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スコティッシュ・サムライ

更新日:2016年10月1日 ページID:028879

ホッとトーク フランスのヴォスロール村は、ド・ロ神父の故郷です。1978年、外海町の平野武光町長がヴォスロール村を訪れ、姉妹都市の縁を結びました。
 その申し込みをした当時、ヴォスロール村の人たちからは「マルコ・マリ・ド・ロってだれ?」と言われたそうです。ド・ロ神父がフランスから長崎にやってきたのは28歳の時。それから74歳で亡くなるまで一度も故郷に帰ることはなかったのですから、無理はありません。
 確かなことは、ド・ロ神父がいなかったら、二つのまちが姉妹都市の縁を結ぶことはなかったということです。
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 トーマス・ブレーク・グラバーさんも同じです。
 グラバーさんがスコットランドから長崎にやってきたのは21歳の時。若く野心に燃えた青年実業家は、その商才を発揮して、数年のうちに居留地の名士となりました。そして、日本で73歳の生涯を終えました。
 グラバーさんの故郷アバディーン市と長崎市が「市民友好都市」の縁組をしたのは2010年。今から6年前のことです。
 アバディーンでは、グラバーさんの名前は、長崎ほどには知られていません。でも20年ほど前にアバディーン出身の歴史家アレキサンダー・マッカイさんが「スコティッシュ・サムライ」という本でグラバーさんを紹介して以来、ずいぶん知られるようになりました。「スコットランドの侍」という意味のこの本のタイトルは、アバディーンではグラバーさんの代名詞になっています。
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 ところで、「長崎ほどには知られていない」と書いたものの、はたして私たちはグラバーさんのことをどれくらい知っているのでしょうか?
 グラバー邸の主であることはだれでも知っています。日本で初めて蒸気機関車を走らせたことはどうでしょうか。高島の炭鉱を経営したことや、息子の倉場富三郎が貴重な漁譜を残したことは、案外知らない人も多いかもしれません。
 忘れてはならないことは、ド・ロ神父がそうであるように、グラバーさんも長崎の恩人であるということです。
 世界遺産の小菅修船場跡(そろばんドック)に残る曳揚げ装置などの機器はグラバーさんがスコットランドから調達したもので、彼は長崎の造船の生みの親の一人です。息子の倉場富三郎はトロール漁法を初めて導入して、漁業の振興に力を尽くしました。そして親子が住んだグラバー邸は、世界遺産になり、長崎の観光を支え続けています。
 考えてみると、長崎の主要産業である「造船」「水産」「観光」のどれにもグラバーさんが関わっていることになります。
 2019年、ラグビーワールドカップが日本で開催されるときに、スコットランド代表チームが長崎で事前キャンプをすることが決まりました。実はこれもグラバーさんの縁があったからです。スコティッシュ・サムライへの感謝を忘れてはいけないとあらためて思います。
 

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