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令和4年度第1回 長崎市平和宣言文起草委員会

更新日:2023年5月15日 ページID:040424

長崎市の附属機関について(会議録のページ)

担当所属名

原爆被爆対策部 平和推進課

会議名

令和4年度第1回 長崎市平和宣言文起草委員会

日時

令和4年5月7日(土曜日) 10時00分~

場所

長崎原爆資料館地下1階 平和学習室

議題

令和4年長崎平和宣言について

審議結果

【委員長】
おはようございます。今年も平和宣言の起草の時期となりました。この2年間、5月の会議については書面でご意見をお寄せいただくだけということで、会議の形式をとれていませんでしたが、3年ぶりに皆さん集まっていただいて開催させていただくことになりました。大変うれしく思っています。
毎年少しずつ委員が入れ替わっていますが、今回もお二人の方に新たに加わっていただきました。よろしくお願いします。それからこの2年間は、オンラインで出席いただいていた委員についてもこうして長崎にお越しいただいて出席してもらっています。遠くからありがとうございます。
さて、今年の平和宣言ですが、ご存じのとおり世界の情勢が非常に動いている中での起草になります。とりわけ核兵器をめぐる状況が動いているということが大きな要素としてありますし、また同時に平和宣言文の起草の期間中に核兵器禁止条約の締約国会議が開かれ、それから宣言を発表する期間に、NPT再検討会議が8月に開かれるという、本当に大きな動きと重なる形での平和宣言になります。
そういう意味では、例年と少し違う非常に重要な平和宣言になると思います。核兵器をめぐる様々な状況等については、これから様々な視点で皆さんからご意見をいただきたいと思いますし、私も今年の平和宣言に込めるいくつかの要素について、最後にお話しをさせていただきたいと思います。
77年経って、核兵器の恐ろしさを伝えてきた長崎の動きがある中でも、やはりまだ核兵器の本当の怖さ、原子雲の下で起きていたことについては、十分世界に伝わっていないという思いがあります。また、実際に核兵器が使われる可能性があるという点についてもなかなか伝わっていなかった部分が今回現実になろうとしているという側面もあります。そういった長崎の思いをできるだけこれまでの平和宣言文が訴えてきた市民社会の視点を忘れないようにしながら、しっかりと伝える平和宣言文にしたいと思います。
今回から3回の起草委員会になりますが、例年のように、皆さんとのチームワークの中でいい宣言文を作っていきたいと思っていますのでよろしくお願いします。
それでは議事に入る前に、平和宣言文委員会の公開についてお諮りしたいと思います。
当委員会は長崎市附属機関であるため、「附属機関等の設置等に関する基準」に基づき、会議の全てを公開してよろしいでしょうか。

(異議なし)

【委員長】
ありがとうございます。それでは今年度も公開としたいと思います。
それでは、平和宣言文の起草に議事を移します。今年の起草委員会は、先ほど申し上げたとおり3回開催させていただきます。委員の皆さんには事前に平和宣言文に対するご意見をいただいています。今回の宣言文に盛り込みたいとお考えの内容について、お一人ずつお伺いしていきたいと思います。席順にお願いします。 

【委員】
さきほど委員長がおっしゃったとおり、核戦争の危機、あるいは第三次世界大戦の危機というのはいまだかつてないほど高まっています。現実的な戦争の危機の中で行われる平和宣言の中に、私はひとつのことを期待したいと思います。
それは、長崎市から世界的な広がりを持つ平和活動を呼びかけることです。昨年度の平和宣言で、「長崎を最後の被爆地に」という言葉が世界中の人に届けられました。この言葉の示す、二度と原爆が落とされてはならないという決意が、今こそ、世界中に広まって行くことが大切だと考えています。
私の提案は長崎に原爆が落とされた8月9日を最後の原爆の日にするという決意を込めてこの日を、世界平和を共に「祈り、対話する」日にするということです。戦争による国際問題の解決の反対は、対話による解決です。これに他者の最善のことを願うという意味で祈りを加え、「祈り、対話する」日にするということです。
パンデミック下で飛躍的に発達したZoomなどの通信手段を使えば、国境を越えて人々が集う活動を組織することは難しくはありません。一つの参考として、私が大学生とともに、今年の8月9日に計画している試みをお伝えしたいと思います。8月9日はユダヤ系ドイツ人哲学者、エディット・シュタインが、アウシュビッツのガス室で命を奪われた日でもあります。1998年にシュタインが教皇ヨハネ・パウロ2世によって聖人にされ、翌年ヨーロッパの守護聖人とされました。
今年はシュタイン没後80周年であり、またヨーロッパが戦争の危機に瀕しているということもあって、8月9日にアウシュビッツでは多くの人が世界平和のために祈ります。長崎とアウシュビッツで世界平和の実現という同じ願いを持っている人がいます。これを一つにできないかというのが私たちの活動の出発点でした。
今年の8月9日に、原爆とホロコーストという人類の惨禍を共有しながら世界平和のために共に祈ろうという働きかけをドイツのエディット・シュタイン教会に行い、それに応えてくれたドイツの大学生とともに長崎とアウシュビッツをZoomで結んで祈りと対話の集いを行うことを計画しています。
戦況にもよりますが、ウクライナのキーウからもZoomによる参加を予定しています。これは一つの小さな試みですが、このような試みを含めて長崎市がリーダーシップを取って、祈り対話する日が積み上げられていけば、将来、8月9日が世界平和を祈り、対話する日として国際的に定着していくかもしれません。それは世界平和への確かな一歩となると思います。以上です。 

【委員】
なんと言いましても、現状ウクライナの危機、それに端を発して、毎日、映像が流れる中で、あのウクライナの姿が、私たちが聞いた長崎の惨状と重なる人は私だけではないと思います。被爆者の方々は核兵器ではないにしても経験されたことと重なってみえているのではないかという印象を持っています。そのことで、戦争の危機がかつてないほど身近に感じられていると思いますし、だからこそ被爆地長崎からの訴えが重要であると思います。
ウクライナ危機に乗じてという言葉が適当かどうか分かりませんが、国内外で核共有論が論じられるようになっておりますし、今こそ国の姿勢を正して、襟を正して、非核三原則を再確認した上で、核兵器廃絶を訴えることは大事かなと思います。核兵器を振りかざして力で解決しようとする流れではなくて、そうではない世界観がないとやれないのではないかと感じていて、平和と対話で対峙する、立ち向かう姿勢が必要と思います。
それから現在、核兵器禁止条約の締約国会議が準備されていて、その中で昨年も申し上げましたが、日本政府は今こそ橋渡し役を積極的に展開することを大事にしてほしいと思います。揺るがない姿勢を示してほしいと思います。今年の8月9日は、NPT再検討会議の期間中でもありますが、近年最終合意に至っていないので、世界の核廃絶に向けた合意文書を作ってほしいという訴えもいいのではないかと思います。以上です。 

