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平成28年度第3回 長崎原爆遺跡調査検討委員会

更新日:2022年4月20日 ページID:038510

長崎市の附属機関について(会議録のページ)

担当所属名

原爆被爆対策部 被爆継承課

会議名

平成28年度第3回 長崎原爆遺跡調査検討委員会

日時

平成29年2月2日(木曜日) 9時00分~

場所

長崎原爆資料館地下1階平和学習室

議題

・山王神社確認調査について
・長崎原爆遺跡分布調査用基礎図について
・旧城山国民学校校舎の補修について

審議結果

会長

今日は委員の半数以上が出席されておりますので、当会議については成立するということで、ただいまから第10回長崎原爆遺跡調査委員会を開催いたします。

それでは、山王神社確認調査について、事務局から報告をお願いします。

事務局

遺跡の性質・特徴を検討するため、地下遺構の有無を確認し、原爆被爆との関係の有無を検討する調査を実施しました。

平成25年度から長崎原爆遺跡の調査を行っていて、現時点では写真資料や地上にある遺構・遺物・樹木が確認でき、ヒアリング調査により被爆前の境内地の土地利用が判明し、図面に書き込みました。

また、調査に先立ち調査区のグリッド図を作成し、4か所の調査区を設定しました。

調査区は石畳の北側の西から1区・2区・3区、石畳の南側が4区となっております。

発掘に際しては、対象となる遺跡が近現代のものであり、遺構や遺物を含む包含層の有無や堆積の厚さが分からないため、人力で慎重に掘削することとしました。掘削は12月8日から開始しました。

〔各区の調査結果の説明〕

1区では、地表面から3層目に炭化物を多く含む黒色の土層があり、被熱した瓦も出てきましたので、原爆に関係する層である可能性があると考えました。3層は一番浅いところで地表面から7cmの深さでした。3層と同じ高さで一部黄色っぽく見える土は上の層からの掘り込みで、戦後に作られた土俵の一部である可能性が考えられます。

西側の一部でさらに4層の赤色を呈する土を掘り下げ、土俵と思われる黄色い土層の下に、漆喰や天川状のものが敷かれているのを確認しました。

地表面下25cmほどの5層では、木材や人頭大の礫を検出しました。礫は同じくらいの高さで複数、平らな面を上にして埋まったような状態で、その面が地表面であった時期があるものと考えられます。3層と4層が原爆後の整理を行った際にできた層であると考えると、5層は被爆時の地表面である可能性があります。木材と礫は、最初に設定した調査区外にも広がっているようでしたので、調査区を北側に拡張し、木材の北の端を検出しました。2本に見えていましたが、少し掘ると1本であることが分かり、長さ190cm・直径20cmほどの木が露出した状態です。この木材も、被爆時に地表面に出ていた可能性が考えられます。5層に埋まっている下のほうより上のほうが損傷が大きいという状態でした。1区の西側のトレンチでは、地表面下40cmの6層で礫の集積や天川状のものが貼られた平らな石が検出し、被爆前の何らか人為的なものであると考えられます。

2区では、現在花壇として使用されている場所を深さ45cmほどまで掘りましたが、被爆して倒壊した四の鳥居の基礎石は検出できませんでした。地表面下30cmほどのところで金属の管が埋設されているのが見つかり、調査区のすぐ南側を側溝が通っていますので、後の時代に撹乱を受けているようです。同じくらいの高さで礫が複数見つかっていますが、鳥居との関係は今のところ不明です。

3区では、地表面下7センチメートルで漆喰や天川状のものを検出し、前回の委員会で報告しました。その1層下の地表面下12cmのところでも漆喰が見られたほか、地面に瓦を漆喰で貼り付けたものを検出しました。上の層の漆喰・天川は崩れた土塀の成分、下の層の地面に瓦を漆喰で貼り付けたものは、土塀の基礎遺構である可能性が考えられます。さらに下に遺構が存在するか調べるため掘り下げました。人頭大の礫が多数検出しましたが列にはなっておらず、土塀や原爆とは関連が薄そうです。

4区では、表土とその下の層の20cmほどにガラが多く含まれており、戦後によそから持ち込んでかさ上げしたという証言どおりでした。その下の層は、四の鳥居の基礎石や、それにかませてある根石がある層ですので、被爆前から存在する層であると考えられます。しかし、被爆時の地表面と明瞭に分かるものは検出できませんでした。この面で検出した土壙は、性格は不明ですが、埋め土にガラスや近代以降の陶磁器が含まれていました。基礎石の東西両側を掘削して基礎石より下層の断面を観察しました。結果として基礎石の下に敷かれる栗石は確認できず、鳥居の基礎石の直下にのみ敷かれていたと考えられます。また、基礎石周辺の穴の掘り方の観察から、鳥居設置に際して、広めに掘削し穴の中心ではなく片側に寄った位置に鳥居の基礎を据えたと見られます。

