ド・ロ神父が導いた絆
ヴォスロール村(フランス共和国)
長崎とフランスとの繋がりといえば、かつて「フランス寺」と呼ばれ親しまれた大浦天主堂の建立者であるパリ外国宣教会・プチジャン、フューレ両神父のように、長崎の街に訪れた多くの宣教師達のことが思い浮かぶ。平成17年に長崎市に編入した旧外海町にも、偉大な宣教師がいた。
マルコ・マリ・ド・ロ神父。1879年(明治12)出津教会主任司祭に赴任し、キリシタン弾圧に苦しんだ町民達の貧しい暮らしに、一筋の、しかし確実な光をもたらした偉大な人物だ。
姉妹都市、ヴォスロール村は、この偉大なド・ロ神父の故郷。外海地区の人々を救済するため、私財を投げ打って社会福祉事業に貢献したド・ロ神父の研究家、長崎純心大学教授だった故・片岡弥吉氏のヴォスロール村訪問をきっかけに、旧外海町の方から提携の申込みを打診。ド・ロ神父の人類愛の精神を引き継ぎ、国際平和の促進に役立てようと提携が実現した。昭和53年5月28日のことだ。その後、平成17年1月4日、旧外海町の長崎市編入に伴い長崎市に継承された。
ド・ロ神父
※2005.1月 ナガジン!特集「爽快ドライブ2〜祝!長崎市〜夕陽が美しい隠れキリシタンの里・外海」参照
※2007.3月 ナガジン!特集「モニュメントで巡る長崎 後編 信仰と平和の歴史編」参照
ヴォスロールという村
のどかな田園地帯が広がるヴォスロールの町は、フランスの首都、パリから西へ250km、フランス北西部のノルマンディー地方中部海岸部にあるカルバドス県に位置する。面積は7.6k�屐⊃邑�も約350人程度の小さな町だ。「カルバドス」と聞いて、お酒好きが真っ先に思い浮かべるのが、りんごの蒸留酒「カルバドス」。りんごを発酵させて造る「シードル」同様、りんごの産地であるノルマンディー地方の名物「カルバドス」には、土地の名前が名付けられていたのだった。ヴォスロール村は比較的穏やかな気候で、土地が肥え、ゆるやかな起伏の平野には「ボカージュ」と呼ばれる生け垣で囲まれた牧草地が広がっている。酪農も盛んで、飼育された乳牛の新鮮な牛乳から作られるバターやカマンベールなどのチーズも有名だ。草原に牛が佇むのどかな田園風景。その中に民家が点在し、ところどころに中世の古い建物や教会が残っている。これが、長く変わらないヴォスロール村の風景だ。その中には、貴族の出身であったド・ロ神父の生家も現存している。
外海町とヴォスロール村との出会い
昭和53年(1978)5月28日、外海町から平野町長(当時)を団長とする30名の姉妹都市提携調印使節団がヴォスロール村を訪れ、友好親善と世界平和のため、相互に協力することを固く誓い姉妹都市提携を結んだ。外海地区で、長い間地元の住民に「ド・ロ様」と呼ばれ敬愛されてきたド・ロ神父の名を知らない人はないに等しい。しかし、それまで、ド・ロ神父の生誕地・ヴォスロール村では彼のことを知る人はいなかったのだという。姉妹都市提携調印式の挨拶で、当時のヴォスロール村のサラン村長は、インドの詩人タゴールの詩を引用した。
私の知らなかった友をあなたは私に教えてくれた
私の家庭に私の知らなかった人を座らせてくれた
遠くにいた人を私のそばに連れて来てくれた
知らなかった人を兄弟にしてくれた
ここで「あなた」というのは、もちろんド・ロ神父のこと。外海、ヴォスロール、互いの出会い、交流の原点はこの言葉に集約されているようだ。昨年、旧外海町とヴォスロール村との姉妹都市提携から30周年を迎えた。今から約130年前に外海の地に訪れたド・ロ神父が身をもって教えてくれた尊い人類愛の精神が、30年間の姉妹都市関係における心の交流の原点となっている。
人と人とをつなぐ交流の変遷
調印式の翌年の1979年、民官協力のもと、外海・ヴォスロール姉妹都市委員会が発足し、この会を中心に互いの町を行き来する交流がはじまった。ド・ロ神父が結んだ縁ではじまった旧外海町とヴォスロール村との友好関係は、長崎市とヴォスロール村との友好関係に広がりを見せ、昨年、姉妹都市提携30周年を記念し、田上市長を団長とした訪問団がヴォスロール村を訪れ、互いの絆を深める交流の時間を共有した。調印式にも同行した委員会事務局長を務める日宇英之さん、同じく委員会の書記を務める奥様のスギノさんに、交流のあゆみをうかがった。
日宇さん「ド・ロ神父の縁に始まった関係をきっかけに、姉妹都市委員会として何度か行き来している内に、心と心の交流が生まれてきました。昨年ヴォスロール村を訪れた人の中には、すでに次の訪問に備えて積み立てをしている人もいますよ。」