【委員】
2021年の平和宣言には「広島が『最初の被爆地』という事実によって永遠に歴史に記されるとすれば、長崎が『最後の被爆地』として歴史に刻まれ続けるかどうかは、私たちがつくっていく未来によって決まります」との言葉が盛り込まれました。まさにその数か月後にウクライナ侵略が始まったわけで、いかに未来をつくるかということが本当に深刻に問われている中での平和宣言になると思います。そういう文脈で考えたときに、やはりこれからの被爆地が発信していくメッセージにどうやって力をつけていくかが大きな課題かと思います。
被爆地が持っているパワーの源泉というのは、核戦争の現場は人類史上そこにしかなく、かつそれをご覧になった被爆者が歴史の証人としていらっしゃって、それを引き継いだまちがあるということが一番の力の源泉であると思います。そこを考えると、最終的になくさないと使われる可能性があるということをもっと強く言うこと、さらにもう一つはその移行期に絶対使わせない。なぜかというと、現場を知っている身として、世界各地で核兵器が使われたときにどうなるのかは容易に想像がつくわけで、その行く末は、どうなるかは被爆地が一番知っている。
だからこそ、こういうことを言うのだということを強く訴える。そのリアル感、被爆地に現実主義があるということを、パワーポリティクスがたったひとつの現実主義ではなくて、被爆地の現実主義が大事なのだということを全面に出すのがいいのかなと思います。どうしても理想主義だと片づけたい人たちがたくさんいますから、そうではないと、現実主義はこちらにもちゃんとあるのだと、それを見ることが実相を知ることだと思います。そのあたりが重要なポイントかなと思います。
もうひとつは、来年日本でG7の首脳会談が行われます。6月頃には開催地が発表されるようですので、8月には決まった上での平和宣言になりますから、被爆地で開催されることが決まった場合はもちろん、実相を知ること、あるいは被爆地からのメッセージをどうやって、首脳の考え方に反映するかということがカギになるかと思います。仮に首脳会談が被爆地で開催されない場合も、外相会談などを被爆地で開催して、そこで確認するといったことは可能かと思います。
いずれにせよ、8月の段階で政府の決定を受けたかたちでG7の場をどう生かすかというところがポイントだと思います。具体的な中身は、これまでの日米の文章やあるいは、核保有5か国の共同声明の中に入っている「核戦争に勝者はない。決して戦ってはならない」という核戦争のノーの2原則を行動原理とするメッセージが入ればいいのかなと思います。それを徹底していけば被爆地の現実主義と呼応するところが強くなりいいのではないかと思います。以上です。 

【委員】
たくさんの委員の方が、ロシアによるウクライナ侵攻について述べられています。そういった中で、核兵器があるということがロシアによる侵攻の背景にあると思います。
今までの77年間で戦争を起こした国はすべて核保有国です。核で脅して屈服させる。屈服しないところには武力で侵攻していく。その繰り返しだったのではないかと思います。ですから今こそ核を廃絶する重要な時期になってきているのではないかと、そのことを社会に訴えていかなければならないと思います。
そういう中で、安倍元総理や維新の会が、日本も核を持とうという議論を出して、そして国会でそれを議論しようと提案までしています。私たち被爆者からすると、もってのほかです。非核三原則やNPTにも触れることを日本の政治家が言い出す土壌が日本にできつつあるということも恐ろしいことだと思います。
私たちは第二次世界大戦の反省に立って、今の憲法を作って、本当に戦争被害者や被爆者は、「よかった、これで日本は戦争をしなくて済むのだ」というそういう希望があったと思います。それが5年もしないうちに、警察予備隊が誕生して、いまの自衛隊になっていった。歴代の政権が憲法を鑑としてみないで、現実主義を訴えて現状があります。
いまや、専守防衛ではなくて、集団的自衛権の上で、訓練を行い、法律も作り上げられてきた。そういうことで今、憲法をいかに生かしていくか。そして平和憲法をもとに、日本の外交を示していかなければならないと思っています。
それから広島の黒い雨や長崎の被爆体験者による被爆地是正についても、国は広島と長崎の被爆者を差別する方向を出してきました。長崎県、市が厚生労働省と話し合いを持っていますが、この機会を逃すと被爆体験者は救済されないと私は思っています。そういうことを伝えていってほしいと思います。以上です。 

【委員】
私は12歳、新興善小学校の6年生のとき被爆し、まさに地獄のような状況を深く心に秘めたまま今日まで生きてきたのですが、本当にあの時の惨劇をただいたずらに原爆反対、原爆反対と言うことだけでは、多くの人に共感をしていただくことにならないのではないか。かえってそっぽを向かれることになってしまうのではないかということが現実ではないかと思います。
したがって、いかにして人々の心の琴線にふれるような形で原爆反対論を展開していくかが大切なことであって、現実に原爆反対論を言う人たちは本当に平和を願っているのか。あるいは自分の政治的立場を利用するために、そういったことを言っているのか、分からないような状況で、ある意味では心のない人たちにそっぽを向かせるようなそういう結果になっていることを反省しなければいけないと思います。そういった意味で、この委員会で出した提言が本当に共感を得るようなものになることを心から願っています。
12歳のときに新興善小で被爆し、遺体が運び込まれて校庭で焼かれていることが昨日のことのようによみがえります。そういうことが二度とあってはならないと本当に心から思います。多くの人の共感を得るような形で原爆反対、そういったことを言わなければ、ただ単に自分たちの政治的立場を利用するために原爆反対を匂わせると、せっかくのこういった立派な動きが全く違った形で崩れてしまうのではないかと思います。
そういった意味で、この委員会の提言が、心ある皆さんの共感を得て、心からの琴線にふれるような形で提言がなされることを心から祈っています。
私もあと何回こういったことに関わることができるかわかりませんが、残された人生を、惨劇を実際にこの目で見た証人の一人として参加させていただくことは心から意義あることだと思っています。今後とも一つよろしくお願いします。

【委員】
まず、今回はウクライナ侵攻というのが我々にとって本当に大きな問題となっています。核廃絶を進めるうえで、我々が直面している困難と共通する要素がかなりあるのではないかと思って、ここに挙げてみました。
一つは、国連の体制です。ここに書いてあるように、保有国と非保有国、常任理事国と非常任理事国、そういった非対称性というのがあって、これはNPT体制とも通じているものがあるかと思います。
それから、すでに去年の段階で軍事費が最高になっていたということなのですけども、今回のウクライナ侵攻で各国とも軍事費を上げているということで、本当に右肩上がりになっている一方で、軍産複合体に対する歯止めがかかっていないというような問題があるかと思います。
そして、さらにはこの間のアメリカによる臨界前核実験、中国の核軍備増強ですね。それから今回ロシアは小型核を使うという脅しをしていますし、核の状況も非常に悪くなっていると。
それからロシアの軍部ですけども、非常に核についての無知があって。原発を攻撃する、その後、兵士が無防備な状態でいろんな形で後始末をするということもありましたし、話題にありましたように核についての無知が非常にあるというところです。
それから最後に、北欧三国というのは成熟した市民社会としてモデルにすべきだという認識がもちろんありますけれども、そこがソ連の脅威によって軍備を拡張しないといけないという、そういった状況もあります。
こういった悲観的にならざるを得ない要素がいくつかあって、本当に書いていて嫌になったのですけれども。しかし、長崎にもできることはあるという思いで3つほど挙げさせていただきました。
一つ目は、被爆の実相の発信ということですね。ずっと長崎が課題として取り組んできたことですけれども、先ほどありましたように、実相はよく知られていない。それをまたぜひ強く発信していければというのが一つです。
二つ目は、核兵器禁止条約のバックアップということです。国連の決議とかNPTの弱点というのは実質的な拘束力を持たずに、知らん顔すれば済むというふうなところにあるのかなと思いますけれども。核兵器禁止条約というのは、非人道性というアプローチで、より効果的なやり方ができるのではないかなと考えています。これを長崎としてバックアップしていくと。先ほども出ていますように、核兵器禁止条約の締約国会議の橋渡し役としての政府の取組みに対して声を上げていくと。それから、国連憲章に最も近い日本国憲法をアピールして、国際的にこれだけの素晴らしい憲法であるということを訴えていくということもあるのかなと思います。
三つ目が、長崎を市民交流の拠点にしていくということですね。先ほど北欧三国の件を挙げましたけれども、それでもやはり私たちは市民社会の信頼と希望を捨ててはいけないのだろうというふうに思います。国同士が戦争をしていても、市民同士は戦いを望んでいない、そういった意思表示をしていかないといけない。これは、情報統制や言論弾圧のある社会でも、本当は、市民は戦争を望んでいないというのがあると思いますので、その辺に連帯の手がかりを見つけていきたいというふうに思います。
私自身が関わっているところでは、先日高校生の国際会議をオンラインで開きましたけれども、残念ながらうちの生徒は参加が十分ではなかったのですけれども、これも十年来続いております。5年前には、長崎の活水高校と原爆資料館を会場に国際会議を開きましたけれども、そういったものをまた開いて。その時はロシアの生徒も来ました。
市民団体の中では、アジアの留学生との交流を深めている団体もありますし、色んな形で長崎の市民や行政の動きがありますので、そういったものを強化していければと感じております。以上です。

