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名誉・栄誉市民

更新日:2017年10月5日 ページID:007009

名誉市民

名誉市民とは

社会の進展又は文化の興隆に貢献し、その功績が卓絶で、世の尊敬を受けた市民又は本市に縁故の深いかたに贈られる称号です。

名誉市民一覧
氏名 顕彰年月日 功績概要
永井 隆 昭和24年12月3日 原爆被爆医学者として、原爆病と闘いながら病床より「原子病概論」「長崎の鐘」等原爆の悲惨さを訴え、また、平和の願いをこめた著書を世に送り、復興途上にあった本市市民の精神的支柱となり、全国民に愛と平和に対する認識を新たにさせた。(昭和26年5月1日没 享年43歳)
カロライン・S・ペカム 昭和32年7月12日 円満な人格と高邁な識見をもって、40年余にわたり本市の女子教育に尽瘁され多くの人材を養成された。また、本市の文化向上のため各種文化事業に進んで協力され、その生涯の殆んどを本市の教育文化の向上のために捧げられた。(昭和57年12月12日没 享年91歳)
古屋野 宏平 昭和43年12月21日 原爆被災により荒廃した長崎医科大学の復興に献身的努力を重ね今日の基礎を築かれた。また、公安委員会の委員長、各種の文化団体等の要職にあり、幅広い活動を続けられ市民福祉の向上、学術文化の振興発展等に貢献された。(昭和51年1月20日没 享年89歳)
田川 務 昭和44年3月29日 昭和26年から16年間長崎市長として、原爆で荒廃した本市の復興に献身的努力を重ね、昔日にまさる復興をなしとげ今日の躍進の基盤を築きあげるとともに、市民生活の向上発展にも大きく寄与された。(昭和52年9月5日没 享年79歳)
諸谷 義武 平成8年3月28日 昭和42年から12年間長崎市長として、広域産業都市及び国際観光文化都市の建設に日夜尽力され、市民の福祉の向上に大きく貢献された。また、芸術文化の先駆者として本市の芸術文化の礎を築かれ、その振興発展に多大の貢献をされた。(平成14年4月16日没 享年95歳)
土山 秀夫 平成22年12月13日 核兵器廃絶地球市民集会実行委員会の委員長として、4回にわたり「核兵器廃絶-地球市民集会ナガサキ」を開催するなど、被爆者と市民、NGOが主導する長崎独自の平和活動を築き上げるとともに、核兵器廃絶の取組における理論的、精神的支柱として、長崎市の平和行政に大きく貢献された。(平成29年9月2日没 享年92歳)

栄誉市民

栄誉市民とは

本市の住民又は本市に縁故の深いかたで、次のいずれかに該当するかたに贈られる称号です。

  1. 公共の福祉の増進又は産業、経済若しくは文化の発展その他について、その功績が特に顕著であり、市民の敬愛の的として仰がれるかた
  2. 都市の親善に寄与し、その功績が顕著であるかた
栄誉市民一覧
氏名 顕彰年月日 功績概要
田口 長治郎 昭和54年5月16日

水産関係団体の要職を歴任され、昭和24年以来20数年にわたり衆・参両議員として国政に参画し、本市の水産界の振興発展はもとより、原爆被災後の戦災復興や都市の近代化の推進に多大の貢献をされた。

(昭和54年5月4日没 享年85歳)

今村 等 昭和54年11月16日

炭鉱労働者出身として労働運動に入り、以後その生涯を通じ一貫して地方第一線の労働運動家として活躍された。この間、日本鉱夫総連合会中央執行委員・日本労働組合同盟中央執行委員などの要職を歴任、また、長崎市議・県議を務めた後、衆議院議員として、地方政治ならびに国政に参画し、労働運動の先駆者として役割を果たし、労働運動の発展を通じて公共の福祉増進と地方自治・国政に多大の貢献をされた。

(昭和54年11月1日没 享年87歳)

