27回 榎田伸子さん 榎田加奈子さん

潮風が吹く、自然豊かな場所にある「三京えのき保育園」。こちらでは保育の中心に「表現活動」をおくという独自の方法で、子どもたちの力を引き出している。今回は園長を務める榎田加奈子さんと、その姉であり造形講師を務める伸子さんにその取り組みについて伺った。

三京えのき保育園の教育理念を教えてください。

加奈子さん 「本園には5つの教育の柱があります。それは『表現活動を保育の中心にすえる(表現活動による人間教育)』『自然とゆたかな出会いの中で(生きる力を)』『やさしさとかしこさとしなやかさを(生活の仕方)』『子どもの知力は生活(遊び)の中で(本物の知力を)』『地域・父母との提携(保育者と父母が育ち合う場に)』というものです。その中で最も大切にしているのが『表現活動』です。」



表現活動とは、具体的にどういったことを行っているのですか?

伸子さん 「本園には現在、0歳から6歳まで102名の子どもたちがいますが、全員が週に一度は創作の時間を設けています。それは個人制作、共同制作、形に残らない屋外での活動と様々です。例えば、大きな遊具にビニールシートをかぶせて、そこに子どもたちが絵具で絵を描きます。その後、子どもたちにビニールシートの中に入ってもらい、外からホースでザーッと水をかけるんです。これは洗車している車の中にいる感じといえば分かりやすいでしょうか。私たちが大切にしているのは、常に日常の感覚に非日常性を取り入れていくような作業です。それは大人にとっても心を揺さぶられる何かになるし、子どもにとってもすごく面白い遊びなんです。」




表現活動の大切さについて教えてください。

伸子さん
「人はダメージを受けると、孤独感を味わいます。その時にものすごく沈みきって病んでしまう人もいれば、なんらかの光を見出す人もいます。趣味でもいいと思うのですが、ピアノをひくとか、踊るとか、絵を描くとか、そういうものを持っている人というのは強いと思うんです。小学校に入ると、図工や音楽の時間は減ってしまいます。歌って踊って絵を描いて…と楽しいことがいっぱいできるのは保育園、幼稚園の時期しかありません。この時期に楽しいことの醍醐味を知った人は、将来決して死を選んだりしないし、辛いときには家族や友だちを励ます人になっていくだろうと思います。『生き魂』というか、最後の最後に強い人間になるために、表現活動が必要なのだと思います。  
よく『なぜ絵なの?』と聞かれますが、絵を描くということは人間特有のものです。言葉ってもどかしいし、頭も使うし、傷つけ合うこともあります。でも絵や音楽や踊りなど、言葉以外の何かでコミュニケーションをとるというのは、お互いのためにとても優しい。そのことを大人になって始めたのでは時間がかかります。5歳くらいまでに心の基本になるものを作ることができたらと思います。」

表現活動を行う子どもたちと接する中で、心に残っていることを教えてください。

伸子さん 「親御さんは忙しくて、彼らの創作活動を最初から最後まで見る機会はなかなか持つことができません。しかし、私たちは子どもたちが絵を描いているのを最初から最後までずっと見ることが仕事です。それはまるで映画を観ているような感覚であり、面白い体験です。一枚の真っ白な紙に映画がどんどん展開していくような感じといえば伝わるでしょうか。時にはそれが最後に真っ黒な絵になることもあります。真っ黒な絵というと、あまりいいものではないと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、子どもたちの中では『停電になりました』『みんなで電気を消して寝ました』というストーリーがあるわけです。そういう時間の流れが一枚の絵に表れるのを見ることができるのは素晴らしい体験です。  
また、まだ言葉のコミュニケーションができない小さな子同士でも、人がやっているのを見ていると、自分もやりたくなる。そしてやってみる。一人だったらできなかったものが、お互いに影響しあうことで次のステップに上がることができる。そういう場面を見ることができるのは、貴重な体験だと思います。」

加奈子さん 「うちでは、赤ちゃんは感覚遊びが多く、布団圧縮袋に水を入れて、その上にのって遊んだりするのですが、その隣で筆を持って絵を描いている子がいるとすると、それが気になって、赤ちゃんも絵を描き始めます。教室に仕切りがないために、そういった自然な流れができます。教え込むという感じではなく、『何歳児だからこれをしようという壁もつくっていません。」

そういった教育方針は園の設立当初からあったのですか?

