言った、首脳が何かやるというところから出てきている可能性もあって、それはそれとしてわかるが、まずはみなさんに訴えますと飛んじゃった方がつながりがいいかと思った。

その後の文章も、この「対話」という言葉と「交渉」という言葉があまり区別なく出てきているが、実は対立の割と直接的なきっかけは、「対話」の場ならいいが、「交渉」の場はだめだというその文脈がある。条約とか法的な議論をするとそれは交渉になっていって、それに警戒をする人たちと、そこに今行くべきだという人たちなので、この2つの言葉が区別なく出てきてしまうのは、多分英語にした時に困ってしまうだろうなという気がしてくる。23~28行目に飛ぶとすると、「核兵器のない世界への実現は遠のいてしまいます」と。核兵器のない世界は何度も出てくるので、「核兵器廃絶への対話と交渉の場を絶やしてはなりません」という風に、2つを並列させてはどうかと思った。ちょっとずるいやり方だが、普通の市民の知恵としては、あまり「対話」と「交渉」は違うということを意識しないで、実際今度の秋に起こるかもしれないことで画期的なことは、交渉の場を設立させようという提案が多分出る。それで、人道的アプローチを主張している国は圧倒的過半数だから、多分そういう交渉の場をつくるというのは多数決で決まる可能性があるが、その時に対話が途絶えちゃうということは困るというのは、我々の感じ方だと思う。なので、交渉の場ができるならやっぱり多数の国がそういう風に思っている、それで局面が変わるわけだから、それは長崎としては激励したいことだし、しかしそのことによって、対立が起こらないことも同時に望むという立場で、「対話と交渉の場を絶やさない」という言い方になるのかなと思った。

そうすると、今年秋の国連総会で、ここは、「核兵器禁止の法的枠組み」と言っちゃうと、一方の流れのことだけを言うことになって、「交渉の場」という言葉が強調されることになるので、ここは、「秋の国連総会で核兵器のない世界の実現に向けた」と、先ほど外した言葉をここで使って、「核兵器のない世界の実現に向けた法的枠組みに関する対話と交渉の場を設けてください」と。禁止の法的枠組みというとすごく狭くなって「交渉」ということになるが、核兵器のない世界の実現に向けた法的枠組みと言うと、広く枠組みをつくろうという提案も出ている、5月の会議で。割と大きく枠組みをつくって、その中で禁止という風にやっていった方がいいのではないかというそういう知恵も出ているので、そこを大きく表現すれば、「対話」と「交渉」を並列させても、英語にしたときにも十分言っていることが伝わるのではないかなと思った。

それで、首脳に訴えますというところが何か具体的に、オバマ大統領の言葉はいい言葉だが、オバマ大統領が出すぎているということを考えると、首脳の話を省略するという手もありつつ、なにか明確に訴えますと言うとすれば、やはり対話の場を首脳がイニシアティブを取って、対立を越えるためにリーダーシップが必要だという文脈で、そこに対話の場に望む、対話の場を確保するという首脳の役割を短くそこに載せるということはありかなと思う。そうすると、一般への訴えと首脳への訴えのその両方を受けて、独立した改行した1つの文章として、「今こそ人類の未来をつなぐためにすべての人が持てる限りの英知を結集するときです」という風に、両方の訴えを受けて、英知を訴えるという風にできる。

32行目からの北東アジアのところは、北朝鮮の問題で予断を許さないという状況で、次に日本政府のことを書いてあるが、そこがうまくつながらない。なので、一旦上とつなげてはっきりと「核兵器の非人道性を知る日本こそが、強く核兵器を否定するメッセージを発してください」、「北朝鮮で起こっている予断を許さない状況に、日本政府は核兵器を否定するメッセージを強く発してほしい」という風に言ってほしい。で、日本は核兵器廃絶を訴えながらも一方では核抑止力に依存する云々で、非核兵器地帯を改めて訴えるようにすれば、北朝鮮の予断を許さない状況とつながるかと思った。

38~43行目は、本当に、日本政府への訴えというか、自分たち自身への覚悟という表現になってもいいかなと思う。もうちょっと、ひとまとめにして、日本の今の状況についてひきつけたまとめ方ができないかなと思う。42行目の、「平和の理念に基づき、世界に貢献する」というのは、どういう貢献かということをもうちょっとはっきり言うことによって、かなり今の状況を踏まえた表現になるのではないか。先ほど来出ているけども、武力に寄らない貢献をするとか、人道支援で貢献するとか、あるいは、戦争を忌避する国として貢献することによって、信頼をつくってきたということで、この辺は紛争地で人道支援をしているNGOがみんな、日本だから勝ち得ている信頼というのがあるということをしきりに言っている。それがやはり日本が得てきた信頼と思うので、日本が軍事力に寄らないでやってきた国ということだと思うので、そこは貢献の中身をもう少し明確にして、これからもそれを続けているという作り方にした方がいいのではないかと思う。

50~56行目は、先ほど来出ているが、若い世代への訴えとか、とにかく訴える対象をもう少し明確に、そうでなくても、人々とか市民とか、訴える対象がもう少し明確になった方がいいという意見に賛成。

