ここから本文です。

北九州と長崎

更新日:2022年6月1日 ページID:038632

rogo

 江戸時代、北九州市の小倉と長崎を結んでいた長崎街道。先々月のこのコーナーでは、この街道が砂糖を運んだ「シュガーロード」であることをご紹介しましたが、小倉と長崎の間には長崎街道の起点と終点であるという縁以外にも、良く知られている歴史上のゆかりがあります。
 それは広島に続く原爆投下の第一目標が小倉であり、長崎は第二目標であったという史実です。米軍機B29は昭和20年8月9日の小倉の視界が悪かったため、目標を長崎に変更したのでした。

 5年前、私は北九州市小倉北区の勝山公園にある「原爆犠牲者慰霊平和祈念碑」の移設記念式典に参加しました。それまで毎年8月9日にはこの碑の前で平和祈念式典が開かれていましたが、北九州の被爆者の皆さんから「長崎の方を向いて祈りたい」という声が出て、それができるように碑を移設してくれたのです。
 それだけではなく、城山小学校の嘉代子桜と思いを共有する「嘉代子桜・親子桜」を市内の全小中学校に植えたり、8月9日にはバスで多くの親子の皆さんが長崎を訪れてくれたりと、長崎とのつながりをとても大事にしてくれています。原爆や戦争の悲惨さを伝え、平和の尊さを伝えるという思いを長崎と共有してくれているのです。
 戦争を体験した世代が年々少なくなっていく中、その思いをまた一つ形にする新しい施設が誕生しました。「北九州市平和のまちミュージアム」です。
 戦火の下で営まれていた生活の様子や、北九州であった空襲などの出来事を次の世代に伝えてくれる大切な場所です。
 今年4月の開館の日、私は再び北九州市を訪れました。被爆クスノキを贈呈し、城山小学校原爆殉難者慰霊会から贈られた嘉代子桜を記念植樹させてもらいました。
 長崎と北九州のつながりも未来に伝えてくれる平和のミュージアムに、機会があればぜひ立ち寄ってみてください。

gazou

記念植樹

アンケート

より良いホームページにするために、ご意見をお聞かせください。コメントを書く