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令和4年度第3回 長崎市平和宣言文起草委員会

更新日:2023年5月15日 ページID:040426

長崎市の附属機関について(会議録のページ)

担当所属名

原爆被爆対策部 平和推進課

会議名

令和4年度第3回 長崎市平和宣言文起草委員会

日時

令和4年7月9日(土曜日) 10時00分~

場所

長崎原爆資料館地下1階 平和学習室

議題

令和4年長崎平和宣言について

審議結果

【委員長】
おはようございます。
ご挨拶の前に、昨日ですけども、あってはならない出来事がまた起きてしまいました。総理大臣経験者が凶弾に倒れるという、かつて長崎市で起きたことを想起させる出来事であったわけですけど、改めて暴力で何かを解決しようとする戦争の文化のではなくて、今回の平和宣言に通じることを、おそらく皆さんも共通に感じられたのではないかと思います。改めて、この場で安倍前総理のご冥福をお祈りしたいと思います。
今日は、第3回目の起草委員会ということになります。今日が今年の起草委員会としては最後になります。前回2回目に素案を提出させていただいて、そこにいただいたご意見を加味しながら、原案を作らせていただいています。
前回と今回の間に、核兵器禁止条約の締約国会議もありましたし、また少しずつ内容についても変化させる必要がある部分が出てきていますので、そういったところも加えた中での原案となっております。
今日は最後になりますけどもご意見をお聞かせいただいて、仕上げに向かって進んでいきたいと思います。非常に重要な会議になりますので、忌憚のないご意見を聴かせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
さて、ここから議事に入りますが、まず私の方から、今回提示させていただいている平和宣言文の文案を読み上げさせていただきます。 

(素案朗読) 

という内容になっています。既にご覧いただいていると思いますので、一人ずつご意見をいただきたいと思います。

【委員】
はい。今回の最終案ですが、ほとんど完成の域に達したのではないかなと思いました。今、委員長が読まれても、そういうふうに思いました。
四点ほど非常に細かい点だけです。私の思いを述べさせていただきます。2行目の15万人もの死傷者を出した原子爆弾の投下からの「出した」という表現が、私自身がちょっと引っかかるので、「もたらした」としていただければと思います。
それから32行目ですね。ウィーンの記述なのですが、ウィーン宣言と具体的な行動計画がというふうに書いてありますけれども、行動計画の中でも訴えたいのが核被害者支援でありましたので、「核被害者支援などの具体的な」と入れていただければと思います。
それから2ページ目でNPTのことですが、38行目に、その前の行から、「国際情勢が混乱する中で」というのがありますが、NPT体制そのものの信頼が大きく揺らいでいる原因は、やっぱり条約で決められたことが実行されないということですので、この「国際情勢が混乱する」というのは次のウクライナの戦争も入ってきますので、ここでは取っていいのではないかと思いました。
それから45行目の、非核三原則を持つ国として、核共有など核を使う方向ではなくというところですが、この核共有が核を使う方向かどうかは、そう簡単じゃないのではないかと思います。核を利用しているのは間違いないわけで、「核を利用する方向ではなくて」に変えた方がいいかなと思いました。
それから55行目の、「市民社会は、戦争の温床にも、平和の礎にもなり得る場所です」というのが、「場所」がちょっと引っかかりまして、「市民社会は、戦争の温床にも、平和の礎にもなり得るところです」とか、そういうふうな感じで、「場所」っていうのはそぐわないかなという感じがいたしました。
以上4点が、私の指摘させていただいた点です。以上でございます。 

【委員】
私も同感で、かなり前回までの色んなご意見を反映されていて完成に近いのではないかと思います。そのうえで、いくつか本当に細かいところですが。
私が感じたのは、ちょっと自信がないのですけど、20行目あたりの核システムのリスクについて書いてあるところの「機械的なエラー」が、何か話が小さく感じるなという印象があって、上手い表現があればなと思いました。
それから裏にいきますけれども、37行目の「条約で決めた」というところが、6条の軍縮交渉義務そのものと、再検討会議においてコンセンサスで合意採択された内容と、そこを上手く表現された方がいいかなと思いました。
次が39行目の、「この条約によって大きな責任」は、もちろん大きいのですが、それに加えて「特別な責任」があると思うのですね。この五か国については。そこも上手く表現できるといいかなと思いました。
それから、核共有と非核三原則の対比のところですが、さきほど指摘された、例えばですが、「核共有など核に依存する方向ではなく、北東アジア非核兵器地帯構想のように核に頼らない方向」とした方がしっくりくるかなと思いました。
もう1点は、これも委員がご指摘された55行目ですけれども、「戦争の温床と平和の礎」は唐突感があるかなと思って、これを無くす一案でしかありませんけれども、「市民社会が戦争を止められなかった歴史もあります」というふうに一文を入れると、物事の転換が頭に入りやすいかなと思います。
それと平和の文化、60行目ですね。このあたりの例示を、これから皆さんが適切な例示を挙げられると思うのですけれども、例えば、音楽や映画やとか、そういうふうな、これがいいというわけじゃないですけれどイメージが分かりやすいような例示を挙げた方が、平和の文化を受け止めやすいかなと思いました。以上でございます。ありがとうございます。 

