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7人目の名誉市民

更新日:2018年8月1日 ページID:031535

ホッとトークイギリス在住のノーベル文学賞作家カズオ・イシグロさんに長崎市名誉市民証書をお渡ししました。7月3日、ロンドンで行われた顕彰式には、妻のローナさんも同席。お二人は、ふるさとの名誉市民になられたことをとても喜んでくれました。

長崎市の名誉市民には、これまで6人のかたが選定されています。
最初の名誉市民は「長崎の鐘」「この子を残して」などの著作でも知られる永井隆博士。次いで、女子教育に力を尽くされたカロライン・S・ぺカムさん、長崎医科大学の復興などに貢献された古屋野宏平さん、市長として長崎の発展に尽くされた田川務さんと諸谷義武さん、平和活動の理論的リーダーだった土山秀夫さんと続きます。
海外ではとても大勢の名誉市民を持っている都市もあるようですが、長崎市の場合は非常に厳格な審査を経て選ばれるので、あまり多くありません。それだけ重い位置づけがなされていると言っていいと思います。
今回、7人目となったカズオ・イシグロさんは、まさに名誉市民にふさわしいかたとして、長崎市表彰審査委員会でも、市議会でも、全会一致で承認されました。新しい名誉市民の誕生を心からうれしく、また誇りに思います。

顕彰式の一コマ
顕彰式での一コマ

カズオ・イシグロさんは、1954(昭和29)年に石黒家の長男として新中川町で生まれました。5歳の時、長崎海洋気象台に勤めながら海洋学を研究していた父の留学に伴い家族で渡英。今はイギリス国籍を取得しています。
稲佐山、浜屋、平和祈念像などが登場する長編第一作「遠い山なみの光」で王立文学協会賞を受賞。次作「浮世の画家」でも賞を受け、第三作となる「日の名残り」ではイギリス最高の文学賞であるブッカー賞を受賞されました。その後の作品でも世界の注目を集め、昨年12月にはついにノーベル文学賞を受賞されました。
ストックホルムで行われたノーベル賞受賞の晩餐会で、イシグロさんは、5歳の時に母親から「ノーベルショウはヘイワを広めるためにつくられたものだ」と教わったと話しました。マスコミのインタビューでは、昨年ノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の受賞をとても喜んでいる、とも話しています。
イシグロさんと長崎とが共有しているのは平和への思いだけではありません。
名誉市民証書顕彰式のあいさつの中で、イシグロさんは「私は長崎を離れたことはありません」と長崎への思いを表現してくれました。自分の心は長崎から離れたことはない… 私はその言葉を聞きながら、名誉市民になっていただいて本当によかったと思いました。
妻のローナさんも交えた2時間余りの時間は、とても温かい時間でした。
今執筆中の作品ができるまで来日は難しいようですが、作品が完成したら、ぜひ長崎に来てください、と伝えました。きっとおいでいただけると思います。素晴らしい作品の誕生とともに、すてきな名誉市民と長崎で会える日を楽しみに待ちましょう。

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