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平和宣言文起草委員会

更新日:2019年7月1日 ページID:033022

ホッとトーク

  毎年、8月9日に市長が平和祈念式典で読み上げる平和宣言は、基本的には、市長がつくり、市長が読み上げるものです。でも市長一人の考えではなく、できるだけ多様な視点を取り込みつつ、世界に届く平和宣言にするために、長崎市では長年、「起草委員会方式」を取っています。
 15人ほどの起草委員の皆さんに、いろいろな意見やアドバイスをいただきながら、案を練っていくのです。起草委員会は毎年3回開かれ、2カ月ほどの時間をかけてつくり上げていきます。

起草委員会の様子

今年も多くの皆さんと意見を

交わしています。

 12年前に初めて起草委員会に出席し、進行役を務めた時のことは今でも覚えています。少し緊張して会議室に入ってきた新米市長を起草委員会の皆さんは温かく迎えてくれました。後に長崎市名誉市民になる土山秀夫先生が、国際情勢や核兵器の歴史のことを時間を割いて解説してくれるシーンもありました。
 私自身は、宣言文に毎年何か特徴的なメッセージを入れたいと考えていました。その年は山王神社の被爆クスノキを紹介し、「決してあきらめない」という長崎の核兵器廃絶への思いを表現することにしました。
 それから12年がたちました。核兵器をめぐる国際情勢は大きく変化し、平和宣言に込めるメッセージも変化してきました。起草委員会の様子も、時間の経過とともに少しずつ変化してきています。
 最大の変化は、若い世代の起草委員が加わったことです。今年の起草委員会でも、学生の委員さんたちが、若い世代ならではの意見を率直に述べてくれています。
 初めて若い世代の委員に加わってもらった時、「私たちに核兵器のことを教える時に、『核兵器は悪い』から教えないでほしい。事実を教えていただいて、自分たちで考えたい」という意見を述べてくれました。とても新鮮で、多くの委員がうなずいて聴いていたのを覚えています。
 「あまりにも生々しい表現は、まるで映画を観ているように感じてしまう。もっと身近に感じられる表現でないと、若い世代には伝わらない」という意見もありました。これも非常に印象的な意見でした。
 被爆者の委員と若い委員が一緒にテーブルを囲むことで、どんな言葉を選ぶべきかが少しずつ見えてきます。若い世代の参画は、確実に平和宣言に変化をもたらしてくれています。
 年によっては、3回の起草委員会の後に、数人の委員に集まっていただいて4回目の議論をすることもあります。私自身、最後の最後まで推敲を重ね、毎年、締め切りギリギリに長崎平和宣言は完成します。

 核兵器をめぐる国際情勢はとても危険な状態になっており、長崎の役割も大きくなってきています。一人でも多くのかたに長崎の思いが伝わるように、今年もギリギリまで考え続けたいと思います。


 


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