少し戻るが、46行目の「小さな」信頼を作ることができます、その次が「小さくても」という風に、ちょっと謙遜しすぎかなという感じがあって、やはり言いたいことは一つの行為が非常にかけがえのないことだと思うので、「かけがえのない信頼」という風に一人ひとりが行うことの意味をもっと強い言葉で伝えた方がいいかなと思った。

【委員長】
様々な意見をいただいた。前回の意見を踏まえて書き直した部分も、不十分であったりずれていたりという意見をいただいた。宣言文は5つのパートに分かれているが、1番目と4番目のパートはかなり見直しが必要と思う。全体のなかで基本的なことであるが、長崎市は起草委員会方式をとっており、それにはメリットとデメリットがあるが、いいところをできるだけ活かしたいと望んでいる。

その中で、気を付けないといけないことの一つは、昨年度と比べて足りない部分を入れていくと毎年同じ宣言文となってしまう。むしろ、限られた時間、文字数で、今年は何を入れるのか、言うのかを軸として考えたいと思っている。若者に対する呼びかけをここ何年か入れているが、それはまさしく時代を捉えたものであり、国連の動きは毎年変わっていくものなので、できるだけわかりやすく的確に入れていきたいと考えている。

欠席された委員からいただいた意見があるので、ここで事務局から紹介する。

【事務局】
1行目「戦時中とはいえ、普段と変わらない1日になるはずでした。」への意見。

戦時中と、現代の「日常」は違う。食べ物もなく、夜に明かりを灯すことも許されず、空襲警報の恐怖が常に生活の一部としてあった私たち被爆者には、当時の8月9日の「普段と変わらない1日」とはどういうものだったかわかるが、今は、当時の状況を知らない人たちの方が圧倒的に多い。そういう人たちにも当時の状況を知ってもらうための描写が必要。「戦時中は、こういう暮らしをして、子どもたちもこういう状況で強く生きようと頑張っていました。」という時代背景をきちんと示したうえで、「それでも、子どもたちの命が続くはずだった1945年8月9日~」というふうに続けてほしい。

31行目、38~48行目「英知」については、私たち被爆者も早くからずっと言い続けてきたこと。また、「信頼」も非常に同感する部分。人という漢字はお互いが支えあうという字で成り立っているように、言葉、文化は違えども、心ではわかりあえるもの。国同士でいろいろな事情はあるかと思うがそういう理屈は抜きにして、核兵器廃絶と平和な世界を実現することを人類の使命として取り組み、次の世代にバトンタッチしてほしい、という思いを入れてほしい。

55~56行目「過去を知り、長崎や広島とつながるきっかけを、どうか見つけてください。」について、過去を知るだけでなく、過去に盲目になってはならないということを、伝えたい。「過去に目をつぶらず、しっかりと過去を見つめ、現在を未来につなげていく努力をしてください。そして、二度と被爆者をつくらないようにするためにどうするべきか、ひとりひとりしっかりと考えて、行動してください。」というような文章にしてはどうか。

【委員長】
それでは、パート1について、前回は「核兵器は人間を壊し、地球をも壊す兵器です」と書き出し、その次に続く文章を、人間を壊す部分と地球を壊す部分としていたがわかりにくいという意見をいただいた。実感やイメージが湧くような、心に訴えかける、心に響くようにとの指摘があったので、全体的に前に戻してわかりやすくするのか、今回をベースに修正するか、全く新しいものにするのか検討させていただきたい。

パート2は、委員のご指摘を中心にしっかりとわかりやすい、正確な形としたい。世界の核兵器関係機関の方々が見る文章でもあるので、英文にすることを踏まえて、検討したい。

パート3についても様々な意見をいただいた。基本的な方向としては認めていただく中で、表現が不十分であったり、抽象的な部分をできるだけ具体的に修正していきたい。

パート4は、今回の案を作る時点で非常に難しい部分であった。しっかりと被爆遺構などを残していくという部分と、信頼をつくること以外にも入口はいろいろありますと、あまり関心のない、これまで関わりのない皆さんにも呼びかける部分と両方入れようとして中途半端になった感じがある。

パート5も、ご指摘いただいた部分を中心に書き直していきたい。今いただいたご意見のほか、特にこれに加えてこう言うことも考えた方がよいということがあれば意見をいただきたい。

【委員】
55~56行目、みなさんからも意見があったが、「世界のみなさん過去を知り、長崎や広島とつながるきっかけを、どうか見つけてください」という表現は、あくまで受け身の立場で語りかけている。そうではなく、長崎市としてはこういうことをやりますから、一緒に手をとって走りましょうという能動的な表現を検討していただきたい。基本はそうであると思う。あなたの努力をお待ちしていますという受け身が基本的なスタンスであると、間違われると訴える力が非常に弱くなると思う。

