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平成の終わりに

更新日:2019年3月1日 ページID:032452

ホッとトーク

昨年から「平成最後の」という枕詞が付くことが多くなりました。言われてみると、確かに昨年5月以降の年中行事はすべて「平成最後」です。元号が変わることが事前に分かるということは、これまでなかったので、とても特別な体験ですね。

ところで、平成はどんな時代だったのでしょうか。
30年前、世界ではソ連が崩壊寸前でしたし、日本はバブル真っ盛りでした。世界も日本も今とは状況が違っていました。
私たちの生活も今とは少し違っていました。通信機器を例にとってみると、30年前は「ポケベル(ポケットベル)」が若者に人気の時代でした。「0840」が「おはよう」、「8110」は「バイト」。まるで暗号のような方法で連絡を取り合っていた時代です。
それから「ピッチ」と呼ばれた「PHS」の時代が来て、気軽に電話で話ができるようになりました。その後、「携帯電話」が一般的になり、それも今は過ぎて、「スマホ(スマートフォン)」の時代になりました。スマホはもはや電話ではなくて、電話や高性能カメラの機能が付いたコンピューターです。30年間で通信機器は大きく変化しました。
物心ついた時から携帯電話やインターネットが身近にあった今の若い世代は、コミュニケーションの取り方や人間関係に対する考え方が上の世代とは違うといわれます。その若い世代がどんな社会をつくりたいと思っているのか、上の世代とは違うどんなアイデアを持っているのか、とても興味があります。

長崎旅博覧会

平成2年に開催された

「長崎『旅』博覧会」。

イメージキャラクターは

「旅人くん」でした。

私が高校生のころ、井上陽水の「断絶」という歌が人気でした。「戦争を知らない子供たち」という歌も、遠足でよく歌いました。どちらも世代間の感覚のズレをテーマにした歌です。原体験の違いからくる世代間の発想や行動パターンの違いは、何も今に始まったことではありません。
ただ現代は、それこそ「戦争を体験として知っている世代」から「親も戦争を知らない世代」まで、「テレビがなかった時代を知っている世代」から「ネットがあればテレビはいらないという世代」まで、とても多様な原体験と価値観を持った人たちが一緒に暮らしている時代です。これからは、一緒に暮らしたり仕事をしたりする外国人も増えます。価値観はさらに多様化していくでしょう。
あらゆる世代だけではなく、あらゆる職業、あらゆる国籍、あらゆる立場の人たちがそれぞれに「じぶんごと」として社会に関わらなければ、心地よい社会はつくれません。「だれかが良くしてくれる」ではなく、一人ひとりが当事者として「私はこれができます」と参加すること。違う世代や違う価値観の人がいることをプラスに考えることができること。そういうことがとても大切な時代なのだと思います。
長崎はまもなく開港450年を迎えます。平成を振り返るだけでなく、もっと長い時間を振り返る中で、いま何をすべきかが見えてくるのではないか。平成の終わりに、そんなことを考えています。

 


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