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開港450周年

更新日:2021年1月1日 ページID:035837

ホッとトーク

 新しい年になりました。今年は「開港450周年」という、大きな大きな節目の年です。
 長崎というまちが世界とつながりながら紡いできた長い物語の始まりが「開港」だからです。そして、その物語は今も続いています。

 ヨーロッパ人たちが世界を駆け回った15世紀から17世紀にかけての大航海時代。ポルトガルの船が長崎にやってきました。入り江が深く、キリスト教を受け入れてくれる領主がいる長崎浦は、ポルトガル船にとって、拠点を置く絶好の場所でした。
 入り江には「長い岬」が突き出ていました。貿易や宗教を求めてきた多くの人々によって、その岬に六つの町がつくられました。今の市役所から旧県庁につながる、この長い岬は「ながさき」というまちの名前の由来になったといわれます。その意味で450年前は、港だけでなく新しいまちのスタートでもあったわけです。
 それ以来、ポルトガル船の時代、出島と唐人屋敷の時代、居留地の時代、上海航路の時代、造船・石炭・水産の時代など、港は、時代によってその姿と役割を変えてきました。
 港は、山から流れてくる水の流入場所であり、船が出入りする海の玄関であり、貿易・造船・水産など産業の場であり、文物・学問・文化の交流の窓口であり、釣りや散歩やイベントなど憩いの場でもあります。長崎の人たちは、過去から現在まで、この港から多くの恵みを受けてきました。
 開港450年は、その“母なる港”への感謝の思いを表す年です。いわば“ 母”の450歳をお祝いする年。「ありがとう」という気持ちと同時に、「これからもよろしくお願いします」の思いも込めて、一年間にわたって折々にさまざまな記念事業が行われます。もちろん新型コロナの状況をしっかりと踏まえた上で。ぜひご参加ください。

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鍋冠山からの長崎港の風景


 旧県立長崎図書館の入り口の碑に、長崎学を確立した古賀十二郎先生の言葉が刻まれています。長崎というまちの歴史が港から始まったこと、そして港町長崎の個性と魅力をとてもシンプルに表現した、私の大好きな言葉です。

港あり
異国の船をここに招きて
自由なる町をひらきぬ
歴史と詩情のまち長崎
世界のナガサキ・・・

 今年を、港町ながさきの物語に新しい1ページを書き加える一年にしたいと思います。
 今年も「ホッとトーク」、よろしくお願いします。  
 

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