【委員】
はい。私も、全体的に非常によくできていると思います。
それで、いくつかやはり少し細かいところについて、感想を言わせていただければ。
先ほどご指摘がありました、20行目の「機械的なエラー」という言葉自体が分かりにくいと思うので、「機械のトラブル」とか、そう言ってしまうとよくないかもしれませんが、何か別の表現が良いのではないかなと。人間が機械的にエラーするというのもあり得るのかなと思ったりもしました。少しここの表現が曖昧だと思いました。
それから、この間は空欄になっていた核兵器禁止条約のところで、特に核不拡散条約との関係が示されているというのは非常に大事なことだと思いました。そして35行目ですが、NPT再検討会議が8月1日とかに開かれると思うのですが、「今月」というよりもむしろ「今」というか、「まさに今」というか、現在進行中で今行われているというのをもう少し強調した方がいいのではないかというふうに思います。
あと平和の文化のところですけれども、55行目から60行目ですかね。戦争の文化と平和の文化は、先ほどの例示という言葉に関わると思いますが、何となくみんなが少しずつ分かってくるというか、そういうことがやはり大事なので、こういう説明が対比的にあった方がよいと思いました。
それから、58行目の「微力だけど無力じゃない」という高校生平和大使が見つけた言葉。これは自分の日々の実感でもあるので、これはぜひ入れていただいて、ありがたい言葉だと思います。
それから表現について、60行目の、でも委員長がお読みになった時は耳にスーッと入ったので、「新しい手法の“平和の文化”」でいいかもしれませんが、「新しい手法による」、書くならその方がいいかなと思いました。
19行目から22行目の文章は、読むと少し分かりにくいのですが、話されるとよく分かりましたので、つまり書き言葉とすると、「この出来事は」というのは次の2段目の主語でもあるので、「という現実を突き付けたのです」、というのが遠いかなと思いましたが、今お読みいただいたのを聞きながらよく分かりました。
もし変えるなら、「人類は常に直面しているのです」という感じの文章にすればいいのかなと思っていましたが、ただ、読まれるのを聞きながらよく分かったので、このままでもいいと思います。以上になります。 

【委員】
はい。今まで述べられた委員の方々と同感で、完成に近づいたような印象を持っているのですけれども、本当に文言のお話だけですね。
一つは39行目のところ、「ウクライナでの戦争をめぐる対立を会議の場に持ち込まず」というところは、そうかもしれないけど、ウクライナ侵攻が世界を揺るがしている現状を踏まえたうえでの会議になるはずなので、何かもうちょっと言い方がないかなと思って、じゃあどういうふうに変えた方がいいかというと思いつきません。ご検討いただければと思います。
51行目の、「メディアを通じてリアルに見ています」ですが、この「リアルに見ています」というのは、日本語としてはまだ定着していないのではないかなという気がします、少なくとも私たち世代には定着していない気がしますけれど。いわゆる「リアルタイム」っていう意味なのか、「現実を直視して」っていう言い方なのか、そこが今風な捉え方になってしまうので少しご検討ください。
あと、58行目の「高校生平和大使が見つけた言葉」という言い方がちょっと違うかなと。私もこの言葉が使われ始めた経緯は承知していなくて、ポスターやカレンダーでよく見るのですが、彼らから始まったというのは分かるのですが、「見つけた言葉」というのは変じゃないかなと思いました。以上です。 

【委員】
大変よくまとめられて、苦労されたことだろうと思っております。
私は2つだけくらいですね。20行目の「機械的なエラー」というのを日本語に直した方がいいのではないかと思いますよね。
それから53行目のですね、「戦争はダメだ」という、私たち被爆者が常に言っている再び被爆者をつくるなという言葉を一言入れてほしいなと思います。以上です。 

【委員】
毎回申し上げておりますように、私は12歳の時に被爆したわけですが、この問題は美辞麗句というか片言隻句をもって議論すべきテーマではございません。そういう意味では、私はもっと声を大にして反戦平和、非核という言葉をどう具体的に皆さんに訴えていくかというのを、もっといい方法がないのかなということを常に思うのですが、しかし、この文章を見ますと、もうこれ以上の言葉をもって訴えるというのは不可能だと思いますので、私はこれで結構じゃないかと思います。
ただ私は、反戦平和、反核云々という問題が、どうかすると本当のことよりも、他の意をかくした形で利用するという形のものがいるだけに、反戦平和という問題に核問題を利用することにつながるのが多いような気がしますので、それが大変残念だなと思います。
そういうことで、今後とも私はここに書いてある文章そのものは大変立派な文章だと思いますので、そういった意味で、今後ともこの運動はこういった文章に語られているような形で、皆さんが力を合わせて今後とも取り組んでいければ、大変ありがたいことだと思っております。
もう私も89歳になりました。かろうじて当時のことが鮮明に残っておりますけれども、年齢だけはそんな年になりましたので、この問題について皆さんがこのように熱心にいつまでも取り組んでいただいていることに本当に心から感謝するものでございます。今後ともよろしくお願いいたします。 