【委員】
昨年初めてV・ファーレン長崎の社長として参加させていただきましたが、今年は東京の方に拠点を移しまして、Jリーグ、公益社団法人日本プロサッカーリーグの理事として参加させていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします。
Jリーグの方では、社会連携活動の担当をさせていただいておりまして、40都道府県58クラブの各クラブが、それぞれの地域に根差す社会課題に取り組んでいくような活動をしているのですけれども、そこをリーグとして見ていくという立ち位置におります。
長崎においては、ずっと平和活動に注力をしてきておりました。そういった中で、皆さんが言及されているように、今年はウクライナ侵攻という世界的なニュースがあって、戦争が他人事ではない状況になった時に、今まで長崎・広島が中心で訴えてきたことが、本当に世界中の人たちが望む出来事として平和が捉えられるようになったと考えています。
ただその一方で、長くなるとそのニュースにも慣れていきますとか、あまりに考えすぎて心を痛めてしまう人たちが出るとか、ずっとそれを訴えることが難しいということも現実にはあるのかなと思っています。それを考えないようにしている人たちを責めることもできないのかなというふうに思っています。ただ、原爆を経験している長崎の人間として、やれることを考えていかなければいけないと思っております。
私自身は、サッカーという世界中の人が愛するスポーツに携わっていることもあって、より多くの人たちが平和について考えるきっかけを、スポーツを通して提供していくということが自分の立場としては大切だというふうに考えています。
昨年から長崎市の方で平和の文化認定事業という制度ができまして、V・ファーレン長崎もそちらの方で認定していただきました。昨年のこちらの委員会の方でも、平和の文化というワードは出てきていたかと思うのですけれども、私なりに考えた平和の文化というのは、日常生活の中で平和を当たり前に守るべき価値として捉える感覚をみんなが共有できる空気を根付かせることではないかというふうに考えています。それは違う言い方をすれば、平和の当事者の範囲を広げていくということだというふうにも思っています。
本当は、戦争というのは故意に人の命を奪っていくという最も愚かな行為であることは誰もが分かっているはずなのに、色んな理由でそれは仕方のないことだとか、なかなか解決できないことだというふうになってしまうという状況が、おかしいという声をあげ続けなければいけないのではないかと思っています。
サッカーという部分で言いますと、長崎出身でもあります日本代表キャプテンの吉田麻也選手が、今年日本がワールドカップ出場を決めた時に最後にスピーチをしました。私もその場にいたのですけれども、彼が言ったことは「世界で唯一の被爆国として、戦争を誰よりも理解している国として、僕たち日本人がもっと声を大きくして世界に訴えなければならないと僕は思います」ということを、はっきりとそこで述べました。私も予想していない言葉だったので、そこでとても心を揺さぶられまして、周りの多くの人たちもこの発言に対して心を動かされていました。
サッカー界でも、このことについて何とかしたいと思っている人は多くて、結構色んなクラブの人たちが「NO WAR」と書いたTシャツを着たりですとか、黄色と水色の旗を掲げたりですとか、そういうことをスタジアムでも行っています。そういった人たちを一人でも多く増やしていくことが、平和の文化を根付かせることでもあるのかなというふうに思っています。
提言という形で、どういう言葉で盛り込めばいいかといった具体的なアイデアまでは浮かんでいませんけれども、私としては、より多くの人たちが平和について考えるということを長崎から訴えかけていくことが大切だというふうに考えております。私の方からは以上です。 

【委員】
昨年の第1回平和の新しい伝え方応援事業で長崎市から採択をしていただきまして、「ピーストーク from ナガサキ&ニューヨーク」ということで、地域での媒体役を担えるような形で、平和というものを考える平和の授業などを創出しているところです。
今回初めてになるのですけれども、こうした貴重な機会をいただけたこと、とても感謝しています。県外、海外に住んでいる時に、式典の模様をパブリック・ビューイングなどで、みんなで見る機会があったのですけど、この平和宣言というのは、本当に涙して日本人そして海外の人も前のめりで見てくださる宣言で、こうした皆さんの気持ちが届けられているという、この場で見ることができる、語ることができるというのはすごくありがたいなと感じております。
今回は初めてということで、自分の経験の中で感じたこと、意見として伝えたいことを文章としてまとめさせていただきました。今回原点に返る必要性として、先ほど心の琴線に触れるようなフレーズが必要ではないかというお話もありましたけれども、日本人の言葉というのは残っていたのですが、意外と第1回の平和祈念式典、当時は文化祭という名前だったそうですけれども、その時に語られたGHQ長崎軍政部の司令官のビクター・デルノアさんの言葉は世の中に知られていないかもしれないので、まとめさせていただきました。
その時にデルノアさんは「核兵器は人類を破滅に導く無用の長物である。原爆は二度と使ってはならない」というものを、日本人ではなくて、こういった趣旨の異例の言葉を、アメリカの当時軍政部の司令官だったデルノアさんが残してくださっているのです。この言葉は世界に届けるのに値するのではないかというふうに考えています。
この式典が開催されたのは1948年なのですけれども、その時に長崎で生まれた長女のパトリシアさんと今回お話する機会があったのですが、パトリシアさんは長崎ベイビーというニックネームを誇りに感じてくださっていましたし、お父さんはいつも「平和は一個人から始まるのだよ」というのを教えてくれたというふうに話されていました。
いま世界の情勢をみると、核兵器が使われるかもしれない、その可能性があるという中で、子どもたちも大人もみんな平和を願う気持ちというのは共通項だと思うので、その時に何かシンプルなフレーズで世界の方に伝えることができたらなと感じております。このデルノアさんが教えてくれたことというのは、いかなる状況でも、人種、立場、世代、国を超えて親交を深めて友愛の絆で寛容に生きることではないかなと思います。
さきほど委員からもありましたけれども、「平和の当事者の範囲を広げていく」、平和を考えるきっかけを増やす時に、こういったフレーズを盛り込むことができたらなと感じました。
最後に書かせていただいたのは、ロシア政府から核兵器の使用を示唆する発言が相次いでいますけれども、核兵器というのは地球上のすべての生き物が失うものはあっても得るものはないというのは歴史に学んでいるはずだと思うので、ロシアやすべての核保有国に対して自制を強く求めますというふうに書かせていただきました。以上です。 

【委員長】
はい、ありがとうございます。時間はありますので、遠慮せずに、思いがある分は1回目に出していただいた方が、2回目は文案を作ってそれについて議論をしていただくので、できるだけ材料をたくさん出していただくのが1回目の大事な役割です。皆さんに対してなんですけれども、遠慮せずに思いを伝えていただければと思います。 

【委員】
ありがとうございます。デルノアさんに対しての子どもたちの反応というのが出張授業でかなり大きかったので、そういった人種、立場を超えて勇気をもって発言することを伝えられたらなと思います。ありがとうございます。 