【委員】
起草委員会、特に第1回は意見が出るので、意見をまとまめるのは大変だと思う。先ほどの委員長の起草委員会についての意見は、考えている方向はいいと思うが、原点に帰ってずっと言い続けなければいけないこともあると思う。先ほど意見のあった非核三原則は、少し時代がずれても実現するまでは必ず入れるなど。憲法問題はなかなか言いにくい問題があることは非常によくわかる。選挙が終わってからの宣言文発表になるが、国民は憲法によって命を奪われたりする。昨年問題になったが、解決したわけではない。不安を深くしている人々もたくさんいる。明確にこれはだめということではないが、私たちが危惧していることには触れることが必要。国民の素直な気持ちとして伝えていただきたい。伝え続けなければいけないこと、時代とともに変えることはあるが、全部変えることではない。去年あるから今年入れないということではないと思う。そこの整理をしっかりしていただきたい。日本人として世界に訴えることは大事であるが、日本政府の今の消極的な姿が変わらないと世界の評価は受けられないと思う。そういうところを私たちは問題意識として持ち続けたいと思っている。反論ではないが、一市民の願いとして持ち続けたい。

それから、オバマ大統領が被爆者と抱き合う姿に「感動」という言葉を使うのにはすごく違和感も持った。被爆を知らない方は感動するかもしれないが、被爆者の中には、思いを共有することで平和な未来ができるなら、と辛い思いを閉じ込めている方もいらっしゃると思う。感動という言葉に辛い思いをされる方に配慮して表現の仕方を工夫してほしい。

【委員】
非核三原則の法制化については、ずっと長崎平和宣言文に入れるよう言ってきた。しかも今年も入れる根拠がある。今年の3月に参院で内閣法制局長官が、「憲法上あらゆる種類の核兵器の使用がおおよそ禁止されているとは考えていない」という内容を国会で発言したとニュースがあったと思う。今年は、非核三原則の法制化について、長崎から求めていく、特にそういう年だと思う。

【委員長】
非核三原則の法制化については、以前、案の中から外れていた時にいただいた意見の中で、北東アジア非核兵器地帯に非核三原則がある意味含まれているという説明もあったが、やはりわかりにくく、一般の人が理解するとは限らないということで、ずっと載せてきた経緯がある。まだわかりにくいという状況は続いているため、委員もおっしゃったように今回も加える方向で検討したい。それから、毎年変わらないものがあってもよいという意見はその通りである。去年あったのに今年はなぜ載せないのか、ではなく、去年載せたが、今年も載せる価値があるということで一つずつ柱を選んでいくという主体性をぜひ持っていきたい。決して毎年載せることを全部変えるということではなく、委員と同じ思いだと思う。

【委員】
17~36行目、前回の案に「市民社会」があったと思うが、今回の案から抜けている。ここ数年の非人道性議論は、市民社会が非核兵器国と共同して推進してきており、その流れの中から公開作業部会が設立された。非人道性議論の一つの終着駅として作業部会が持たれつつある。市民社会の力が、停滞した核軍縮の状況を完全にではないが打開しつつあるということ。そこに市民社会あるいはNGOでもよいが、市民社会の代表を含めて議論する場ができた。公開作業部会の場は、市民社会の代表が非常に多く参加し、自由に発言して、状況を動かしているといえる。どこかに市民社会という言葉を復活させてはどうか。

それから、オバマ大統領が広島を訪問した反面、核兵器国が公開作業部会に出席していないというギャップが大きな意味を持っている。核兵器のない世界を目指すという全体のコンセンサスはあると思うが、そこには核兵器保有国、プラハ演説、広島で自ら発言しているオバマ大統領の国は出席していない。ましてや他の核兵器国の考えはほとんどわからない。そういうところに現代の問題がある。首脳に呼びかけたことは非常によい宣言文であると思う。対話の重要性を強調する意味で核保有国の首脳が考え方を述べるよう要請しているのはよいと思う。だが、オバマ大統領の影に隠れている他の核兵器国に対しての呼びかけが弱いと思う。

【委員】
今の委員の意見に関連して、オバマ大統領は広島に来たが、他の国の首脳はまだ来ていない。昨年と同じく、ぜひ長崎・広島を訪ねてほしいということを改めて盛り込んでいただきたい。

【委員長】
他に意見はないか。

今回特にパート1の部分がどのような形になるのか、この段階でイメージが確定していないので、少数の委員の方にお声かけして意見をいただきたいと考えている。全員ではなく少数の委員にご意見を聞きながら詰めの作業をしていきたい。

今回も様々具体的な指摘をみなさんからいただいた。被爆71年目の平和宣言ということで、ある意味では70年よりも難しい年であると思う。今回3回の議論の中で、様々な方向性を示していただき、細かい文言の部分もご指摘いただいた。起草委員会としても方向性を見出すことができ、活発なご議論をいただいたことに感謝を申し上げたい。

詰めの作業をしっかりと行い、8月9日に世界の人々、あるいは核兵器国の首脳へも伝わるよい宣言文にしたい。改めて委員のみなさんのご協力に感謝申し上げて、起草委員会を終了する。

お問い合わせ先

総務部 行政体制整備室 

電話番号:095-829-1124

ファックス番号:095-829-1410

住所:〒850-8685 長崎市魚の町4-1(9階)

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