【委員】
たくさん盛り込まないといけない出来事がある中で、こういった限られた行数の中で、まとめられた事務局の方々を労いたいと思います。そのうえで、いくつか意見を述べさせていただきます。
2行目のですね、「15万人もの死傷者を出した原子爆弾の投下から11年後のことです」とあるのですけども、20年の12月までにこれくらいの死傷者が出たと記録になっていますけども、一方でやはりその45年がその後の被爆者の苦しみの出発点になっているということも入れたほうが良いと思いました。ここのところは、「15万人もの死傷者を出し、その後も被爆者を苦しめる原子爆弾」という表現にしてはどうかという提案です。
二つ目は、細かいことなのですけども、4行目「下半身不随となった」とあります。3行目「鉄骨の下敷きになって以来」で、「なって」「なった」とかぶるので、「鉄骨の下敷きになって以来、下半身不随の彼女」はどうかというふうに思いました。
戻るのですけど、3行目「16歳のときに被爆し、崩れ落ちた鉄骨の下敷きになって」と、なぜ鉄骨の下敷きになったのかと、簡単に説明をいれたらどうかと思いました。「16歳のときに動員先の工場で被爆し」か、もしくは、「16歳のときに工場で被爆し」にすれば鉄骨の下敷きになった理由が分かるのかなと思いました。
8行目「壇上に上がった渡辺さんは」となっています。壇上という言葉は、もう既に演台の上にいますので、「上がる」という部分がかぶるので、ここは「壇上の渡辺さん」とするか、「演台に上った渡辺さん」とするか、表現を変えたらどうかというふうに思います。
29行目「今年は、核兵器をなくすための2つの重要な会議が開かれる年です」となっています。これから開かれるともとれるので、すでに6月に締約国会議は開かれているわけですから、ここは「核兵器をなくすための2つの重要な会議の年です」にしてはどうでしょうか。
60行目「新しい手法での“平和の文化”」とつながるのですけども、新しい手法とはなんぞや、と単純に思ってしまいました。なにか言葉を補う必要はないでしょうか。
63~65行目にかけて、なんとなく流れにちょっと違和感がありました。例えば、「原子爆弾により亡くなられた方々に心から哀悼の意を表します」というのを、63行目の一番上に持ってきてはどうだろうかというふうにも考えました。
全体として時系列的に並べられて大変だったと思うのですけども、やはり今年の一番の出来事は1月から2月にかけての出来事だろうというふうに思いました。核保有国が、世界に共同声明を発信して、その舌の根も乾かないうちに、その中での一国であるロシアがウクライナに侵攻して、核兵器で脅すと、いうふうなことでした。
そこで思ったのは、15~25行目にかけてのところを、最初の言い出しにできないのかと思いました。例えば、15行目「核戦争に勝者はいない。決して戦ってはならないという共同声明を、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の核保有五か国が今年1月に世界に発信しました」という感じの言い出しではどうでしょうかというふうに思いました。
次に、15行目からのところを最初に持ってきて、1行目のところの渡辺千恵子さんのところに流れていく。という考え方はどうでしょうかというふうに思いました。3回目の場にこんな話をして申し訳ないのですけども、感じたことを申しあげました。以上です。

【委員】
今回の宣言文にもその成果が盛り込まれており、良かったなと思います。これは完成形だなと思っていますが、個人的な意見としていくつか述べさせていただきます。
一つ目ですが、何人かの委員さんがおっしゃっていた21行目「機械的なエラー」のところですけども、私は読んだときに、これ英語由来の言葉かなと思い、メカニカルエラーとヒューマンエラーという言葉が頭に浮かんだのですね。辞書で調べてみたら、メカニカルエラーは誤作動、それからヒューマンエラーは人為的エラーという訳語がなされていました。どっちもしっくりきました。それで、例えば、「機械の誤作動や操作ミス」、あるいは「機械的エラーや人為的エラー」というふうに変えると、すっきりするのかと思いました。
37行目「条約で決めたことが、実行されず、」ところなのですが、ここは後から「責任」という言葉が出てきますけども、その責任を明確にするために、主語とその内容を明記したほうがよいのかと思います。
例えば、核保有国はその特権的地位に安住して、核軍縮への努力を怠ってきました。そういう核保有国の責任をはっきりさせるというふうな文章にしたほうが、主語の責任の曖昧なところを、はっきりさせることができるのではないかと感じました。これと併せて、この段落を同じ趣旨ですけども、「核保有国の首長に訴えます」みたいな形で始めてはどうでしょうか。
42行目「日本政府」、50行目「世界の皆さん」へと展開していくのですけども、ここは呼びかける相手が明記されていないので、同じ趣旨で責任の所在をはっきりさせる意味でも、「核保有国の指導者」というところで始めたらどうでしょうか。
60行目「“平和の文化”の伝え方」のところですけども、例えば、「伝え方」を「創造」という言葉に変えて、作り出すものであるとダイナミズムを感じさせる表現にしたらどうでしょうか。
それから58行目でご指摘のあった、「微力だけど無力じゃない」というところですけど、実はこの言葉が生まれたときに子どもたちと身近に接していたものですからあれなのですけれども、やっぱりこの言葉の出所が分からないのですね。自分が言ったという人が2、3人いまして、ここのところは発祥がはっきりしないのですけれども、その辺をまたご勘案いただいて適当な表現にしていただければと思います。
それから最初に戻ります。私も共通するところがありますし、一応参考で述べさせていただきます。ここはやはり核の非人道性を強調したいところですので、死傷者の数を明示するというのが適切だというふうに感じました。
そのうえで、これも言葉の問題なのですが、被爆者という言葉を広辞苑で引いたら独立した項目としてはありませんでした。被爆という項目の派生語として被爆者があるという形ですね。
被爆というのは1.爆撃を受けること2.特に原水爆の被害を受けることというふうにありまして、その下に派生語の項目があったのですけれども、これを英語の辞書で引いたら犠牲者と生存者が分けて表現があるのですね。最初に出てきた15万人のうちの7万人以上が犠牲者で、それから渡辺千恵子さんは生存者ということになるわけです。
これを世界に発信する意味では、そういうことを前提にして、例えば15万人もの死傷者を7万人以上の犠牲者、渡辺千恵子さんが生存者と理解されることを前提に、大量殺戮を生き延びた渡辺千恵子さんというふうにしてはどうかと考えたのですけれども、これはあくまでも私の個人的な意見として受け止めていただいて結構です。以上です。 

