(夜明け前の海岸。岩場に波が打ちよせている)
妻 やっとあんたと2人きりになられて、ぼっくい嬉しか…。
夫 ……ああ
妻 いつでんかつでん、お義母さんがやかましかけん
うちはいっちょん、気ーの安まらんやったとばい。
夫 ……ああ
妻 ばってん、我慢した甲斐のあったたいね。
こがんして、あんたと2人きりで初日の出ば見らるっし。
《訳》
妻 やっとあなたと2人きりになれて、とっても嬉しい…。
夫 ……ああ
妻 いつでもどこでも、お義母さんがうるさいから
わたしは全然、気が安まらなかったのよ。
夫 ……ああ
妻 でも、我慢した甲斐があったわね。
こうして、あなたと2人きりで初日の出を見られるし。
(ただならぬ気配を感じてふり向く2人
船虫の大群が、2人を目指して集まってきている)
妻 なんで…あまめが…!?
夫 お…お母さん…!
妻 ねえ、な…なんか言いよるごと…聞こえん?
船虫(ザワザワ…かっちぇて…うちもかっちぇて……)
妻 きゃああぁぁぁ…!!!
《訳》
妻 どうして…船虫が…!?
夫 お…お母さん…!
妻 ねえ、な…なにか言ってるように…聞こえない?
船虫(ザワザワ…仲間に入れて…わたしも仲間に入れて……)
妻 きゃああぁぁぁ…!!!
(夫婦の寝室)
夫 おいっ、どげんしたとや!
うなされとったぞ。汗じゅっくいやっか。
妻 ああ、あなた…。ぼっくいこわか夢ば見たと…。
あまめの大群に襲われて、そ…そん1匹1匹が
みんな、お…お義母さんの顔ば…しとって…。
(夫、うつむいて…)
夫 そりゃおっとろーし。そいで、そん…顔は…
妻 ……?
夫 こげん顔ばしとったかぁ〜〜〜!!!
妻 うわぁっぎゃああぁぁぁ…!?!
《訳》
夫 おいっ、どうしたんだ!
うなされていたぞ。汗びっしょりじゃないか。
妻 ああ、あなた…。とてもこわい夢を見たわ…。
船虫の大群に襲われて、そ…その1匹1匹が
みんな、お…お義母さんの顔を…していて…。
(夫、うつむいて…)
夫 それはこわいな。それで、その…顔は…
妻 ……?
夫 こんな顔をしていたかぁ〜〜〜!!!
妻 うわぁっぎゃああぁぁぁ…!?!
<ワンポイント>
【いつでんかつでん】
いつでもどういう状況でも、の意味。
【あまめ】
ゴキブリや船虫など、黒くて楕円形で
平べったくてコソコソ動く虫を指して、こう呼ぶ。
船虫の場合は「うみあまめ」と表現することもある。
【かっちぇる】
仲間に入れる。
例/「おいもかっちぇて〜」「かっちぇーん」
(「俺も仲間に入れて〜」「入れてあげなーい」)
【おっとろ−し】
恐ろしい、驚いた、という意味の感嘆符。
当事者ではなく、見たり聞いたりという第三者として
物事に接した場合に、発せられることが多い。
例/「あそこんお姑さんは鬼んごたっげな」「おっとろーし」
(「あそこのお姑さんは鬼のようですって」「まあこわい」)
次回へつづく…
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