最後に、現時点における総括と今後の展望です。本確認調査により得られた成果を現時点で集約すると以下の3点となります。

一つ目は、山王神社における被爆前・被爆時・被爆後の土地利用の形態を明らかにしたことです。1区における被爆直後の整地層の検出や、戦後の土俵の跡と見られる場所の検出、2区における遺構の撹乱、3区における土塀跡の検出を通して、被爆前の状況、被爆による被害、被爆後の状況の確認ができました。

二つ目は、ヒアリング調査により得られた成果と発掘調査における成果に符合する点が見られたことです。神社関係者のヒアリング調査で被爆前に土塀が存在していたとなっていましたが、これを裏付ける成果を得られました。これを今後、被爆写真における調査等と整合させていくことが重要となります。

三つ目は、原子爆弾被爆により破壊された鳥居の基礎構造の一端を明らかにしたことです。4区で検出した四の鳥居は江戸時代のものと見られ、原爆により倒壊しました。破壊された鳥居の基礎のうち原位置をとどめているのは二の鳥居と四の鳥居のみであり、今後の調査の基礎資料の一つとなると考えられます。

今後は、依頼中の1区の土壌の自然科学分析の結果を踏まえ、遺跡の性質、特色などを明らかにしていくことになります。

会長

少し私のほうから補足を述べさせてもらいたいと思います。

山王神社の神域にグリッドを敷くというのは、今後この遺跡自体が周辺の環境を変えてきたときの調査その他等をやったときの目安にするためです。グリッドを敷くことによって、どの時点からどういうものが出てきたということで、早めにグリッドを敷いてきちんとしておきたいと、これは別に原爆遺跡の山王神社だけではなくして、旧城山国民学校についても、それから浦上天主堂についても、ある程度の面的な広がりをもって、グリッドを全部敷いていくというかたちでやって、どこでどういうものができたということをやっていく。そのためにはこのグリッド図は、今後におきまして基礎図になりますのでグリッドのナンバーをきちんと明記すること。

併せて、標高を計測した所の標高点もきちんと明記するということ、地点を明らかにしておくことをやらないと、この図が使えない。

これを活用するためこのあたりは厳しくやっていきたい。

私自身原爆層というのはかなり厚く残っているものだと思っていた。山王神社のところが神域であったためその後転用されていないことで、原状がそのまま把握できるのではないかと非常に期待していた。ところが原爆層は厚くは出てこなかったんです。

これは、爆心地の横の土層の堆積とはかなり違っているんです。これで分かったことは、もともと神域だったため、原爆の被害を受けた人工物が堆積するだけの材料が少なく、原爆の被害を受けた、層を形成するだけの多くのものが出てこなかった。

また、その後住宅が密集する所がなかったために、状態がそのまま残された。だから非常に薄く出てきています。これで分かったことは、原爆の強さというのは一瞬に走ったんです。だから、地下の中に影響を及ぼすということはほとんどないですよ。

ただ、一瞬の間その強いものが走ったからむしろ表面にあるもの、それで影響も受けたものだけが変色している、あるいは変化しているというものは認められている。だから、非常に層位自体は爆心地に比べると薄かったということです。

もう一つは、先ほど「木材」と言いましたけれど、あれは恐らくクスノキの根なんです。根の中で、恐らくあれは地表面に出ていた、あるいは地表に近いところにあった根だと思うんです。これが、(熱線が)走ったために、本来丸である木の根っこが、上の半分だけが影響を受け、下のほうは原状として残ったまま、そのままのかたちで埋没された状態で残っているのではないか。そういうことが確認できたということは、成果だったし、今後他の対象地もやっていく中で、非常に慎重な調査によって成果が挙がっていくという気はしています。

委員

この調査の目的といいますか、何を明らかにしていくのかということが、実はちょっと私にはまだ分かりにくいところがあって、要するに掘っていくことによって見えてくることというのはあるわけですが、一つは想定される遺構がそこにあるのかどうかというような問題と、堆積状況がどうなっているのかという問題と、そのあたりは見えてきているのかなという感じがするんですが、今回あるいは今後、ターゲットがどのように設定されていくのか、あるいは設定すべきなのかということが、ちょっと気になっております。

