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平和宣言

更新日:2011年8月1日 ページID:021335

ホッとトーク

 毎年8月9日に平和祈念式典の中で読み上げる「平和宣言」は、長崎から世界へメッセージを発するとても大事な機会です。
 私はこれまでに4回、長崎市長として平和宣言をしましたが、今年はこれまでとは少し違う思いがあります。それは、これまで伝わらなかった人たちにも伝えることができるのではないか、という期待です。
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 平和宣言が初めて行われたのは、昭和23年8月9日でした。
 その文章は、今と比べるととても短く、「アトム長崎を再び繰り返すな」「この文化祭の式典に当たって、ノーモア・ナガサキを力強く標ぼうし」などと書かれてあります。市民を代表して宣言したのは、溝上太郎市議会副議長でした。
 「文化祭」の中で、「市議会副議長が」宣言するのも、今とは違いますが、文章の中にある「アトム長崎」という言葉なども、時代の違いを感じさせます。
 その翌年、昭和24年に初めて、市長が宣言文を読み上げました。大橋博市長でした。昭和27年の田川務市長からは毎年、市長が宣言するようになりました。
 米ソの冷戦、繰り返される核実験、第五福竜丸、核不拡散条約(NPT)再検討会議、オバマ大統領のプラハ演説…この60年ほどの間、平和宣言は、時代の動きを反映する言葉を織り込みながら、核兵器廃絶という“変わらないメッセージ”を発し続けてきました。
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 核兵器廃絶は、ともすれば「遠い国際政治の場の課題」ととらえられ、身近に感じにくいテーマです。「広島・長崎の、過去」ではなく、「世界の、今と未来」の問題なのですが、そのことがなかなか伝わらないもどかしさを、私たち被爆地は長い間感じてきました。
 これまで世界や日本のあちこちで原爆展を地道に開催してきたのは、それを身近にするためです。広島・長崎の惨状を見て、「核兵器が人間やまちをどれほど壊すのか」を知ってもらえば、核兵器がなくさなければならないものだというメッセージに共感してもらえるからです。
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 今年3月、東日本大震災が発生しました。それに続いて起きた東京電力福島第一原発の事故は、まだ収束しておらず、私たちに大きなショックを与え続けています。「放射線」「外部被ばくと内部被ばく」「シーベルト」など、これまで身近でなかった言葉がひんぱんに耳に入るようになりました。
 もし核兵器がどこかの都市に落とされたら、その都市だけでなく、地球全体にその被害が及ぶ…今は、そんな事態への想像力が働きやすくなっています。莫大な量の放射線を放つ核兵器を、人の上に、故意に落とすことが、いかに非人道性なことかを感じる“想像力の扉”が開いている時だと思います。
 福島の原発事故を契機に、原子力発電について考えると同時に、世界の差し迫った問題である核兵器についても考える機会にしなければ… 今年は、そんな思いも強く持って平和宣言を読み上げたいと思っています。

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