【委員】
私もほとんどもう、言葉の使い方くらいしか意見はないのですけど、皆さんのお話をお聞きしながら、なるほどと思うところもありましたので、そこも含めてお話させていただきます。
まず12行目なのですけど、「『どんなことがあっても核兵器は使ってはならない』と全身全霊で警告する魂の叫びが」という言葉の後に、「決して戦ってはならない」と言ったけれども、結局ウクライナに侵攻したという話があって、「核兵器を使ってはいけない」という言葉だけでは結局止められないのだということがスマートに語られているので、「使ってはならない」というより本当は「存在してはならない」とか、それくらいの強さが必要なのかなと感じました。
それから26行目ですが、「核兵器をなくすことだけが、地球と人類の未来を守るための唯一の現実的な道だ」という「現実的な道」という言葉があるのですけども、どちらかというと、核抑止論を唱える人にとっては、こちらのほうが現実的だといわれることが多いので、あえて「現実的」という言葉を使われていると思いつつ、「現実的」というと少し小さく語られるという印象を受けましたので、「唯一の道」くらいでもいいのではないかと感じました。
それから2ページ目ですが、55行目で「市民社会は、戦争の温床にも、平和の礎にもなり得る場所です」という部分に関してですが、ちょっと受動的な印象がありましたので前の行の、「だからこそ私たち自らが戦争はダメだ!声を上げることが大事です」という言葉の後なので、「市民社会は、私たちの言葉や行動次第で、戦争の温床にも平和の礎にもなり得る」というふうに言ったほうが、意志が感じられるのではないかと感じました。
58行目の高校生平和大使の言葉ですけども、本当は60行目の「長崎は、若い世代と力を合わせて、新しい手法での“平和の文化”の伝え方に挑戦していきます」の後に「長崎の高校生平和大使が見つけた言葉」、ここの言葉の使い方のところは別ですけども、という流れの方が本来はいいのかなと感じたのですけど、あえて先に高校生平和大使の話を前に出すことで、それは長崎に限定する話ではないということで前に使われているのかなと思いましたが、流れとしては逆の方が自然なのかなと思いました。
最後の15行目が最初にあったほうがいいという案については、どちらもいいと思うのですけど。私も15行目の言葉はかなりインパクトがありますし、意外に知らない人も多いのではないかと思ったときに、より現実的な部分が突き付けられるような感じがして、インパクトとしては大きいものあるということを感想として伝えさせていただきます。以上です。 

【委員】
はい。拝見しまして、一言一句しっかりと委員の皆様の意見が盛り込まれていて、より洗練された文章になっていると感じました。たくさんの要素が入っているにも関わらず5分ほどにまとめられていて、前回の素案から完成に近づいている印象を受けました。
特に、50行から61行の部分なのですけれども、市民社会における部分というところに、戦争というのはいつも市民の人たちが日常の生活、そして命を奪われるといった事態になるのですけれども、その時にやっぱり現代を生きる市民が問われている、それをどんなふうに変えていったらいいのかという意気込みや、そういった意志というのを強く感じました。
特に60行目なのですけれども、長崎市が昨年から取り組まれている平和の新しい伝え方応援事業というものがあります。そこに、私も活動を通して団体も加わらせていただいているのですけれども、「新しい手法での“平和の文化”」というところ、例示するとしたら、その事業の中では写真ですとかアート、音楽、教育機関との連携をもって地域間の相互の交流っていうのがより進んでいて、その事業の中で特に興味をもつ若い人たちがどんどん関わりをみせているのが今の長崎の流れだなと思いますので、そういった例を中に入れてもいいのかなと感じます。
そして前後しますけど、58行目の「長崎の高校生平和大使の微力だけど無力じゃない」のところですが、これはとても大きなメッセージにもなりますし、福山雅治さんがピースブックリレーに賛同されてYouTubeでもそれが発信されていますけれども、「こういった微力だけど無力じゃない」という言葉ですとか、あと「長崎を最後の被爆地に」という言葉を通して、長崎に関心を持ってくださる方々がソーシャルメディアなどをとおして、8月9日という日に心を長崎に向けてくれるきっかけになるのではないかなと思いました。
さきほど委員からありました、15行目の今年1月という部分を最初に持ってくるというのは、世界へのメッセージから始まるのはいいのかなと私も感じます。
最後の部分なのですけれども、ウィーンの様々な報告をみて感じたのは、核被害者というのは、被爆者のほかに核実験で被害にあった方々など世界の様々な連携というのが大事だなと感じたので、例えば、今のところ広島、沖縄、そして福島と視野が日本になっているのですけれども、「平和を築く力になろうとする世界すべての人々との連携」というふうに「世界」という言葉を入れることで、最初にアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の話から始まって、長崎の普遍的なメッセージとして世界にまた訴えかけるというような構成もできるのかなと一意見として感じました。私からは以上です。

