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リオ・オリンピック

更新日:2016年9月1日 ページID:028781

ホッとトークリオのオリンピックが終わり、次はいよいよ二度目の東京オリンピックです。
私の記憶にある最初のオリンピックは昭和39年の東京大会。新品に買い替えたテレビを前にして、バレーボールの東洋の魔女や体操の遠藤選手、マラソンの円谷選手など、活躍する日本人選手を応援しました。マラソンのアベベ選手や水泳のショランダー選手などすごい外国人選手を見て、世界の広さを感じたのを覚えています。
その後、メキシコ、ミュンヘン…とオリンピックごとに記憶のアルバムも増えていきました。古いヒット曲を聴くと当時の思い出がよみがえるように、オリンピックの記憶は、そのころの思い出と重なります。4年に一度のオリンピックは、まるで記憶のチャンネルのようです。
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リオでは日本人選手の活躍が光りました。地球の裏側での大会だったので、夜中に試合があることも多く、寝不足になった人もおられたのではないでしょうか。夜更かしイラスト
選手の活躍とともに印象的なのが、試合後の選手インタビューです。これまでも有森裕子選手の「自分で自分をほめたい」や、北島康介選手の「チョー気持ちいい」など、オリンピック選手の名言録は、私たちの記憶に残っています。今回も、体操の個人総合二連覇を達成した内村航平選手の「うれしいより幸せ」など印象に残る言葉がありました。あなたはどんな言葉が印象に残りましたか?
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オリンピックではありませんが、夏休みの始まりのころには、スポーツの全国大会に出場する子どもたちがよくあいさつに来てくれます。毎回、選手代表が全国大会に臨む決意を語ってくれるのですが、印象的なのは「感謝」の言葉を述べる子どもたちが多いことです。
子どもたちの言葉を聞きながら、震災などの経験の中で、私たちは「感謝」の大切さを学んできたのかもしれないという気がします。
朝起きて「おはよう」と家族に声をかけたり、一緒に朝ごはんを食べたりといった日常が、どれほど幸せで、かけがえのない時間だったかということに、失って初めて気づくという経験を、いくつかの災害や事故などで私たちはしてきました。
そう考えると、スポーツができることや全国大会に出られることは、とても幸せなこと。そのことを、多くの人がなんとなく心の中に感じているような気がするのです。子どもたちも含めて。
今回のオリンピックには、難民選手団が初めて出場しました。これも、平和だからスポーツができる、ということを感じさせるとても印象的な出来事でした。オリンピックは平和の祭典なのです。
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柔道男子81キロ級に出場した長崎市出身の永瀬貴規選手が、見事に銅メダルを獲得しました。思わぬ敗戦の後、気持ちを立て直して銅メダル獲得に挑み、それを成し遂げた姿はとても立派でした。4年後の東京オリンピックでの活躍を期待しましょう。

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