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開港445年

更新日:2016年3月30日 ページID:028254

ホッとトーク 4月27日は長崎港の開港記念日です。
 長崎商工会議所が、長崎学の基礎を築いた古賀十二郎先生らに委任して検討した結果、ポルトガル貿易船が入ってきた元亀2年(1571年)を長崎開港の年と認め、開港記念日を4月27日とすることに決定しました。昭和5年のことです。
 その際、長崎開港記念会が設立され、毎年4月27日の開港記念日に先賢顕彰式をはじめとした開港記念行事を行うことになりました。昨年のながさきみなとまつりの花火「長崎みなと祭」として始まった記念行事は、戦時中を除いて継続して開催されていましたが、昭和48年に「ながさきまつり」と名前を変え、多くの市民が参加するスタイルになりました。
 さらに平成6年には、開催日を7月末に変更し、長崎ペーロン選手権大会と併せて「ながさきみなとまつり」と改称して開催されるようになりました。今も、長崎のまちを発展させてきた先人たちに感謝する「先賢顕彰式」などは4月に、「ながさきみなとまつり」は7月に開催されています。
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 長崎の特別な歴史は、ポルトガル船のために港を開いた時から始まりました。それ以来、出島や新地蔵ができ、開国してからは居留地ができました。上海航路ができて長崎の人たちが下駄履きで上海に渡ったのもこの港からです。長崎港を通じて、異国の科学技術、文物、人がわが国に入ってきました。まさに長崎港はわたしたちのまちをつくった「母なる港」といっていいでしょう。
 以前、越中哲也先生に「高知、鹿児島、長崎……ユニークな文化が日本の端っこの町にあるのはなぜですか?」と尋ねたところ、「端っこではなくて、昔は船が最速の交通手段で、港町はいろいろなものが入る最先端だったんです」という答えをいただき、とても腑に落ちたことを覚えています。
 長崎は港から豊かな栄養をもらい、まちを発展させてきたのです。でも、その港は一時期、市民の意識から少し遠ざかっていました。街と港の間に倉庫が並び、市民にとって港は少し遠い存在になっていた時期がありました。
 今は、水辺の森公園や出島ワーフ辺りを散歩したりジョギングしたりする人が大勢います。女神大橋もすっかり港のシンボルになりました。松が枝ふ頭に大きな船が停泊するたびに、港の存在を感じます。
 今年は190隻ほどのクルーズ船が入港する予定です。長崎港は開港から445年たった今も、長崎のまちにさまざまな栄養を与えてくれています。
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 ながさきみなとまつりは今年も7月末に開催される予定です。まだ少し先ですが、ぜひ多くの皆さんに港に出かけて、港を身近に感じる機会にしてほしいと思います。
 長崎開港の年を定めた古賀十二郎先生の言葉が、県立長崎図書館の敷地内にある小さな碑に刻まれています。「港あり 異国の船をここに招きて自由なる町をひらきぬ……」。長崎の特別な歴史が港から始まったことをこの言葉も示しています。私の大好きな言葉です。

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