【委員】
文案を読ませていただいて、事務局が苦労されたのだろうと思うのですが、とても文章が締まっていて、平易で分かりやすい文章を作っていただいたと感じています。その中で、私がよかったと思う点と、ちょっと修正したほうがよいのではないかと思う点について、申し上げます。
特に、私が思ったのは、43行目「日本政府と国会議員に訴えます」のところです。今までは「平和の理念を持つ」という表現でしたので非常に分かりにくいというか、憲法に対して直接的に私たちが感じることがなかったのですが、今回はウクライナの問題もありまして、「『戦争をしない』と決意した憲法を持つ」という、明確にうたっていただいたことは、日頃関心のない人たちが私たちの国には、こういう憲法があるのだということと、戦争にならないために、自分たちがやるべきことがあるのだということを気づくという意味での、とても強い表現にしていただいたことに感謝したいと思います。
こういう憲法問題だと、右、左の議論があるのですが、やっぱり人間は誰しも戦争を好む人はいないと思いますし、このことは常にはっきり伝え続けていく必要があるのではないかと思います。
いろいろなことを他の委員のみなさんがすでにおっしゃいまして、なるほどと思ったのですが、私がひとつ感じましたのでは、29行目からのところで、今回特に、核兵器禁止条約の締約国会議に日本政府が参加しなかったことに対しては、国内よりはむしろ国外において驚きを持ってみられていたと思います。
このことにまったく触れなくてよいのか、やっぱり、「日本政府が参加しなかったことに国民として残念というか怒りを感じる」という文言を、この部分で入れるのが適切かどうか分かりませんが、そういう反応がどこかで入れられないかと思っています。私は専門的な部分は分かりませんが、自分の感想として、そのように感じたということです。
それから、さきほど委員もおっしゃいましたが、やっぱりこれだけ各国のリーダーにこれまで核廃絶を訴えてきて何も変わってきていない、むしろ悪い方に向かったときに、それを変えるのは私たち地球市民の力だと改めて今回立証されたのではないかと思います。
ですからこの50行目からの中に、「市民社会が変化しないと、こういう世の中は変えられない、だから私たち一人ひとりが行動することが、大事なのだ」ということを少し強く訴えていけないかと思っていました。
これまで変わってきたことは、やっぱり、国民がいろいろと意見を出した国が、変わってきているように思いますし、私たちは特に被爆国の国民としての責任もあると思いますので、そういうことを、もう少しこの中に、国民自身が変えることが大事であることを再確認できるような文言が少し入れられればと思っています。
それから60行目の「新しい手法での“平和の文化”の伝え方」というところですが、私もどのように捉えればよいのかというふうに思いました。特に、長崎は発信するところですから、なにか具体的にこういうふうに、やっていますとか、これからこういうふうに進んできますから共に頑張りましょうということでないと。関わっている人はイメージがわくと思いますが、そうでない人には平和の文化ですら、これを読んでそうかと思ったところに、それを新しい手法で伝えていくことに非常に難しい定義だと思いますので、できたらここに何か、少し具体的に入れて、一緒に挑戦していきましょう、というような全体的な訴えにしていったらどうかと思いました。
それから58行目の「微力だけど無力じゃない」のところですが、これたくさん使われていると思うのですが、これを入れるところを、もう少し後に持ってきたらというご意見もありましたけど、少し工夫していく必要があるのかなと感じました。
最後に、長崎新聞のオピニオンのコーナーの記事を紹介します。障害者の方で、先日のウィーンに行かれた方の近くにお住まいの方の投稿の中で、「私は障害があって積極的な行動ができないけれども、こういう人に対して、誰かが具体的な方向を示してくださいませんか。そうすれば、核兵器禁止に向けた活動が広島、長崎の一部の活動家だけでなく、全国的に裾野が広がっていくのではと思います」とありました。
確かに今の平和活動というのは、そこに参加して平和活動するというのは、みなさんこれやりましょうということが多いと思うのですが、逆にこちらからそういう方たちに何か届けていくというようなことも、これからの平和活動の中に、必要なのかなと思います。たぶん、戦争が起きたときに一番弱者といわれる立場の方々の不安というのがこの中にあるのかなと思いました。蛇足になりましたが、これから考えるヒントになるのではないかと思いました。以上です。 

【委員】
さきほど原爆資料館の玄関から入るときに、蝉がものすごく鳴いていました。あー、あの日も蝉が鳴いていたなと、思いながら入ってきました。被爆者の平均年齢は84才を超えましたが、私もその年齢になりました。それで毎回ずっと読ませてもらったり、皆さんのご意見を聞かせてもらったりする中で、私は今年初めて参加をして、皆さんでこのようにして、文案を作っているのだと感じました。初めて参加させていただいての感想です。
いくつか私からもあります。1行目からのところで、書かれていないのですが、一番いいたいことは、「学徒動員だった」ということです。城山小学校で亡くなった嘉代子さんにしても、渡辺千恵子さんにしても、「学徒動員であった」ということです。医大の学生さんもたくさん亡くなりましたよね。それから、新聞を配っていた小学校高学年、高等科の子どもたちは大人が始めた戦争で、なんで亡くならなければならなかったのかという気持ちがずっとあります。だから、普通の戦争ではなくて、学徒動員先でそういう目にあったのだという気持ちが今でもあります。
それから長崎市内の小中学校・高校の児童・生徒が平和宣言文を集会で聞きます。だから、小学生の立場に考えた場合、フレーズが長くなると子どもには分かりにくいと思います。だから説明文というよりも、あとは委員長の表現力だろうと思います。やはり、フレーズは短く。
そして、さきほど委員がおっしゃいましたが、58行目の「高校生平和大使たちが見つけた言葉『微力だけど無力じゃない』」とありますが、たしかにそうですが、これは「見つけた言葉」というのが適切かどうなのかという気持ちがあります。高校生平和大使の活動が始まったときに、正直な話、高校生に何ができるのだろうという意見がたくさんありました。校内で活動するのはよくないという意見もありました。その中で高校生が一生懸命頑張って、今では平和大使として、招待されていますけど、「見つけた言葉」でよいのかなと思います。「微力だけど無力じゃない」という言葉は必要と思いますが、「見つけた言葉」が適切なのかなという気持ちがあります。
それから、とにかく、苦しむのは子どもだし、学生だし、市民ですので、そういうことを言っていただきたいと思います。
それから、42行目「日本政府と国会議員に訴えます」のところですが、ここは委員長が力を込めて呼びかけてほしいと思います。オブザーバーとしても参加しなかった日本政府に呼びかけてほしいと思います。以上です。 