先ほど会長から御説明があったとおり、グリッドを作って、それでやっていくとなると、調査対象は際限なく広がってくるわけで、そうすると優先順位を付けてとか、特にそこを知りたいとかというターゲットをもし事務局のほうでお考えがあれば、あるいはもし会長や他の委員の先生方が把握している部分があれば、お聞かせ願いたいというところがあります。

もう一つは4区、つまり参道の南側一帯というのは被爆前何だったんでしょうか。

会長

実際にこのグリッドを敷いてやるということは、今後この山王神社といわれるものの、今指定されている領域を、いわゆる点から線、線から面という広がりをもって調査していくときに、どこまでを遺跡として認めるかというかたちです。

現状の中においては全てグリッドを敷いた所を掘ろうという気は一切ございません。ただ、この山王神社の被爆状況というのはどうであるかということで、グリッドを設定したのは、どこをどう掘るかといったときに、神社関係者等における「原状がこうである」とか「昔こうであった」というようなところから、ではそういう遺構を見つけて、遺構の中に、もし見つかったら、そういう原爆の影響がどう見られるかということが一番なのではないのかということで調査をやりました。

あくまでも、その土地を掘ったときに、その土地が何らかの影響を受ける前の状況と、それから受けた時、受けた後に、その状況がどう変わっていったかという三つの面で見ていくということ。これを三つ取り上げておかないと、例えば原爆だけを取り上げてやっていくと、今後「その前はどうだったんだ」といったら捕まえにくいという、そのプロセスをきちんと大切にしていく。

だから今の時点でやってきて、恐らく今度50年後、100年後にまたあの辺を掘るということも出てくるかもしれません。そのために設定した。

ほとんどの所は、やはりもともと堆積物が小さい上に、整地された時に清掃されているということです。だから、この辺については城山小学校の校庭の状況等も一緒であって、比較的早い段階に再利用するために、清掃されているというのが原爆遺跡のその後の特徴だと捉えられていますね。だから、復興に即座に取りかかっていると、必要な所は清掃されているということが言えるのではないかなと思っています。

今後、今のところの状況で何を求めているかということは、破壊されたものがどこにどういう状態で残存しているかということになります。これは現在の社殿の上り口の左側に、鳥居の扁額等構築物が積んであります。見られる状況ではなく、雑然と置いてあります。それで、こういうものをもう一度きちんとして確認するということ、どのようにして保存するかはまた今後でしょうけれど、どういう位置にどういうものが残っているかということをきちんと確認する。中には忠魂碑みたいなかたちで使われている部分もあります。こういうものは、どこにどういうものが今残っているかということを確認していくということ、それをもとにして今後どのようにすればいいかということです。

併せて、二の鳥居の横にある鳥居の部材の一部が、道路の隅に置いて見られるようにした、あの状況でいいのかどうかというのも、もう一度考えておいてください。だから、本来であれば少なくとも、覆屋なり何なりを作ってやるべきではないかという気もするんです。道路の横に建築材を転がしているみたいな感じではなくて、もっと見せるのであれば見せるとか、少なくとも覆屋くらいは作ってやっておかないと、大変なのではないかという気もします。

また、鳥居の扁額とか狛犬の部材がどこへ移動されているのか把握をしておく必要がある。

ある程度、きちんとした管理は、「今できることはやっているんですよ」ということをしたいと思っておりますので、以後は山王神社については、そこまでは早急にやっておくべきでところではないかなという気がしております。

事務局

委員の御質問なんですけれども、現在御覧になっている図面の中で下側に、参道を挟んで下側の空間が空いております。こちらの部分は、以前は特に構築物が、拝殿とか神殿とか、そういうものがあったわけではなくて、そのままの空間としてここはこのように空いていたということが言われています。特段ここに構築物があったという記録とか証言は、現在のところございませんので、当時から一定の空間としてここは空いて、境内地として使われていたものと考えられます。

委員

なぜ、そのような質問をしたのかお話ししたいと思います。鳥居があって、狛犬があってという部分はある程度想像がつくのですが、被爆時の地上の利用状況についてのイメージが弱いなと思った。もちろん、比較的被爆を経ても残りやすい構造物は物として残っているから、そこから分かってくることもあるでしょうし、発掘しながら分かってくることもあると思います。ただ、もう少し当時この一帯がどう使われていたのかというような情報が、まとめられていってもいいのかなという感じはします。