江角 ヤス 昭和55年12月1日

大正15年4月以来、54年間人間性豊かな情操を養う女子教育の第一線で活躍され、この間、長崎・東京・鹿児島に純心女子学園を創立し、私学の振興に多大の貢献をされた。また、自らの原爆被災の体験から、日増しに高齢化し、今なお原爆の後遺症に苦しむ老人への奉仕を願って純心聖母会を設立し、恵の丘原爆ホームなどを建設して社会福祉の増進にも多大の貢献をされた。

(昭和55年11月30日没 享年81歳)

西岡 ハル 昭和58年12月20日

婦人代表として婦人参政権運動に尽力され、昭和28年3月、自由党初の女性参議院議員として国政に参画し、遺家族・引揚者・その他恵まれない方々への施策、売春防止法の制定、児童福祉施設などの整備促進を図られた。また、新聞社の要職を歴任され、地方文化の向上と地域の振興はもとより、原爆で荒廃した郷土の復興のために活躍され国政に多大の貢献をされた。

(昭和58年11月30日没 享年77歳)

住田 政之助 昭和60年4月8日

昭和26年4月から連続6期24年間長崎市議会議員として、市政発展のため寄与され、国際文化都市・広域産業都市建設の推進に大きく貢献された。この間、連続3期12年間にわたり市議会議長に就任し、円満な人格と卓越した識見により、円滑な議会運営を推進され、地方自治の育成発展に顕著な功績を残されるとともに、多年にわたり社会福祉関係団体の要職にあって、社会福祉の増進にも務められた。

(昭和60年4月7日 享年84歳)

小林 ヒロ 昭和60年4月26日

昭和26年4月から1期4年間長崎市議会議員、その後4期16年間長崎県議会議員として、市政発展のため寄与され、特に戦後の混乱期にいち早く婦人会を結成し、多年にわたり婦人団体の要職を歴任され、豊富な経験と卓越した指導力により、婦人の地位向上に多大の貢献をされた。さらに、原水爆禁止運動にも積極的に取り組まれ、今日の平和推進運動の基盤確立に尽力された。

(昭和60年4月24日没 享年87歳)

調 来助 平成元年4月27日

昭和17年長崎医科大学(現長崎大学医学部)教授に迎えられ、昭和20年8月9日の原爆による壊滅的状況の中で、被爆者の援護・治療にあたられ、その後も被爆者の検診を行うなど医療や研究に取り組まれた。原爆症の調査・研究を通じて被爆者行政の推進に尽くされた。

(平成元年4月15日没 享年89歳)

さだ まさし 平成16年4月13日 昭和47年のデビュー以来、長崎にちなんだ曲を数多く作り、芸能活動をとおして本市の紹介に努められ、昭和62年からは毎年8月6日、平和コンサートを無料で開催されている。また、平成10年に「長崎ブリックホール」の名誉館長に就任、さらに、平成15年には「ながさきピースミュージアム」を開館され世界へ平和を発信されるとともに、長崎を題材にした本人原作の小説を映画化し、全国に長崎をアピールされるなど、文化、産業、経済の振興発展に多大の貢献をされた。
松田 皜一 平成19年12月27日

長崎市観光協会(現 社団法人長崎国際観光コンベンション協会)や長崎伝統芸能振興会の会長、長崎商工会議所会頭などを多年にわたり務められ、本市の観光・文化・経済の発展に多大な功績を残された。また、長崎県観光連盟会長も歴任されるなど、本市だけでなく長崎県の発展にも貢献された。

(平成19年11月18日没 享年85歳)

西岡 武夫 平成24年1月10日

昭和38年11月から衆議院議員を11期、参議院議員を2期務められ、その間本市出身者として初の参議院議長に就任されたほか、文部大臣などの要職を歴任され、国政の中枢にあって我が国の発展に尽力された。また、地域の実情にも精通され、原爆被爆者援護の充実、教育施設や新幹線をはじめとした社会資本の整備などの各分野において、多大な貢献をされた。

(平成23年11月5日没 享年75歳)

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