【委員】
核兵器禁止条約が締結されて、被爆者の方もそうだと思いますが、一筋の光がトンネルの先に見えたような喜びを感じた時期があったのですが、コロナという世界的なパンデミックで活動を抑えないといけない、そういった中でみんな悶々としながら次の出口を待っていた時にロシアによるウクライナ侵攻がありました。
日常的に戦争というものを身近に見ない私たちにとって、あの惨状を見た時に、ああ戦争ってこういうものなのかと、戦後第一期生の私にとっても実際知らない映像が、最初は映画のワンシーンのように皆さん見られたと思うのですが、こんなに長くああいう状況が続くことは思っていなかったと思いますし、一般市民レベルでは世界情勢というのはあまりピンときていませんので、ああいうことが突然起こったような驚きを持ったのが率直な感想ではないかなと思います。
食事なんかしている時にそれが出てくると、食事をすることが申し訳ないような、そんな気持ちで過ごすようになってしまいました。平和というのがこんなに幸せなことなのだということを改めて感じた方は多かったのではないかなと思います。
そして単純に私たちからみると、プーチンさんが単なる欲望のために自国民の兵士の命も顧みないで、とにかく自分の権力を主張するためだけにやっている戦争が、どうして世界の人たちが翻弄されないといけないのか。何も知らないで、単純に考えると、あんな国一つみんな集まってやっつけてしまえばいいのではないかという気持ちになる人たちが多かったのではないかなと思います。
一番感じたのは、情報社会の中で情報を制限されて、与えられる情報だけで物事を判断していくことの怖さ、よく戦時中こうだったという話を聞きますけど、情報がないということはこんなに怖いことなのだと思いましたし、いまネット社会と言われていても、それでも隔離されていくという現実があるのだということが怖く感じました。
そうした中で、安倍さんをはじめとした核共有論というのが、あの方を見ていると突然ではないのですが、この時期にああいうことを出してくるのかというのがある意味日本の怖さを感じました。日本は平和だ、平和だと言っているのだけど、決して平和が約束されている国ではないのではないかと、被爆国の政治家としての資質を疑ってしまうような発言でした。それは多分色んな方が感じているのではないかと思います。
ですから今年の平和宣言では、こういう厳しい状況だからこそ世界の人たちにどう伝えるのかというのは、被爆国として被爆地としての役割も大きいのではないかなと思っております。そういう中で、特に日本政府には強く求めていかなければいけないのではないかなというふうに思っております。
憲法に定めた戦争放棄の約束、これは憲法九条。ウクライナのゼレンスキー大統領も、軍事支援をと言わなかったのは、日本に憲法九条があるから触れなかったということが報道で出て、それが実態かどうか分かりませんけれども、私は憲法九条の戦争をしないということが、日本が感じる以上に世界で感じてくださっている方がいるのではないかと実感いたしました。
ですから、これはむしろ日本は、戦争はしないのだと、そのことを世界の共通認識にしましょうよというぐらいの、こういう時だからこそ世界の人たちは戦争の怖さを身に染みて感じたと思うのですね、だからいま強く言うべきなのではないかなと思います。
そして、核共有論が出ている状況ですから、非核三原則の堅持。これは以前、谷口稜曄さんがいつもおっしゃっていたのですけれども、これは何が何でも守り抜くという姿勢を強く要請すべきではないかなと思います。
それからやはり武装ではなく対話による相互理解での平和を構築するよう、これは被爆地長崎から世界に訴えていくべきではないかなと思います。今回のように人の命を命と思わないような、どんどん遺体が道端に転がっているような惨状をつくる世界があってはいけないと思います。よく理想論といわれることがありますが、理想論であっても言い続けることでいつか実現することもあると思いますので私はこの3点を特に日本政府に求めていけたらなと思います。
そして今回私たちは、戦争は人の心まで支配してしまう要素を現実に日々見せつけられましたし、人の命も虫けらのように扱われることも実感として感じました。絶対に許されることではないし、戦争に正義はないことを改めて認識できたのではないかと思います。
ですから核兵器、北朝鮮も今色々やっていますし、とにかく核兵器の使用が現実味を帯びているという状況の今、私たち世界の市民がそれに気が付いて行動することが大事ではないかなと思います。
何もない時に言っても平和だから大丈夫さ、今色々言っても。でもウクライナの方たちには申し訳ないですが、こういう現状があるからこそ、戦争がどういうものかを我々市民がしっかりと見つめてそれを声にすること。よく以前、委員長が「市民力」という言葉を使われたと思うのですが、私は今こそ世界の市民力が世界の政治を変えていく力になるのではないかと思います。
そして私をはじめネット社会に乗れない人間がまだたくさんいるのですね。色々不安は感じるけれど参加の仕方が分からない、どう声をあげていいのか分からないと言うときにネットでそれをやることも大事ですが、それが出来ない人たちの気持ちをどう受け止めて、反映していくのかも我々に与えられた課題です。
私はここにこうして出させていただいていますので、色んな情報とか皆さんの考え方を教えていただくことができるのですが、そういう機会のない方がいっぱいいらっしゃると思うのです。そういう方に向けても一緒に行動しましょうと、一緒に思っていることを発信しましょうということをお伝えできるような手段も考えていかないと乗り遅れた人間が出てくるのはもったいないと思っています。
そして長崎からの色んな行動提言ですね。一緒にこうしましょうと市民の皆さん、国民の皆さん、世界の皆さん、こういうことを長崎は考えているし、これを一緒にやっていきましょうという提言を出していった方がいいと思います。そういうことも具体的に考えていければと思いますし、こういう色んな大変なことがありますと、福島の大変なことも少し影が薄くなっています。そして沖縄も今年は節目を迎えています。こういうところも忘れずに連帯を呼びかけながら、一緒にと。
特に沖縄に行った時に地上戦のことを勉強させていただいて、ウクライナの状況を見た時に、沖縄の地上戦を思い出しました。壕の中で焼かれるとかいろいろなことがあったという。基本的には戦争というのはなくすことが第一だと思います。
核兵器を使うのは戦争があるからであって、ここにうまく書けていませんが、大前提は戦争をしないこと。その上に核兵器廃絶がのってくると思うのですけれども、いかなる戦争であろうとも戦争があるから核兵器で脅しをかけるということなどがあるので、私は核兵器廃絶を訴える長崎もまずは戦争をしないということが世界の共通になることを含めて強く訴えていかないと、ある意味ピンチをチャンスに変えるという言い方が適当かどうか分かりませんが。
こういう世の中だからこそ、とにかく日頃無関心の方もテレビのニュースを観て自分事として捉えましょうということを強く訴えて、世界にたくさんいらっしゃる平和を願う人たちが、草の根でその周辺を動かして大きなうねりをつくり出す動きを長崎からしていけたらいいなと思っています。すみません、あまりまとまりがありませんが、以上です。 