【委員】
今回の3回目の素案を読ませていただいて、きれいに流れができているなと感じました。私も細かい所の言葉が気になったところがあるので、そこをご指摘させていただきたいと思います。これは言葉ではないのですが、宣言文の最初の部分というのは、聞いていただくための導入部分でとても大事だと思います。インパクトがあったらいいなと毎回思っているのですが、流れ的にはうまくいっているのですが、どうも弱いかなと感じました。今まで発言されていた委員の方々から出ていた部分も踏まえながら、15行目からの「核戦争に勝者はない」の部分を最初に持ってくると言うのもすごくインパクトがあっていいなと思いながら、それではない所で言わせていただきます。
1行目から5行目の部分なのですが、文章を前後したらもう少しインパクトがあるのではないかなと思いました。「この長崎のまちで15万人の死傷者をもたらした原子爆弾の投下から11年後の1956年、核兵器廃絶を目指す原水爆禁止世界大会が初めて長崎で開かれました。その時、被爆者 渡辺千恵子さんが入ると、カメラマンたちが一斉にフラッシュを焚きました。渡辺さんは16歳の時に被爆し、崩れ落ちた鉄骨の下敷きになって以来、下半身不随となったため、お母さんに抱きかかえられて入ってきたからです。すると、会場から『写真を撮るのはやめろ!』『見世物じゃないぞ!』という声が上がり、会場は騒然となりました。しかし、壇上にあがった渡辺さんは、澄んだ声でこう言いました。」と言って、そのまま9行目から進んでいったら違うかなと思いました。他の委員から出ていたことも混ぜ込みながら考えていただけたらと思いました。
それから23、24行目の「どんどん危険になっています」というのは、前回は気が付かなかったのですが、今回「どんどん」という言葉が引っ掛かり、それよりも「ますます危険な状況になっています」とか「危険度が増しています」と変えたらどうかと感じました。
委員長が先ほど読まれた時に、恐らくですけれども、13行目の「魂の叫びが」の後に「...」が付くわけですよね。あと59行目の「一人ひとりの合言葉として...」ですよね。こういうのはすごく読みにくいと思いました。工夫がいるので、委員長の技量でカバーしていただくか、きちんと言葉として「合言葉としましょう」としたほうが読みやすいのかなと思いました。以上です。 

【委員】
はい。こちらを読ませていただいて、私はすんなり心に入ってきたといいますか、本当に素晴らしい文章にまとめていただいてありがとうございますということをお伝えしたいと思います。
それで、本当に細かいことになるのですけれども、私からもいくつか意見を言わせていただきたいと思うのですけれども、まず23行目のところで、「核兵器を持つ国が増え」というところがあると思うのですけど、確かにこれも危険なことだと思うのですけど、それよりも今はウクライナのことがあって日本も核共有の話が出てきたように、核兵器に頼る国とか核兵器に賛成する国がどんどん増えていく、そういったところにも目を向けるべきだと考えまして、持つ国よりも「頼る国」とか「賛成する国」と言った方がいいのかなというのは個人的に思いました。
45行目のところからの、他にもおっしゃっていた方がいらっしゃると思うのですが、核共有のところで「核を使う方向」とか「核を使わない方向」というところも何かちょっと違うのかなと思って、少し被ってしまうのですけれども、「依存する方向」とか「依存しない方向」とかそういった言葉もいいなと思いました。
そもそも、そういった「『戦争をしない』という憲法を持つ国」と前に言っているので、重複してしまうかもしれないのですけれども、日本は唯一の戦争被爆国というところで、もちろん核兵器に反対するというところはあると思うのですけれども、やっぱり一番は戦争をしないとか武力に頼らないというところを強く世界に訴えていかなければならないのかなというふうに考えました。非核三原則と言っているので、「核に依存する依存しない」と言った方がいいのかなとも思うのですけれども、「武力に頼らない」そういったところの表現にした方がいいのではないかなと思いました。
51行目のリアルという言葉があったと思うのですけど、私も読んでいてリアルタイムに見ているということなのか現実的に見ているということなのかちょっと分からなかったので、ここは少し改善する余地があるのかなと思いました。
60行目の「長崎は、若い世代と力を合わせて」というところは、若い世代として本当に一緒に頑張っていきたいという思いが強くなると思いました。せっかく「長崎は」という主語を使っているのであれば、もちろん新しい伝え方に挑戦していくというのもあると思うのですけれども、やっぱり一番大事なのは未来の世代につないでいくところも大事なのかなというふうに考えまして、戦争はダメだとか核兵器はダメだとかって言うだけでは世界は変わらない、実際にウクライナで侵攻が起きてしまったということはあるのですけれども、広島・長崎、核兵器を経験したところから伝えていく意義というのは大変大きいと思うので、そういった平和の文化の新しい伝え方に挑戦する、なぜ挑戦するのかといったら、それをずっと未来の世代に伝え続けていく必要があるからというところで、そこにも言及できればいいのかなというふうに思います。
最後になるのですけれども、67行目のところで、前回の素案のところで、「国境を越えて」という言葉があったと思うのですけど、それが今回のでは消えてしまっているので、せっかくであれば世界すべての人々といったように、国境を越えて繋がっていくことへの決意も表現できればいいなと考えました。以上です。 

