つつましく暮らす、ワケあり親子のもとに
いきなり帰ってきた、その家の女房。
これからいったいどうなるのか!
作者は、本当に、なにも考えていません!


父親 ななな……なんしげ、帰ってきとや!
女性 なんしげて。ここは、うちんがたやもん。
   おうちはうちん夫で、こん子はうちん息子。
息子 か……母ちゃん?
父親 なん勝手かことば、言いよっとや。
   10年前に、フラーっておらんごとなってから
   手紙いっちょよこさんで、へもふっかけんで。

《訳》
父親 ななな……なんのために、帰ってきたんだ!
女性 なんのためにって。ここは、わたしの家だもの。
   あなたはわたしの夫で、この子はわたしの息子。
息子 か……母ちゃん?
父親 なに勝手なことを、言ってるんだ。
   10年前に、フラリといなくなったきり
   手紙ひとつよこさずに、音信不通だったじゃないか。



女性 おうちになじられたっちゃ、しょんなかばってん。
   ばってん、うちにもうちの事情のあっとたい。
   聞いてくれんですか。
父親 だいが、わいの話んごたっと、聞くてや!
息子 (泣きながら)父ちゃん。母ちゃんの話ば聞こうで。
   きっと、ぼっくい、ふかーーか事情の、あっとばいぃ。

《訳》
女性 あなたになじられても、仕方がないけど。
   でも、わたしにだってわたしの事情があるの。
   聞いてくださいな。
父親 だれが、おまえの話など、聞くものか!
息子 (泣きながら)父ちゃん。母ちゃんの話を聞こうよ。
   きっと、ものすごく、ふかーーい事情が、あるんだよぉ。



父親 よし、息子ん顔ばたてて
   いちおう、わいん事情とやらば、聞いてやろうたい。
女性 ありがと。そしたらねえ、まず
   おうちとうちの、出会(お)うたときのことば、思い出してほしかっさ。
父親 なして、そがん昔まで、さかのぼらんばいけんとや。
息子 (泣きながら)父ちゃん。思い出してみてくれんへぇ。

訳》
父親 よし、息子の顔をたてて
   いちおう、お前の事情とやらを、聞いてやろうじゃないか。
女性 ありがと。そうねえ、まず
   あなたとわたしが、出会ったときのことを、思い出してほしいの。
父親 なんで、そんな昔まで、さかのぼらなくてはならないんだ。
息子 (泣きながら)父ちゃん。思い出してみてくれよぉ。



(回想。20年ほど前の、雪のふる夜。
 煙突に、若(わっ)かサンタクロースのはまって抜けんごとなっとる)

サンタ 助けて。誰(だい)か、助けてくれ……。
    助けてく……はっ、誰(だい)や?

(屋根から屋根へと、軽快に跳びうつる、みじょかおなご。
 なんか髪ば、風になびかせよる。……回想おわり)

女性 そいが、おうちとうちの出会いやったもんね……。

訳》
(回想。20年ほど前の、雪のふる夜。
煙突に、若いサンタクロースがはまり、抜けなくなっている)

サンタ 助けて。誰か、助けてくれ……。
    助けてく……はっ、誰だ?

(屋根から屋根へと、軽快に跳びうつる美しい女性。
 長い髪を、風になびかせている。……回想おわり)

女性 それが、あなたとわたしの出会いだったのよね……。



<ワンポイント>

【なんしげ】
なんのために。
例/「なんしげ、おいたちゃ生きるとやろうか」
 (「なんのために、おれたちは生きるのだろうか」)

【○○んがた】
○○の家。
「わいんがた」は「おまえの家」。「そいんがた」は「その人の家」。

【いっちょ】
ひとつ。「ひとつふたつみっつ」は「いっちょにちょさんちょ」。

【へもふっかけんで】
長いあいだ、音信不通だった人に対する悪態。

【みじょか】
美しい。かわいい。


次回へつづく…

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