【委員】
私からは要点をまとめていくつか話していきたいと思うのですけれども、まずは被爆者の方への思いということで昨年ではあるのですが、核兵器廃絶の活動を率先して取り組まれていた被爆者の坪井さんが亡くなられたように、また一人また一人と被爆者の方が亡くなっている中で、継承という問題がどんどん色濃くなっていることは間違いないと思います。
坪井さんの息子さんの言葉にもあったのですけれども、核兵器によって犠牲になった方々や原爆死没者名簿に記載されている方々、まだ行方が分からなかったり、身元が分からなかったりする方々がたくさんいらっしゃるのですけれども、これらの全ての人々が原爆に「負けた」わけではないというところは忘れてはいけません。
もちろん、奪われるはずのなかった命が奪われてしまったことは絶対にあってはならなかったことで許してはならないことですが、そういった方々が命をもって、原子爆弾の、核兵器の恐ろしさを伝え、二度と使われてはだめと訴えてくださっていることを本当に忘れてはならないと考えています。
そして、今を生きる私たちがこの思いには応えられているのか、その想いを受け継いでいくことができているか。そこから行動をしていかなければならないし、それが本当にできているのかを自問自答しなければならないと考えています。
次に、先ほど色々お話にも出ていましたが、やはりロシアのウクライナ侵攻については無視ができないと思っています。特に私が憤りを感じ、恐ろしいなと思ったのが、ロシアが原発を攻撃したり、核兵器の使用をずっと示唆したりしているところです。世界が核の脅威に晒されていると考えています。
今となっては、核兵器は脅しの道具として使われていて、他にも核兵器を持っている国がいるのだからロシアが使うわけがないという意見も確かにあると思うのですけれども、どちらにせよ、核兵器の存在が世界の平和構築の足かせとなっていることは事実ですし、核兵器はあれば使われる可能性がゼロではないというところは、本当に忘れてはならないと思っています。
今の国際情勢を見てみますと、ロシアがウクライナに侵攻したことは絶対に許されないことですし、ロシアを国際社会から排除しようという、経済制裁をしたりする動きがあるというのは当たり前なことだと思うのですけれども、そこで終わってはいけないと思っています。
もちろんウクライナへの侵攻を早く止めなければならない、毎日テレビで観るウクライナの現状は、経験されているウクライナの方々が辛いに決まっていますが、見ている方も目を覆いたくなる惨状がある中、ウクライナへの侵攻をまず止めなければならないことが第一と考えています。
しかし、ウクライナへの侵攻を止めた後でロシアを国際社会から排除してそれで全て終わりなのかと言われたら、そうではないと感じています。核兵器使用の示唆をロシアがしたことですが、過去の歴史をさかのぼった時に、そのロシアに核兵器を持つことを許してきたのは世界ではないかというところがあると思います。
ウクライナへの侵攻があったからと言ったら語弊があるかも知れませんが、核兵器の恐ろしさが再認識された中で、ロシアを責めて終わりではなくて、核兵器をこれからどうしていけばいいのかを世界全体で考えていく契機にしていかなければならないと考えています。
これから核兵器禁止条約の締約国会議やNPT再検討会議が開かれようとしている中で、世界が一つの国に対して責任を負わせて終わりではなく、どのように連帯し、対話をしていくのかが求められていると考えていますし、戦争被爆国の日本がそこを率先していかなければならないと思います。今日本では核共有の話が出ていますが、核兵器を使わずにどうすれば平和構築ができるかを日本が率先して考えていかなければならないと考えています。
3つ目は私事ですが、昨年イギリスに留学した際に経験したことを書かせていただきました。イギリスで平和構築について勉強したのですけれども、国際政治に興味を持っている学生が多かったので核兵器についても議論したことがあります。そこで感じたのは、当たり前の違いが大きく影響しているということを強く感じました。
辛いことではありますが、私は核兵器がない、持つことが許されていない日本の出身、私が議論した相手は、核兵器を持つことが許されているイギリスの出身ということで、そもそも議論にならない人もいたというのが現実としてありました。
もともと核兵器を持っているから、核兵器がなくなったらどうやって国を守っていけばいいのだよということをよく言われました。そういった中で議論することが難しい人もいましたが、私が日本出身だということでもう一度広島・長崎について勉強し直して考えが変わったと言ってくれた人もいました。
この中で感じたことは、長崎という最後の戦争被爆地という立場はずっと維持していかなければならない。それに加えて、きのこ雲の下で何が起こっていたのかをもっと世界に伝えていかなければならないと感じました。そこで考えが変わるという人も出てくると思います。
その中で私たち長崎からのメッセージとして「核兵器をなくす、核兵器はだめだ」という立場は絶対に揺らいではならないと思うのですけれども、考えが違う、核兵器はあった方がいいと考える人たちを排除してしまうのではなく、いかにして対話の土俵に入れるのかということは、今後求められていると思います。私たちの立場を維持しつつ、対話をすることは本当に難しいと思うのですが、それが国家間レベルや、個人レベルでも求められていくのではないかと思いました。
最後に、若者世代に向けてというところで、私たち若者世代は、被爆者の思いを直接聞くことのできる最後の世代と感じています。そうした中で、ただ同情するだけではなく、被爆者の方々の思いに寄り添いながら、これからの未来をどのようにつくっていかなければならないのかを考え、行動していくことが必要であると考えています。
しかし、個人個人で行動していくのは難しいことだと思っています。そのような中で行動する機会をつくっていくか、プラットフォームをつくっていくのか、というところが求められていると思いますし、少しおこがましいかも知れませんが、若者だけではなかなかできないところもあると思います。
そういったところで大人の方に助けてもらうことも必要かも知れませんし、若者が機会をつくったうえで大人の方に協力してもらうこともあるし、大人の方が機会をつくってくれて若者が協力するという形もいいと思います。抽象的ですがそのように感じています。次の世代、未来を担っていく世代が中心となってというところは私も強い思いとしてありますが、若者世代だけでなく、より多くの世代の人たちと動いていくことが必要だと考えています。私からは以上です。 

【委員】
さきほど委員もおっしゃっていましたけれども昨年1月に核兵器禁止条約が発効されて、本当にそれまで活動されてきた被爆者の方々というのは本当にこれから先、核兵器廃絶に向かっての一歩が進んだというふうにすごく喜ばれていたのですね。
集いの時、私も参加しましたけれども、本当に皆で喜んで、それまで活動されてきて亡くなられた方々が、きっとこの場にも皆集まって喜んでいるだろうねっていうふうに皆で本当に分かち合った日だったのですけれども、本当に今年になってロシアがウクライナに侵攻して、また核兵器を使う可能性が出てきた、ということは、本当に被爆者のこれまでの活動してきた思いなどを踏みにじる行為だと、すごく私は感じています。
それで、日本政府にはずっと、核兵器禁止条約に批准するように求めてきていますけれども、今こそ本当に唯一の戦争被爆国である日本が核兵器禁止条約に批准することが、ロシアへの制裁になるのではないかと考えています。いろんな制裁を各国がやっていますけれども、被爆国日本がそれに参加するというのが一番の早道になるのではないかというふうに私は考えています。
私は、2014年から長崎市の「家族証言者」として、全国の学校で、被爆者である父の被爆体験をお話ししているのですけれども、その中でやはり、平和の大切さ・命の大切さをお話しています。私も戦争経験がないですけれども、同じく経験の無い子供たちに対して、どういうふうに工夫をすれば、その時の様子を想像したり共感してもらえたりするだろうかと試行錯誤しながら伝えてきましたけれども、コロナ禍になってからは、子供たちも、これまでの何気ない生活が、いろんな制約があったりして、今までが平和だったのだな、その平和を維持していかないといけないのだなと、子供たちはそれぞれが、その時の状況と照らし合わせて考えられるようになっていたと感じていました。
ところが今回のロシアのウクライナへの軍事侵攻が始まって、突然街が爆弾で破壊されたり、市民が殺されたり、国を追われたり・・・という状況を子供たちはテレビで、生で、目にする状況になってきました。これまで戦争というのは歴史的な過去のことであって、どこか他人事のようにして子供たちは聞いていたと思うのですけれども、きっと今私が講話をしていても、子供たちは、ウクライナの状況、テレビで見た状況を頭の中に浮かべて聞いているのだなというふうに思っています。
これまでは想像でしかなかったものが、今では子供たちの頭の中に生で自分たちが見た映像を思い浮かべている、これっていうのは、とても大変な、子供たちにとっても平和ではない、大変な状況になっているな、というふうに感じます。私も実際話をしながら、私も経験が無いので、自分が目で見たウクライナの状況をどうしても頭の中に浮かべて話をしてしまうので、途中で胸が詰まってしまってなかなか言葉が出てこない時も多々あります。
そういう平和教育を行うことがとても重要なのですけれども、戦争被爆国である日本が、日本国内でも平和教育が進んでいない地域もあるので、ぜひこの機会に、日本内部から、少しずつでもいいので、平和教育を広げていけたらいいなというふうに思っています。
ここ数年の宣言文に、被爆者の高齢化について取り上げられてきましたが、ますます高齢化は進んでいて、私は被爆二世として長崎被災協の中で被爆者の方々と一緒に活動しているのですけれども、本当に、この3月に、被爆者5団体の一つが、会員の高齢化と活動資金の不足によって解散してしまうという衝撃的なニュースが流れました。
これは、この団体だけではなく、本当に他の4団体も同じような状況に今なっていて、私たち被爆二世は、被爆者の方々を支えながら、この団体をこの先どう継続していったらいいのかなというふうに考えながら活動しているのですけれども、被爆地長崎としては、今後、被爆者の方の活動を支援していく方法なりを宣言の中にも入れて頂きたいというふうに思います。
最後なのですけれども、文章の中にやはりポイントというべき文章を入れた方がいいのではないかなと毎回思っています。昨年は「長崎を最後の被爆地に」というふうに入れたのですけれども、今回もそういう気持ちは忘れずに、唯一の戦争被爆国である日本の中の二つの都市、広島、長崎が一緒になって宣言文の中に同じフレーズを入れ、広島、長崎から世界に強く訴えることができないかなというふうに考えてみました。
国連で被爆者の山口仙二さんが被爆者代表として述べられた言葉というのはすごく皆さん頭の中に残っていると思うのですけれども、例えば、宣言文の最後に、長崎から最後に締めくくるとすれば、「私たち長崎は、同じ被爆地である広島と共に世界の皆さんへ訴えます!『No More Hiroshima! No More Nagasaki! No More War!』」とか、同じフレーズで最後に訴える、何かがあったらいいのではないかな、というふうに考えました。
もう一つ、先日、長崎で最初に結成された被爆者団体の、「長崎原爆青年乙女の会」の碑の建立25周年、結成56年の集いをしたのですけれども、その碑がどこにあるか分からなくて被爆者の方々に「あなた知らないの?」とお叱りを受けたのですけれども、その碑が資料館のすぐ近くにあって、その碑を見て、すごく書かれている文章に感動したのですね。今の状況にすごく訴える力があるなと思って。
ちょっと読ませていただきます。碑の大きな所には「平和の願いを後世へ」と大きく書かれているのですけれども、その下に碑文として、「戦争は国を亡ぼす 核兵器は地球をなくす 世界を担う若者よ 未来へ平和をつないでほしい」というふうに書かれていて、これが本当の被爆者の方々が未来へ向けて言いたかったことなのだな、というふうに伝わってきました。 