【委員】
私も、基本的によくできているので大きな変更というのは考えませんでした。ただ、もっともな意見がたくさん出てきたので、少し大きく変えてもいいのかなと思ったので後で触れたいと思います。
まず言葉の問題でずっと気になっていることについて提案したいと思います。30、31行目のところですが、日本語で書かれている限りではこれでいいのかなと思いつつ、英語になった時に気になるところで、「条約に参加しないオブザーバー国」という表現がありますが、日本ではオブザーバー国はドイツとかスウェーデンとか、核兵器禁止条約に反対をしているけど、この会議に参加をしている国、なので日本もオブザーバー国として、という議論の中で理解されていると思います。
しかし、その会議にオブザーバー国として参加しているのは、批准をしていない国。圧倒的多数のオブザーバー参加の国は、条約に賛成をしていてまだ批准をしていない国なのです。ただ、ここで言いたいことはドイツなど、核兵器に依存している国も率直に発言をして議論をしたということなので、ここは条約に参加しないと言うよりもはっきりと「条約に反対している」とか「反対の立場のオブザーバー国も含め」と言っていいのかなと。
実際に会議で、ドイツ、スウェーデンなどが発言した内容を文章でしか見ていませんが、明確に自分たちは条約には参加しない、今後も参加する意思はないと言いつつ、核兵器のない世界をつくる意味では同士であるから、議論していきたいとはっきり言って、いい議論をされていると思うのですね。そういう意味でここに書かれている、「率直で冷静な議論が行われ」はその通りであると思いますけど、英語にすると圧倒的なオブザーバー国は条約に参加していないだけは不十分かなと言うことです。
それから、31行目から32行目にかけて「明確な意志」とあって、その次の行にも「明確な位置づけ」とあって、一つ目の「明確な」はもっと強い言葉でいいと思うので、クメント議長もかつてない強い意思を表明したことを言っていたと思うのですが、「強い」という言葉でいいのではないかと思いました。
35行目ですが、先ほどどなたか言われていたように、これは「今月」ではなくて、「今」というか、進行形の言葉の方がいいと思いました。
同時に今回のNPT再検討会議は節目になる会議、第10回になるのですね。ですから、「第10回目の節目となるNPT再検討会議」と、再検討会議の中でも重視すべき会議であることを分かった方がいいと思います。
先ほど委員が指摘された40行目の「ウクライナでの対立を持ち込むな」というところですが、これは確か前回私が言って、この言葉が使われるきっかけになったのだと思いますが、やはり会議の場に持ち込むというのはかなりネガティブな言葉になってしまっているという印象を持って、変えた方がいいと思ったのですが、これは言わざるを得ないことをロシアが行っているわけで、必ず持ち込むと思うのですね。ですから、表現としては、「ウクライナを巡る対立を克服し、最終文書の採択を実現する」と、持ち込むけれどもそれを乗り越える表現のほうがいいのではないかと思いました。
41行目ですが、「NPTの中で約束してきたことを確実に実行し」というのは変かなと思いまして、会議の場で求めることなので、「NPTの中で約束してきたことをしっかりと再確認し、実行への具体的プロセスを示すことを求めます」と会議でのやることを求めているので、この言葉のほうがいいかなと思います。
45行目ですが、これも何人かの委員が指摘していることで、「核を使う方向」はおかしいという感じがして、それから非核三原則は残念ながら核兵器に依存することは否定していないのですよね。「つくらず、持たず、持ち込ませず」で、核の傘に頼ることは認めている三原則なので、ここの表現としては、「非核三原則を持つ国として、「核共有」など核依存を強める方向ではなく」とするのが正確な言い方ではないかと思います。「核共有」とは、頼るだけではなく、依存を強める方向だと思います。それに対して北東アジア非核兵器地帯は、核に頼らない方向に向かう議論になることになると思いますので、「核依存を強める方向ではなく、(中略)核に頼らない方向に向かう」としたらどうかと思います。
66行目ですけれども、「長崎は広島、沖縄、そして同じく」とこの「同じく」というのが沖縄も引きずってしまうように感じてしまうので、「同じく」はとっていいのではないかと思います。「広島、沖縄、そして放射能の被害を受けた福島」としたほうがいいのではないかと。以上が言葉の点で気が付いた事項です。
意見を聞いていて、さきほど委員がおっしゃった39行目のところに核保有国に呼び掛けるというご提案があったかと思いますが、ここに書かれているのは核保有国だけではない、全ての参加国に関わることなので、その呼びかけというのはこの形のままではそうはならないのではないかと思いました。
それから冒頭について大きな提案があったのですが、これは本当にそれもありかなと思って聞いていますが、ただ現在のままでも私はすんなりと読めたのでこれは委員長のご決断かなと思いました。以上です。 

【委員長】
ありがとうございました。今一巡して皆さんからご意見を伺いました。大きな構造の部分、それから概ね皆さんから多かったのが文言に関して、様々なご指摘が多かったと思います。今後仕上げに向かって進むわけですけれども、追加、あるいは皆さんの意見をお聞きして気が付いたことなどがあったら是非お聞かせください。 

