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カザフスタン

更新日:2011年11月1日 ページID:021338

ホッとトーク

 カザフスタンという国は、日本ではあまり知られていません。
ユーラシア大陸の真ん中、モンゴルの西隣りにある中央アジアの国で、かつてはソ連の一部でした。旧ソ連時代は長年にわたり、この国の東部にあるセミパラチンスクという所で核実験が行われていました。
最初の核実験は昭和24(1949)年。その後、水爆の実験も含め450回以上の核実験がここで行われました。周辺住民には正確な情報が伝えられないまま、放射能汚染が繰り返され、100万人以上もの人が被曝したといわれています。
 カザフスタンの人たちは1991年にこの核実験場の閉鎖を決め、保有する核兵器を廃棄しました。核兵器の歴史を断ち切ったのです。
 その時から今年で20年がたつのを記念して、カザフスタンで開催された「核兵器のない世界を目指す国際フォーラム」に、被爆地を代表して出席してきました。
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 フォーラムのプログラムの一つとして、セメイ市(旧セミパラチンスク市)を訪れることができました。
核実験のためにつくられた機密都市クルチャトフでは、核実験について紹介する展示室を見ました。政府が敵対国への不信と恐怖にかられて繰り返した実験……「狂気」としか言いようがありません。その「狂気」の犠牲になったのは、多くの周辺住民と広大な大地でした。
 ソ連最初の原爆実験、水爆実験が行われた「グラウンドゼロ」にも行きました。1キロメートルほど先に赤い旗が立てられた「爆心地」。観測用に並べられた建物の残骸。ステップと呼ばれる見渡す限り広大な草原。大きな犠牲を生み出した場所であることを考えるとき、強い衝撃を感じました。
カザフスタンは20年前に「過ちを繰り返さない」という決断をし、核兵器を廃棄しました。さらにその後、周辺4か国とともに「中央アジア非核兵器地帯」を創設しました。人類の「過ち」と「勇気」の両方を示す重い場所だと感じました。
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被爆者の本村チヨ子さんは、非核特使として二つの大学で学生たちに被爆体験を語ってくれました。学生たちと積極的にコミュニケーションをとろうとする本村さんの姿は、カザフの若者の心に強い印象を残したと思います。
セメイでは、「ナガサキ」という言葉を聞いて、集まったカザフの人たちの間から歓声が起きました。それは長崎大学医学部の先生方が、長崎・ヒバクシャ医療国際協力会(NASHIM)の活動としてカザフで行ってきた医療支援を、参加したセメイの人たちの多くが知っているからなのだろうと思います。
 このほか、セメイでの体験は、とてもこの小さな紙面では書き尽くせません。ただ、長崎とカザフの間に新しい縁をつくることができたこと、そして人間の可能性とナガサキの使命を改めて強く感じた旅であったことだけはご報告したいと思います。

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