ここに二の鳥居が残っていて、今回の調査対象になったような四の鳥居も、ここに立っていたのであろうという話をしていく中で、被爆に関わっていろいろものを考えようとするときに、ほかはどうだったんだろうという発想が出てくると思うんです。写真がそうそうあるわけではないでしょうし、十分な記憶がお歳を召した方の中にあるわけでもないでしょうが、何かその辺のイメージで、もしかしたら手近にある情報でもう少しまとまるものかもしれないと気になったので質問をしてみたというところです。

委員

過去の歴史の包含層というのが非常に薄いから、確実に記録にとどめるためには、やはり綿密な調査が必要だと思う。だから今会長がおっしゃったように、「きちんとした将来的な、調査の展望ができるような作業をやってくれ」というのが、今の段階だと思うんです。後で解析のできるいろんなデータは、間違いなく今取れていると思います。でも、こんなにいわゆる文化層が薄い発掘調査というのは、なかなか難しい。だから、その中で最小限のものでどうやって、委員がおっしゃったような被爆当時の状況の復元をいかにやるのかということが、大事だと思うんです。だから、今やっている調査というのは、被爆当時の原状を細かに把握してみようと、それに今度は被爆の前の状況はどうやって調べるかといったときには、特に地域に住んでいる人たちの記憶にのっとって、調査の結果から被爆以前のあの辺の風景のスケッチができないだろうかと、だからイラストレーターみたいな人たちにお願いして、地元の人からいろんな話を聞いて、発掘調査のデータと併せて、ここに塀があってここに何があったという絵が描けたら。

被爆のその後の地層というのは調査してみても薄いから今の状況を写真で撮って、被爆当時の状況と、それから被爆以前の状況を何らかのかたちで、スケッチを描いてほしいと思う。

事務局

グリッド図について今後この図が将来誰かが使えるようなかたちで、しっかり図面として残していくというのが非常に重要だということが分かり反省しているところです。

御指摘のポイントについては改善して表記をしていきたいと思います。

それから、山王神社の境内がどういうふうな使われ方をしていたのか、神社関係者の方たちの中には、まだお話が聞ける状況にある方がいらっしゃいますので、その方たちに当時の状況というのを、記憶の中から取り出して話をお聞きして、併せてこの地層について調査したことで分かってきたものも反映させたかたちで組み合わせをして、当時の状況を残していけたら、被爆当時1945年8月9日の前後が、もっと一つの科学的な調査の検証結果をもとに、構成できるのではないかということを、考えていきたいと思います。

会長

第2番目の項目の長崎原爆遺跡分布調査用基礎図についても事務局から説明をいただいて、それから委員の先生方の御質問等も併せてまたいただきたいと思います。事務局の説明をお願いします。

事務局

平成28年3月に出た『長崎原爆遺跡調査報告書(Ⅰ)』の取りまとめの段階から課題として指摘されていた、長崎原爆遺跡が持ちうる空間的広がりや遺構の残存状況を調査し、長崎原爆遺跡として活用や保護が必要なものを抽出するため、長崎原爆遺跡の分布調査を実施したいと考えております。

〔今年度はその前段として、基礎図作成を行う旨を説明〕

委員

対象物件が多いし、範囲が1キロメートルということで限定はしてありますが、今の原爆資料館の体制でこれはできるんですか。

事務局

この地図に収められている範囲は確かに大変広うございます。これを、いつまでにどういうかたちで調査をしていくというものは、現段階ではまだ明確に予定を組んでいるわけではございませんけれども、まずこの基礎図というものが今作っておくべきベースになるものの一つではないかということで、これイコールずっとこのあたりをしっかり調査に入るという段階ではまだないということでございます。

委員

今課長さんがおっしゃったように、この分布調査が、いうならば今後の調査の中の基礎材料になると思うんですよ。それで我々が今まで議論してきたのは、限定された物件で、それについて、特に史跡指定を目的にしていろいろ議論してきたんですけれども、史跡の指定になって今後さらにいろんなかたちで、この史跡の厚みを増していくためには周辺の原爆遺跡をいかに今後調査して追加していくかということになると思うんです。非常に大事な基礎調査でございますから、それなりの体制を整えないと、大変ではないかと思うんですよ。一方では今我々がやっている限られた物件の調査で、今の人たちがやっていますけれども、さらにこれが入ってくるということになればちょっと何か力が分散されてしまって、虻蜂取らずになってしまうのではないかなという感じがするんですけれど、いかがなものでしょう。