加奈子さん 「三京えのき保育園を設立したのは今から21年前のことです。創立者は私たちの父であり、現在の理事長です。父は小学校の教員であり、画家でした。」

伸子さん 「父は小学校で図画や工作を教える中で、小学校に入る前の子どもたちに関心を持ち始めたようです。短大でも教鞭をとっていましたが、小学校入学前の子どもたちには、とても重要なことが隠れていると思っていたようで、そのことを研究したいという気持ちもあり、保育園を設立しました。また、父は10歳の頃に被ばくしています。教師であり、画家であり、被爆者である。この三つが教育方針の基本となっています。」

加奈子さん 「こういった信念もあり、本園では平和教育も行っています。被爆体験者のお話を聞いたり、原爆資料館へ行ったり、様々な活動を子どもたちや育友会と共に行っています。最近では『孫のために一肌脱ごう』と園児のお祖父様がお話をしてくださることもあります。毎年夏には『平和・夏のゆうべ』を行っているのですが、今年は育友会による出店によって得た売上金を東北に寄付するなどの活動も行いました。  
『平和』って文字にすると、かたいイメージがありますが、そういう活動の中で身近な方のお話を聞いたりすると、自然と自分たちの生活と関わりがあることであり、なにより自分が世界中と関わっているということが分かります。平和、平和と意気込むのではなく、そういう風に持っていけたらと考えています。」


子どもたちから学ぶことも多いようですね?

伸子さん 「それはもう、子どもは大人の先を行ってますよね。先を読みながら、彼らは生きていると感じます。私たち大人はかなり鈍感です。大人が努力しないとできないようなことを子どもたちは当たり前のようにやってのけます。彼らは小さければ小さいほど、嫌いなお友だちっていないんですよ。大人だったら誰でも信用したいと思っているし、お友だちには分け与えたいと思っているし、ケンカをしても翌日にはケロッとしているし、そういう意味では心が広いですね(笑)。」


今後の夢や目標を教えてください。

伸子さん 「私の今の使命は、子どもたちの味方であり続けるということ。そして(子どもたちの作品を示しながら)ここにはすごく深いものがあります。子どもたちの頭の中には、人類の歴史がぜんぶ詰まっているカプセルみたいなものが内蔵されていて、それが絵になって表れるわけですが、それを大人に見せることによって、大人が持っているカプセルも開く…というような作業をしていきたいと考えています。」

加奈子さん 「夢というよりも、5つの理念をまだまだ全うできていないので、これを極めていきたいですね。表現活動や平和教育もそうですが、長崎だからこそ、三京えのき保育園だからこそできることを外に発信したいという気持ちでいます。また、理事長の目標の一つである『ハンディのある子も、外国の子も、どの子もどの子も一緒に!』ということも大切にしていきたいと考えています。」


(最後に)
三京えのき保育園では、子どもたちを褒める際「上手に描けたね」ではなく、「君の絵はここが素敵だよ」「ここは工夫しているね」「ここはわざと筆を変えて描いたんだね」と具体的に言葉にするという。そうして「見ててくれたんだね」と喜ぶ子どもたちの笑顔を見て、先生もまた喜びを感じるのだという。お二人のお話を聞いて「こんな保育園に通いたかった!」と、心から思った。いや、今からでも遅くはない。大きなことはできなくても、日常の中で表現することの楽しさを見つけられたら…。子どもたちに学ぶことは実に多そうだ。


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