【委員】
大きく7つの項目を箇条であげさせていただきました。一つはですね、ロシアのウクライナ侵攻にやはり言及をしなければならないと考えます。ロシアが保有する核兵器で脅して使用危機が現実になった、私たちは今岐路に立っているということなのだろうと思います。
長崎がこれまで訴えてきたように、「核兵器を使用させないためには、核兵器をなくすしかない」と訴えるしかないだろうと考えます。戦いが続く限り、この使用危機というのは存在し続けます。やはり即時停戦を求めなければならない、というふうに思います。いろいろ状況が動いていく中で、もしかしたらこの宣言がまとまる頃には停戦が実現しているかもしれませんけれども、やはり、即時停戦というのはやはり求めなければならないというふうに思います。
侵攻後に伝えられてきた民間人への攻撃など、ロシア、ウクライナ双方の非人道的行為は戦争犯罪なのだと、厳しく指摘をするべきだ、というふうに思います。数字が流動的な部分もありますが、一時期は1,200万人以上とされるウクライナ国内外避難民への支援、これの継続の必要性を促すべきだと思います。そもそも侵攻というのが許されるのか、なぜ今回ロシアが侵攻に踏み切ったのか、背景について考える必要性を提起するべきで、それを考えることで、そこに、停戦の糸口があるのではないか、というふうに思います。
戦闘の中で核使用の脅しが出てきました、他の方もおっしゃっていましたけれども、やはり、(アンケートには)「反戦」と書きましたけれども、「非戦」、これを強調する必要がある、というふうに思います。「戦い」をなくさなければならない。
ロシアと長崎の関係、これは稲佐に国際墓地がありますが、ロシア人が眠る墓地を維持管理してきました。ゴルバチョフ氏が長崎を訪問したこともあります。チェルノブイリの原発事故では、被爆者支援に長崎大学を中心にずっとやってきました。「長崎の鐘」をロシアに贈って向こうですごく歓迎されたという歴史があります。長崎とロシアの関係というのは繋がりが深いのですけれども、それでもやはり、今回の侵攻は許せない、というふうに主張すべきだ、というふうに思います。
二つ目です。ウクライナ侵攻後に日本国内で提起された「核共有」導入の議論と敵基地攻撃能力保有の提言に、やはりきちんと反論すべきだというふうに思います。これは、非核三原則、平和憲法維持の立場からも、やはり不要だと言うべきだと思います。
三つ目、被爆者、被爆証言者が減っていく中で、被爆の実相の継承の必要がずっと増しています。それについてはさきほどのお話にもありました「家族証言者」等、具体的に対応しているということをやはりきちんと表明、説明すべきだというふうに思います。
四つ目、「黒い雨」地域をめぐる広島と長崎への政府の対応差問題、これは指摘してほしいと。「被爆体験者」の早期の被爆者認定を政府に求めてほしい、と思います。
五つ目、これまで過去の加害に言及した時がありましたけれども、やはり、日本の戦争加害、これについて触れるべきだと思います。加害の認識を示さないと、被爆国としての訴えは戦争被害国へ普及しない、というふうに考えるからです。
六つ目、復興途上の福島。東京電力福島第一原発の(燃料)デブリの処理とかが難しいです。あとは汚染水の問題もまだあります。そういう福島へ支援のエールを引き続き送るべきだ、というふうに思います。
七つ目、施政権返還。本土復帰から50年を迎える沖縄。これは「復帰」ではなくて、「施政権の返還」だと、沖縄ではそういうふうに主張する方もおられます。そういう沖縄に向けての平和への連帯をやはり呼びかけていただきたい、というふうに思います。 

【委員】
初めてこの会に参加いたしました、よろしくお願いします。私は初めて参加しましたので、皆さんのご意見をずっと聞きまして、そうだそうだ、と本当にマーカーペンで線を入れました。それでもう皆さんと大体重なるところは外します。
原水爆禁止世界大会、広島と長崎でありますよね。1945年原爆投下の年から10年後、広島でありました。その翌年、1956年に長崎でありました。私はその時高校生でした。17歳です。長崎東高等学校、昔、戦時中は県立高等女学校があった場所です。東高の体育館で、初めて長崎で世界大会がありました。
その時、私は今でいうボランティアとして受付のお手伝いをしました。世界各国の人がみえて、カメラを皆持ってらっしゃる。その時に、忘れもしません、渡辺千恵子さん、千恵子さんは女学生で兵器工場に行っておられました。背中の骨の上に鉄骨が落ちてきているから、下半身不随です。動けません。お母さんが抱っこして、東高の体育館、ステージの方に行かれたのです。
そしたら、世界から来ていた人たち皆が、カメラをパーっとたきまして、昔だからフラッシュですね、そしたら会場にいた被爆者が、「やめろー!」「写真に写すのはやめろ!見世物じゃないぞー!」と、それこそ怒鳴りました。
高校生の私は、本当にびっくりしました。どういうことが起きるのだろうと。そして、千恵子さんはお母さんに抱っこされて、そしてステージの上にいかれて、椅子に座らせてもらって、その時、渡辺千恵子さんが言われた一言は忘れられません。
「世界の皆さん、世界から来ていらっしゃる皆さん、どうぞ私を写してください。私を写してください。そして、私を二度とつくらないでください」。本当に渡辺千恵子さんの声は綺麗な声でした。澄んだ声で、「どうぞ私を写してください。そして、私を二度とつくらないでください」。私が高校生の時、17歳です。それから私は、少し平和に目覚めて、私たち高校生の頃は、それこそ「うたごえ」とか、「きけわだつみのこえ」とか、平和を学んでいた時です。
それから私はもう60何年、ずっと平和については、大切にしていかないといけない、人間を大切にする世の中をつくるにはどうしたらいいのだろうと思って、そうして現職を退職しましてから、平和推進協会に入って、修学旅行に来た子たちにお話しをしています。
ある時、東京から来た男子高校生が、こんなふうに言いました。爆心地公園に行った時に、「良かったですね。公園の上で原子爆弾が爆発して」と言ったのです。そうです、今は広い公園になっているからです。私はだから言いました。「違います!ここは公園でもなんでもなかったの。住宅がありました。人の生活の場所でした。生活の場所があったところ、11時2分までは、家族と笑って、話をしていた場所。それが、11時2分、原爆が炸裂した瞬間に・・」。彼は高校生です。学習をまだしていなかったから、そのように言ったのでしょう。
私の孫が小学校1年生の時、このように言いました。私がたくさん資料を整理していて話の準備をしていたら、小学1年生の孫がこのように言いました。「おばあちゃん、原子爆弾を投下した飛行機は、どうなったの?」「飛行機は、さっと行ってしまったよ」「おばあちゃん、原子爆弾を投下した人は、捕まったの?」って聞きました。7万人亡くなっているでしょう、だから小学校1年生の孫の頭でも考えたのでしょう。「捕まりなんかしてないよ、それが戦争!それが戦争!だから、戦争はダメ!戦争は、始めたら最後、本当に終わらせるのがどんなに大変か」
平和宣言は、長崎市内、小中高、全国の若い人がたくさん聞いてくださいます。だから私はやはり、今から担っていく若者にきいてほしい。
先ほど委員さんがおっしゃいましたよね、原爆乙女の会。渡辺千恵子さんたちが立ち上げたところです。中にはカプセルも入っているのですよ、本当に核兵器がなくなったら、そのカプセルを開けるのだ、という。私は元教師ですから、毎月9の日、すぐ隣に私たちが造った碑がありますから、そこにお掃除に行きます。その時に必ずその原爆乙女の会の碑のところにも行って、草むしりをするのです。
先ほど委員さんもおっしゃいました、その碑には「戦争は国を亡ぼす 核兵器は地球をなくす 世界を担う若者よ 未来へ平和をつないでほしい」とあります。世界の若者、どうぞ未来への平和をつないでほしい。私はやはりそういうメッセージをつないでほしい。
だからどうぞ、世界中の皆さん、広島、長崎に足を運んでください。足を運んでくださいっていうのはそれでしょう。それを見てください。そこでそれをね、絶対に戦争は駄目、核兵器なんかとんでもない。
2、3日前の新聞に書いてありましたよね、追悼祈念館に行った若者が、「まじ、やめろ。プーチン」今の若い人の言葉で言っていました。これが若者の気持ちだと思います。世界がどうなっていくのかっていう。そこを私は、やはり長崎から発信していただきたいなと思います。