事務局

今御指摘いただいておりますけれども、今ここにあるこれだけ全部というのを、全部調査するというのは、これはもうやはり現体制でやっていくとか、それからいつまでにするというのは、やっぱり非常に難しいとは思います。ただ、被爆から70年が過ぎまして、今後100年、150年、やっぱり長いスパンで見ていくとき、遺跡とすればそれが今調査するよりも10年後、むしろ100年後したほうがきちんとしたものが出てくる可能性もあるでしょうから、我々としては、今は基礎的なデータをきちんとそろえておいて、また今後にまわすという中で、今回の五つの史跡に指定していただいた分、こういったものをきちんと調査をまず確立をしていくということを考えております。

私、先ほどから御意見を聞いて、今回でもこれだけ議論する中でも大きいと思うのは、会長が先ほどから「原爆層」という言い方で、この言葉、実は私も始めて聞きましたけれども、捉え方としては「原爆層」の中というのは、多分一つには熱線層というのがあると思います。先ほど山王神社に出てきたのは熱線の部分だと思いますし、それから「火災層」という火災の後に燃えた層があって、さらに「整地層」というかたちで、その後整地したというような、理念的にはそういったものを考えられると思いますし、今回こういった地形の中で、この地図を見ると確かにこの辺には熱線の跡が残っているかもしれないとか、あるいはその後のむしろ整地で何も残っていないだろうと思っていても出てくるものもありますので、そういった基礎的な考え方とかデータを今回の中で、議論をしていただければ今後30年、被爆100年、あるいは150年に向かっての基本的なパラダイムというか基礎的なことをきちっと固められると思います。そういった位置付けと考えております。

会長

旧城山国民学校校舎の補修について、事務局からお願いします。

事務局

旧城山国民学校校舎の応急修理について御説明します。

設計として4点応急修理を検討しております。1点目は屋上防水です。屋上防水に関しましては現状このような形になっております。シート防水を行っていたんですけれども、そのシート自体が劣化して、たわんでしまっているということで、平成28年6月の集中豪雨の時には、一定の水が染み出すような状況が見られていたので、これは非常に早急に手を打たなければいけないということで、現状と同じ機械式の固定でシート防水をすると、シート交換をするときに、下の躯体も調査をするということを指導されておりますので、1週間程度ではありますが、調査できるように期間を空けるということを設計しております。

続きまして外壁の北面の剥落物の対策を考えております。これにつきましては、2階の梁の部分、柱の部分、3階の梁の部分、柱の部分というのが、非常に剥落しやすい状態になっております。ここにつきましては、すぐそばに永井坂が通っておりまして、児童の通学路になっておりますので、剥落物をそちらのほうに落とすわけにはいかないということと、ただ、文化財としてまだ価値付けの定まっていない部分、部位といいますか、そういう柱、梁のどこの部分でどういうふうに残していくかというのが決まっていない以上は、安易に落として安全を確保するというのも非常にちょっと安易すぎるということで、ネットを張って、剥落物への対策だけを実施するということで考えております。

外壁の西面の爆裂の対策も考えております。ここも校舎から切り離した部分という意味では同じところではあるんですけれども、学校として利用していた時の仕上げ面がもう残されていないということで、ここは試験施工という意味合いも含めて、端島でも使われている、亜硝酸リチウムを使った工法を試験施工したいと考えております。

最後に、外壁のスクラッチタイルの剥落物対策ということで、塔屋の一番上の部分の側面に、スクラッチタイルが貼られております。これがもうモルタルが浮いてしまっていて、叩けば甲高い音が鳴ってしまうという状況になっていますので、これもスクラッチタイルを一度剥いで資料館で保管した上で、しかるべき整備のときにもう一度どういう処遇をするかを検討すると、その間は防水の対策をしておくと、そういうことで考えております。

スケジュールとしましては、1月27日付で現状変更の許可をいただいておりますので、現在契約事務を進めているところです。もうすぐ着手ができると考えております。3月15日までに足場を撤去したいと考えております。

会長

この件につきましては、この会から委員が入ってもらっておりますので、今後何らか変わったところが出ましたら、事務局は報告をしていただくということで、終わらせていただきたいと思っております。

それでは、第10回長崎原爆遺跡調査検討委員会を終了したいと思います。

お問い合わせ先

総務部 行政体制整備室 

電話番号:095-829-1124

ファックス番号:095-829-1410

住所:〒850-8685 長崎市魚の町4-1(9階)

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