町にあふれる音には、この町の歴史や、今に息づく祭り、人々の暮らしぶりなどの魅力がつまっている。初めて長崎を訪れた人は、さぞかし小さい町だと思うことだろう。駅前大通りでさえ、片側4車線が最大。その上、坂の町を縦横無尽に走り回るバスや、車道の中心を走る路面電車で道はうめ尽くされている。長崎駅前周辺に降り立った観光客が最初に感じる印象通り、確かに長崎は小さな町だ。だが、小さい=凝縮しているともいえる。今回は、目で見る小ささの中に潜む長崎の豊かな資源、大きな宝物を、音を頼りに巡ってみたい。


ズバリ!今回のテーマは
「長崎の“音”巡り」なのだ



まちなかの日常 市街地に響く音

山に囲まれた町の、ホンのわずかな平地の部分に広がる市街地。この中心部分をほぼ行き届くように走るのが、大正4年に開通(築町〜大学病院下間の区間)し、市民の足と呼ばれる路面電車だ。ちなみに、他都市と違って長崎で“電車”といえば、JRではなく路面電車のことなので、お間違いないように! 創業当時からどこまで乗っても100円という手軽さで親しまれてきた電車だが、時勢の荒波には打ち勝てず、昨年10月から大人120円へと値上げされた。しかし、長崎では何より時間に正確な乗り物であることに変わりはなく、今も大切な市民の足である。

さて、耳を澄ましてみよう。ガタゴト走る電車の音、そして時に轟く大音量で鳴らされるクラクション! よく長崎で運転できれば、おおよそ他の町でも問題ないといわれるが、狭い坂道を大型バスと離合する技術と、まちなかを頻繁に往来する路面電車の線路を横切るタイミングは、確かにかなりの技と度胸が必要だろう。クレームを意味するクラクションは、この町では少ない。大音量のクラクションは、対車、対歩行者に向けた「合図のためのクラクション」が大半だ。「先に行って下さーい」「電車が来てますよ〜」。意識して聞いていると、そんな挨拶代わりのクラクションが交わされていることに気付かされる。
観光地に出向くと、出会える音というのもある。さすがに冬場は閑散期だろうが、小春日和の週末などは、冬場でも健在だ。チリンチリン。風鈴ではなく、その名も「チリンチリンアイス」と呼ばれる屋台のアイス屋さんが移動する際に鳴らす音である。
龍馬ブームで賑わう丸山辺りへと足を伸ばしてみると、長崎芸者の置屋である長崎検番から聞こえてくるのは、「三味線」の音。龍馬も楽しんだだろう長崎芸者の舞も、一度は目にして欲しい長崎風情。閑静な丸山界隈をさるく際は、ぜひ耳を澄ましてみよう。


 

まちなかの日常 坂の町に響く音

市街地のすぐ側には港があり、離島へ向かうフェリーや貨物船が一日中往来している。朝8時5分頃。長崎港ターミナルを出港する五島行きのフェリーの「汽笛」が鳴り響く。
港周辺ではなく、数キロ程度離れた自宅に居ながらにして聞こえてくる汽笛。港町長崎であることを実感する瞬間だ。これはまさしく、すり鉢状の地形の成せる技、環境の賜物だ。船舶の汽笛は、正確には「船舶信号」と呼び、操船の合図に用いるもの。大きな船ほど低周波数の低い音というように、汽笛によって他船の排気量を知る。そして、短音、長音、それぞれの回数に意味があるのだそうだ。よくよく耳を澄ましてみよう。船がどんな合図を送り合っているのか。



汽笛と同様に、遠くに居ながらにして聞こえてくるのは、「教会の鐘」の音。港から程近い南山手の丘に建つ国宝・大浦天主堂から聞こえてくるのは、建立以来ずっと鳴らし続けられている「お告げの鐘」。正午と午後6時に美しい鐘が辺り一帯に鳴り響く。また、夕刻は、すぐ側の寺院、妙行寺の鐘の音と交じり合い、音によって長崎の異国情緒を感じることができ、特におすすめだ。



♪ 大浦天主堂と妙行寺の鐘
(mp3形式 2.04MB)

また、早朝五時半、浦上地区一帯に鳴り響くのは、浦上教会のアンジェラスの鐘の音。大正14年(1925)に完成した旧浦上天主堂は、東洋一のレンガ造りのロマネスク様式大聖堂で、五島の教会堂を多く手掛けた鉄川与助によって建造された正面双塔にフランス製のアンジェラスの鐘が備えられた素晴らしいものだった。しかし、昭和20年(1945)、原爆で建物は破壊。現在の建物は昭和34年(1959)に鉄筋コンクリートで再建されたもので、昭和55年(1980)、レンガタイルで改装、往時の姿に復元された。原爆の爆風に耐えた右側の鐘楼につるされたアンジェラスの鐘の音は、午前5時半、正午、午後6時の一日3回、平和への祈りに満ちた美しい音を聞かせてくれる。

♪ 浦上のアンジェラスの鐘
(mp3形式 1.72MB)

〈1/2頁〉
【次の頁へ】


【もどる】