【委員】
これまで委員の先生のお話を聞いていると、ほとんど私が書いていることと同じなので、本当はしゃべらなくていいのですが、しかし委員の勤めとして、読みたいと思います。
核兵器なき世界への願いを掲げて、毎年、平和宣言を発信してきた長崎市と市民にとって、令和4年は2月24日のロシアによるウクライナへの侵攻によって突然、平和が破られ、しかも核兵器を使用するという威嚇発言まで飛び出し、悪夢を見る思いである。
明白な国連憲章違反であり、その後の戦闘における数々の非人道的行為は、21世紀になっても依然として人類は領土などの国際問題の解決について、戦争に訴えるという19世紀以来の戦争の伝統を継承している。
いまだ停戦交渉は決着をみず、ウクライナ国民の苦難は子供、女性、高齢者を問わず、今も続いている。すでに数百万人の難民を生み、非戦闘員の死者数は増加の一途をたどっている。
第2の被爆地の長崎市はプーチン氏に対して、直ちに停戦とウクライナからの撤退を要求しなければならない。また核兵器使用による威嚇を放棄することを核兵器禁止条約の名によって要求しなければならない。NATOおよび米国との対立は外交交渉で解決することを求める。
核なき世界を実現する目標に向かって、NPT体制では核なき世界を目指し、核兵器国を含む加盟国の果たすべき核軍縮義務を6条で定めています。これが空文化してしまっております。NPT体制は今後深刻な打撃を受けることは間違いありません。本年1月に5大核兵器国がロシアと中国のリードで出した、核戦争の悲惨な結末からこれは戦えない戦争とする共同声明がありました。そのロシアが自ら破り捨てたこととなります。8月に予定されているNPT再検討会議も大混乱するでしょう。
世界の核廃絶を目指す国々とその国民及び国際機関や多くのNGOの強い願望と運動の連帯もしてきましたが、これもまた大きな打撃を受けるであろう。国連を含む世界の外交もロシアを掣肘する方策を持たないことも今回明白となりました。特に常任理事国のロシア自らの侵略戦争の開始は世界に対して深刻な影響をもたらすでしょう。
ロシアに対する直接的圧力は今のところ経済制裁以外にありません。この核兵器の使用を公言する現実を見るとき、被爆地長崎は核兵器の全廃の望みを今や放棄せざる得ない事態に直面することになります。国連憲章の無視は今後の世界の平和維持に深刻な困難をもたらすでありましょう。違反した国への制裁の方策を欠く国連の仕組みは抜本的に見直さなければなりません。日本は国連改革をリードして、新たな自らが主張する核なき世界の実現のための新たな体制作りを提案しなければなりません。
日本の若者世代にとっても、今回のロシアの侵略は、国際的なテレビ網によって、眼前に展開されており、第二次世界大戦後に生起したいくつかの戦争をこえるショックを若者に与えていると思います。目をそらさず直視しなければなりません。何が解決をもたらすのか、世界の対応とともに自らもロシアの若者世代にどのように接して行くかを若者自身が考えなければなりません。多くのロシアの若者が日本に留学してきています。
また書いていませんけれども、ウクライナからも今、日本の全国の大学が次々に若者の留学を受け入れています。彼らもショックを受けております。ウクライナの若者に対しても同様に接しているロシアの若者が日本国内にもいるだろうと思います。
遠い国の出来事と見過ごさず、我々も自らの問題であることを自覚しながら今の時代を生きなければなりません。先ほどから何人かの方がおっしゃった核の実相を知らないロシアという発言があったと思うのですけど、私は、事はもっと深刻で、五大国の「核戦争は戦えない」という共同声明が1月に出たのですけど、その1か月後にはウクライナに侵攻して、そういう現実を直視すると、理解していないというわけではなく、十分理解している国がこういうことをやるというところに深刻さがあるということを我々はしっかりと考えないといけないと思います。