スギノさん「交流を重ねているうちに、文通をしたり結婚式に招かれたりするなど、自然とお互いを行き来する個人的な友人という関係になってきました。誕生日にハガキが届いたりして…とても素敵な友人達がいっぱいで、その繋がりにはますます広がりが出てきています。」
ド・ロ神父の生家前にて
日宇さん「ノルマンディー地方といえば第二次世界大戦時の連合軍上陸作戦の地。県庁所在地のカーンには「平和博物館」があります。平和都市・長崎としては、今後、戦争と平和を考える交流も広げていけるんじゃないでしょうか。」
スギノさん「時代に合わせて、その時その時の交流ができると思います。私達もヴォスロールを訪れるのは、大切な友人がいるから。若い人達にも、そんな関係が受け継がれていくことを願っていますし、すでに、繋がりつつあります。」
日宇さんご夫妻
ヴォスロールの友人達と。
姉妹都市提携30周年記念訪問
ヴォスロール村にて
互いの町のシンボルと友好の木「ゆうこう」
互いの町には目に見える交流の証も残っている。外海では「フランス語講座」(後にフランス語学校と改名)なるものが開設され、年に10回程度の講座で、多くの人達がヴォスロール村訪問に備えている。ド・ロ神父記念館を擁する出津文化村には、フランス公園と呼ばれる児童公園が整備され、「アミティエ(友情)の像」を建立した。外海エリアを貫く国道にはフランス国旗を擬したトリコロール色の3つの橋も架けられている。一方、ヴォスロール村には「そとめ広場」や「ド・ロ神父の散歩道」なるものが誕生した。平成18年には、ヴォスロール村からの訪問団が旧外海町の産物である柑橘木「ゆうこうの木」を植樹。それらは、外海の海を眺める段々畑で、今もすくすくと育っているという。ゆうこうは、今年、国際スローフード協会(本部・イタリア)が選考する「食の世界遺産」と呼ばれる「味の箱舟」に認定された。
日宇さん「親から離れ外海に来られたド・ロ神父は、当時腕をもぎ取られるような思いだったと思います。そして、この外海に大きな実りを与えてくれました。このゆうこうも実をつけて皆のためになる果実。ド・ロ神父の教えを感じます。」
長崎市とヴォスロール村をつなぐ絆は、ド・ロ神父の尊い人類愛の精神同様に、固く結ばれ、続く未来でも大きく実を結んでいくに違いない。
セントポール市、ヴォスロール村との姉妹都市提携のほかに、長崎市が姉妹都市、友好都市の関係を持つ都市は4つある。
■ミデルブルフ市(オランダ・ジーランド州)
昭和53年10月17日姉妹都市提携/12世紀に創立された古い都市で、市内随所に遺跡や教会などが散在する歴史と文化の街。
【長崎との関係】 17世紀 初めにアムステルダムなど5都市と共にオランダ東インド会社を設立した。当時は貿易港として栄え、出島へ向かった船もこの港から出帆した。
■サントス市(ブラジル連邦共和国・サンパウロ州)
昭和47年7月6日姉妹都市提携/南米最大の貿易港を誇る港湾都市。近年は年中海水浴が楽しめるリゾート地として人気。
【長崎との関係】 明治41年、日本から第一回の南米移住者781人が、ブラジル移民船「笠戸丸(カサドマル)」に乗りサントス市に上陸。そのなかに長崎出身者もいた。
■ポルト市(ポルトガル共和国・ポルト県)
昭和53年5月26日姉妹都市提携/ポルトガル北部、ドウロ川河口に開けた港湾都市。長崎と似た坂の多い石畳の街で、宮崎駿アニメの『魔女の宅急便』のモデルとなった。ポルト歴史地区は世界遺産に登録。
【長崎との関係】 16〜17世紀、長崎に入港したポルトガル船の母港。市民の憩いの場であるクリスタル宮廷園内に「長崎の被爆柿の木2世」が植樹された。
■福州市(中華人民共和国・福建省)
昭和55年10月20日友好都市提携/福建省の省都。2100年の歴史を誇る貿易の街として栄えた人口約680万の都市。
【長崎との関係】 長崎在住の華僑の方は、ほとんどが福州出身。長崎四福寺(崇福寺・興福寺・聖福寺・福済寺)の本山『万福寺』も、もとは福州市に所在していた。
※詳しくは
長崎市国際課
http://www.city.nagasaki.lg.jp/kokusai/
世界のどこかに日本人街があると親しみが湧く。ある国に親日家が多いと耳にすると嬉しくなる。それは決して特別なことではなく、親しい友人が海外に住んでいる、そんなことと同様のことなのかもしれない。手をのばせばすぐそこに、私達にも世界の誰かと友好の絆を築く機会があるのではないだろうか。
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