（稲佐山展望台。いそがしく立ち働くスタッフたち）
監督 よーやっと『八月のソナタ』のクライマックスばい。
離ればなれになっとった、ヒロインとそん恋人が
オランダ坂で再会ばして、ここ稲佐山で
おたがいの気持ちば確かめあう、重要なシーン…。
故郷の長崎で、こんシーンば迎えられたとば
おいは…おいは、誇りに思う！
スタッフ全員 うーす！
《訳》
監督 ようやく『八月のソナタ』のクライマックスだ。
離ればなれになっていた、ヒロインとその恋人が
オランダ坂で再会し、ここ稲佐山で
おたがいの気持ちを確かめあう、重要なシーン…。
故郷の長崎で、このシーンを迎えられたことを
わたしは…わたしは、誇りに思う！
スタッフ全員 うーす！
監督 はりきってい…！（機材につまづく）アタッ！
誰（だい）や、こがんところにこがんもんば置いたとは！
うっ壊れたらどげんすっとか。はよう、なおさんか！
スタッフＡ は？ なおす？ こ…壊れちゃったんですか？
監督 誰が壊れたて言うた。なおさんかて！
スタッフＢ Ａさん…Ａさん。「片づける」っすよ。
スタッフＡ え、片づける？ は、はい！ わかりました！
（あわてて片づける）
それにしても、たまらないなあ…。
長崎に帰ったとたん、監督、長崎弁に戻っちゃって
なに言ってるんだか、全然わかんないよ…。
《訳》
監督 はりきってい…！（機材につまづく）アタッ！
誰だ、こんなところにこんなものを置いたのは！
壊れたらどうするんだ。はやく片づけろ！
スタッフＡ は？ こ…壊れてしもうたとですか？
監督 誰が壊れたと言った。片づけろって！
スタッフＢ Ａさん…Ａさん。「なおす」ですばい。
スタッフＡ え、なおす？ は、はい！ わかりました！
（あわててなおす）
そいにしたっちゃ、のさんばい…。
長崎に帰ったとたん、監督、標準語になってしもうて
なんば言いよっとか、いっちょんわからん…。
（空を見上げながら、感慨にふける監督）
監督 そいにしても、待ちなんかった…。
こげんして、故郷にニシキば飾らっるとは
おいは…おいは、ぼっくい幸せもんたい…。
よーし、片づいたごたっな。
そしたら、だまんきいくぞ！ だまんき！
スタッフＡ は？ だまんき？
スタッフＢ Ａさん…Ａさん。たぶん「リハーサル」のことっすよ。
スタッフＡ え、リハーサル？ は、はい！ わかりました！
（スタッフＣ、どまぐれて駆けこんでくる）
スタッフＣ たた、たいへんです！
ヒロイン役とその恋人役の役者さんが、控え室にいませーん！
全員 なんだってー！？
（全員、たまがったまま、次回へつづく）
《訳》
監督 それにしても、待ち遠しかった…。
こんなふうに、故郷にニシキを飾れるなんて
わたしは…わたしは、ものすごく幸せものだ…。
よーし、片づいたみたいだな。
それでは、リハーサルいくぞ！ リハーサル！
スタッフＡ は？ リハーサル？
スタッフＢ Ａさん…Ａさん。「だまんき」のことですばい。
スタッフＡ え、だまんき？
は、はい！ わかりました！
（スタッフＣ、パニックになって駆けこんでくる）
スタッフＣ たた、たいへんかです！
ヒロイン役とそん恋人役の役者さんの、控え室におらんとでーす！
全員 なんだってー！？
（全員、唖然としたまま、次回へつづく）
< ワンポイント>
【オランダ坂〜稲佐山】
長崎にかぎらず、地方を舞台にしたドラマや映画は
多くの人に知られた観光地を、ロケで使うことが多いため
地元の者にしてみれば「どうしていちいちそんなところで」
という、わざとらしいシチュエーションになったりする。
刑事がグラバー園で、聞きこみをしたりとか…。
【八月のソナタ】
ちなみに『八月の狂詩曲（ラプソディ）』は、1991年製作の
村田喜代子の「鍋の中」を原作に、黒澤明が監督した反核映画。
アメリカ青年クラークを、リチャード・ギアが好演。
【なおす】
しまう。片づける。部屋をちらかしたままにしておいたら
親から「はよーなおさんへ！」と言って叱られる。
【待ちなんか】
「待ち遠しい」という、わくわくした気分の場合と
「待ち時間が長くてのうんざり」の場合の、ふたつを使いわけする。
【だまんき】
ジャンケンやゲーム、試合などで、本気をかけてやらないこと。練習。
例／「ジャーンケンポイ！ やったぁ勝ったー！」
「ああ、待って待って。今んとは、だまんき！」
（「ジャーンケンポイ！ やったぁ勝ったー！」
「ああ、待って待って。今のは、練習！」）
【どまぐれる】
慌てる、パニックになる、おろおろする、などをあらわす
「まぐれる」を、強調した表現。
次回へつづく… |