【委員】
私の場合も、皆さん既におっしゃられた論点が殆どなのですけども、横浜で長崎ではないところで、今回の戦争を見ていると言いますか、経験していますので、周辺の人たちとの会話も恐らく被爆地とは少し違うかなと思っています。
そういう中で感じた私なりの文脈で幾つかの点の意見を述べたいと思います。最初にウクライナ侵攻の問題なのですけれども、少し回りくどい言い回しになってしまったのですけれども、「近代兵器の正規戦争が続いている」という、この言葉を探すのに苦労したのですけど、平和宣言を発する8月9日に戦争がなかったわけではない。沢山の戦争が世界では進行していて、そのことには触れなかった、触れなかったと意識的にしていたわけではないですけれども。
しかし、今回の戦争の中で、8月9日はこれまでの戦争とは違うものの中で人々が見聞きしていることを前提にしないといけないだろうと思いつつ、こういう言い方をしたのですね。近代兵器をお互い使っていますよね、ウクライナもアメリカから供与された戦車、対戦車ミサイルを使ってドローンを飛ばして相手の場所を見てやっつけるという、それは長期的に戦争が続いていて、それがテレビに流れるという状況の中で体験している戦争というので、今回の戦争は先ほど言ったように色んな戦争の中で平和宣言を発してきたけれどもやはり違うのだと。
そういう中ですごく感じたことは、戦争は人間を変えるということで、これは何人かの方が既におっしゃいましたけれども、目の前で戦争が進行していて、人々が死んでいく。何とかして止めないといけないと思うけれども、始まってしまったものはなかなか止められない。
どうしてもどちらかにつくという立場を迫られて、始まってしまった時に実はこの戦争はその前の段階で、よく言われるのですけれども、2014年から始まっている戦争だということも含めて、既にあったものの、ある時点から起こっているようなことが言っても始まらないという状態と言いますかね、目の前で起こっている状態になるので、人々は変わってしまって、そういう中でこのように戦争になればロシアは戦術核兵器をまず使うのではないかという話を専門家がテレビでし始めると、なるほどと考えるような人々のメンタリティーが広がっていく。被爆地ではそうはなかなかならないのではないかと思いつつ、身の回りでは核兵器も使うための兵器だということについての認識が人々の中で生まれていることが感じられました。
3月14日に、グテーレス事務総長が非常に的確にその状況を表現したと思うのですけれども、「考えにくい時期もあったが、核戦争の可能性が、いまは考えうるものに戻ってしまった」と、正確な英語の書き起こしの翻訳をしたつもりなのですが、新聞にも報道されました。これはやはりやや遠のいていたということはNPTでも政府間で言われてきたことだったのですが、事務総長が言うようにそうではない状況に戻ったということがいえると思います。ですから核兵器を使ってはならないという、核兵器はそもそも何かということを知っている被爆地から強いメッセージをこのタイミングで出したいということです。
よく戦術核兵器、低威力の核兵器をロシアが使うのではないかというところに足をすくわれるというか、違ったものがあると思います。低威力と言った時に1キロトンが代表的な言葉だと思いますが、通常兵器の高性能火薬が1キログラムで大変な爆発力を持つと思うのですけれども、キロトンはその100万倍です。
ですから1キロトンといえども、ダンプカー、10トントラックの大きなものですが、それに満載した高性能火薬、それが10トンなわけですよね。そのダンプカー100台に高性能火薬を積んで、一気に爆発させるのが1キロトンの爆発ということで、ともかく通常兵器にはない爆発力が出てくる、そこにはものすごく高い敷居があると。
その1キロトンと通常の戦略核で違いは100倍ですから、いったん核兵器の敷居の1キロトンを越えてしまうと、あと100倍になることはどうってこともないという話になってしまうので、そういう意味からも核兵器がたとえ低威力でも使えば戦争を全く違う世界に持って行ってしまうことなので、これは技術的なことですけれども、低威力とか戦術核の言葉持っている落とし穴を認識したいと思いました。
これは先ほどどなたか言われましたけれども、RECNAが毎年出している核弾頭数のポスターの標語、これは私が一緒懸命作ったので感慨のある言葉ですが、「存在する限り使われる」という言葉を載せています。やはり核兵器は廃絶しか他の道はないということを改めてこのタイミングで言われるべきであろうと思います。
北欧のスウェーデンとかフィンランドがこの機会にNATOへの加盟を早めようとしている。NATOは軍事同盟なのです。核兵器を用いて対応できる軍事同盟です。そういうメンタリティーに北欧の人々もなっているということで、戦争によって軍事力が必要だという教訓を日本の中でも生み出しているということがあると思います。意図的にこの機会を利用して軍拡に走る人だけではなくて、目前に展開される戦争の中で軍事力強化が必要だという教訓を引き出している人が多いと思うのです。
でもそうではないということを宣言の中でどう分かりやすく言うかということが求められていると思います。そして戦争を始めてはならないということが教訓であるべきだと思うので、そういうことを訴えたいということです。戦争は突然には始まりません。戦争の前には平時があってその時に周辺国との友好関係を築く平和外交が必要で、今回のウクライナの場合も先立って長い歴史があります。
NATOが東欧拡大していることが長い歴史の一つですが、日本の場合を考えた時に、北東アジアで対立を深めるようなことがこの間ずっと近隣諸国の関係が良い方向に行っているとはいえない。
ですから、平時の平和外交の大切さをもう一度きちんと訴えたいと。平和宣言では北東アジア非核兵器地帯のことを言ってきましたが、それは単に核兵器のない地帯というだけではなく、近隣諸国と話し合いをもとに一つの平和のシステムをつくるための第一歩という意味があったわけで、そのような平和外交の典型として北東アジア非核兵器地帯をつくる意味を訴える必要があるのではないかと思います。
平和外交に関して言えば、憲法九条の大切さは改めて確認したいと思いますし、九条で国を守れるのかという言い方に対して、九条でなければ国を守れないという九条を基礎にした平和外交、日本の近隣諸国への対し方によって戦争は防げるのだという論理だと思います。
次に書いたことは第1回締約国会議がこの起草委員会の2回目と3回目の間に開かれるので、具体的にどのような展開になるのかを踏まえて、最終的にはその成果と意義を言うことができるのではないかと思います。
これも最初から指摘されているとおり、8月9日は第10回NPT再検討会議が開会中です。延期されて、この1月に開かれるという文脈の中で先ほど委員もおっしゃいましたけれども、五核兵器国の首脳声明が出されました。「核戦争に勝者はない、核戦争はしてはならない」ということを言ったわけで、こう言ったことをラブロフ外相は最近再認識して、ロシアはこのことを知っていると言いましたので、決して忘れているのではないということであろうと思います。
それを基礎に「核兵器を使わない」をNPT最終文書として、これまでそういう表現で採択されたことはないのですが、今のこの局面で是非とも合意をすべきであると訴えてはどうかと思います。NPTは決めたことが実行されていないことの積み重ねでその信頼性がなくなっているのをいかにして止めるかが第10回再検討会議で問われています。
過去の合意の中でとりわけ今回絶対に失ってはならない2つの文言があると思います。2010年の合意の中で、前からの積み重ねでもありますが、一つは、「核兵器国は保有核兵器の完全廃棄を達成するという明確な約束をする」という文言で、これは核兵器国を縛っている最も明確なメッセージだと思います。日本政府はこの文言をなし崩しにしようという努力をここ数年、国連総会でやってきて、これは本当に恥ずかしいことなのですがこの文言をもう一度明確に、あるいはこの文言より進むことがあればよりいいですが、少なくとも再確認するべきことだと思います。
それからもう一つは、「あらゆる種類の核兵器の備蓄の総体的削減に速やかに向かう」ということにも文言として合意されています。戦術核・戦略核問わず、速やかに減らすということを核兵器国もこの文言に合意をしているわけですから、それを再確認して、より具体的に何に合意するのかということが問われていると思います。
それからもう一つ大事なのが「不可逆性」。これは日本政府も繰り返し言ってきたことなのですが、軍縮合意において、不可逆性というのは重要な原則であると。一旦合意したものを元に戻してはいけないと言うことです。その意味ではINFを破棄したアメリカとロシア、それからイギリスが核弾頭数の上限を高める発表をしましたけれども、これも合意を逆方向に進めるものであって、無論NPTの合意に反することですから、不可逆性の原則によって放棄してはならないと、元に戻さないことも今回求められていると思います。以上です。 

【委員長】
通り皆さんにお話しいただきましたが、前半の時に言い足りなかったとか、これも言いたかったとか、今日1回目の会議あと数分ですがある方は手を挙げてください。大丈夫でしょうか。分かりました。
今回いただいた様々な視点を取り入れながら第2回目の会議で文案をつくっていきたいと思いますが、皆さんから様々なご意見をお伺いしました。かなり、私も思っていることと重なる部分がありましたけれども、一つは核兵器が使われるということに対するメッセージを発することが重要だと思います。
これまで東日本大震災の時には放射能への恐怖から入って、核兵器が使われてはならないということに繋げてメッセージを出しました。それからコロナに関しても世界中が同じ課題を抱えているという観点から核兵器が実際に使われた時のことを想像してほしいということも訴えてきました。
今回はもっとストレートに核兵器そのものが本当に使われるかもしれないという状況を迎えています。そういう意味では核兵器が使われないだろうというのが幻想であって、核兵器が実際に使われるということがあり得るということを世界の皆さんと共有する機会になるべきではないかと思っています。そのことはしっかりと訴えたいと思っています。
そしてもう一つは、今回のこういった動きの中で、やはり核兵器を持つべきだと言う核共有等の議論ですね。その方向に進むことがより世界を危険にしていくという、自分自身も危険にしていくという、どちらの方向に向かうのかという問題も色々皆さんからご意見が出ましたけれども、そのことについても訴えていく非常に大事な機会になるのではないかなと思いますし、同じ現象を目の前にしながら全く違う方向に進んでいくことがあり得る状況ですので、今後そういった方向に進んでいくことを止めるという意味でも、そのメッセージも大事になってくるのではないかなとも思います。
皆様から頂いた様々な観点を組み合わせながら、限られた字数になりますので、しかもその中で一定の道筋があるものにしていきたいと思いますので、取捨選択もさせていただきながらまずは原案をつくって、2回目の会議にお示しできるように準備をしていきたいと思います。
今日は様々な論点についてご議論いただき、また色々ご提示いただき、また書かれていない言葉の裏にある思いなどについてもお聞かせいただいたことに感謝申し上げたいと思います。
それでは第2回目の会議に向けてしっかりと準備をしていきたいと思います。本日はありがとうございました。

以上

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