【委員】
追加ではないのですが、聞いていてああそうだなと思ったのが最初の2行、3行目で「学徒動員」という言葉と工場という言葉を入れるともっと状況が分かりやすくなるというご指摘だったと思いますが、「学徒動員先の工場で」と9文字入れただけで全部入るなと思いますし、もう少し状況が分かりやすくなると思いますので、それが少し思いついたことです。
それから、高校生平和大使が見つけた言葉、58、59行目の「微力だけど無力じゃない」は、誰が見つけたかにも関わらず、すごく心に響く言葉だと思います。それで、「長崎の高校生平和大使とともに微力だけど無力じゃない、私たち一人ひとりの合言葉」と先ほどの「何々しましょう」というご提案も含めて「合言葉としましょう」と言えば、誰がそれを最初に見つけたのかが問題にならずに、長崎の高校生平和大使たちが自分たちの心に響く言葉として使っているというニュアンスが表れるのかなと思いました。その二点だけ思いつきましたので発言しました。 

【委員】
15行目から18行目のところなのですが、まず細かい所ですけれども、15行目の「核保有国五か国」ですが、主要の名前で出ていますので、「主要」と入れた方がいいと思いますね、初めてのことですので。それから、15行から18行を上に持っていくかどうかという話ですが、実は色んな人が冒頭で使っていて、長崎から発信するのであったら、私はこのままの方がいいかなという印象を持っています。以上です。 

【委員】先ほど委員から印象的な記事の紹介がありましたが、新しい手法という部分で加えさせていただきますと、障害を持った人、目が見えない人、目や耳が不自由な人にも届ける活動が進んでいることとか、長崎は発信がこれまでも強かったと思いますが、長崎のことを伝える、例えば他の県の学生たちを長崎の学生がサポートする活動も増えてきたので、あらゆる要素の人たちに伝えるというのが入ってもいいのかなと感じました。以上です。

【委員】66行目のところで沖縄についても言及されたことについて評価をしたいと思います。5月15日の本土復帰50周年の式典の中での玉木知事の挨拶の中に「核兵器廃絶の方向も目指す方向なのだ」というところが言及されていました。それと呼応する形で、核兵器廃絶を目指す長崎が沖縄のことについても触れることは大切なことであると思いまして、それをきちんと入れていただいたことは評価をしたいと思います。ありがとうございます。

【委員長】
ありがとうございます。他にもございますか。
概ねご意見をいただけたのではないかと思います。今回の案の校正について再検討する部分もあるかと思いますが、全体の構成で言いますと、核保有大国から核による威嚇が行われたというこれまでなかった出来事が起きている中で、最初の部分は使ってはいけない、まずそれを絶対に止めないといけないことから始まっていて、使ってはならないという部分で2段落目の五か国の共同声明に入っていって、その中でなくすしかないのだということを、核保有国だけではなく、全ての皆さんに強調をして、3段落目はなくすための会議が今年開かれるという流れになっていて、日本政府への要望に繋がっていき、リーダーの皆さんだけでなく、私たち自身にできることがあるのだということを次の段落で述べている流れになっています。
今年は要素が多くて、最近毎年要素が多いと言っているような気がするのですが、まだまだ入れないといけない要素もあるのだと思うのですが、その中で絞りながら、皆さんへの呼びかけを長崎からの意志としてしっかりとストーリーがないと箇条書きでは伝わらないので、ストーリーや、長崎の意志としての文章になっていることを意識しながら作っています。そういう意味では皆さんからもっとこうしたら伝わるという表現のアドバイスをたくさんいただけたので、これから最終案を仕上げていくときには非常に大きなアドバイスとして活用させていただきたいと思っています。
今回色々お聞きして、仕上げていく中には例年小委員会を開かせていただいていますが、これは必須ではなく、その年によってではありますが、今年も文言などにたくさんご意見をいただきましたので、恐らく小委員会を作ることになりますので、もしお声がかかった場合には、是非ご出席をいただければと思います。
他に、皆さん言っておけばよかったということはないでしょうか。追加で何かないでしょうか。大丈夫でしょうか。 

【委員】
15行目を先頭に持ってくる案ですが、なかなかインパクトがあっていいかなと思っていたのですが、これを一番上に持ってくるとインパクトがあるけれども、渡辺千恵子さんのことが次にどう続くかというところでなかなかまとまらないのですよね。これは長崎の平和宣言ですから、長崎の人間のことが最初に来た方がいいかなと最終的には思いました。以上です。 

【委員長】
ありがとうございます。もし他になければ、早めの時間になりますがこれで3回目の起草委員会を終了したいと思います。
ちょうど一か月後が8月9日になりますので、最後の仕上げに入りたいと思います。今回も3回の委員会で皆さんからたくさんいただいたご意見によって今年の平和宣言の形がつくられてきました。この起草委員会方式は、長崎で続けられていく中で、進め方についても少しずつ上手になってきたという経過もあるかと思います。
今回も皆さんから素晴らしいご意見を寄せていただいたおかげで少しずつここまで進んできて、かなりのところまで来ていますので、これをきちんと仕上げて、皆さんにも納得いただけるような、全ての皆さんのご意見を反映することができるわけではありませんが、全体として長崎市民の意志を示す平和宣言となるように、仕上げていきたいと思います。
今回も3回の委員会で様々なご意見をいただきまして誠にありがとうございました。

以上

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