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市長記者会見(定例)【2018年1月30日】

更新日:2018年1月30日 ページID:030845

市長記者会見(定例)

1.日時

平成30年1月30日(火曜日) 午後1時00分~午後1時45分

 ▶ 会見の様子は こちら

2.市長発表・質疑応答

市長発表

長崎市原爆死没者名簿登載事務取り扱いの変更について
2017第20回長崎市都市景観賞について

質疑応答

 3.会見録

市長発表

長崎市原爆死没者名簿登載事務取り扱いの変更について

田上市長
 では、まず私の方から、2点お知らせをさせていただきます。
 まず1点目は、長崎市原爆死没者名簿登載事務取り扱いの変更について、お知らせをします。
 長崎市原爆死没者名簿の登載事務につきましては、広島市と取り扱いに違いがあるというご指摘を受け、広島市の状況について調査をいたし、取り扱いの変更についての検討をしてきました。このたび、長崎市原爆死没者名簿登載事務取扱要領の一部を改正をし、取り扱いを変更することとしましたのでお知らせをしたいと思います。なお、取り扱いの変更は平成30年2月1日からとなります。
 これまでは、被爆者健康手帳の取得要件並みに登載可否の審査を行っていました。しかし、原爆死没者名簿は、原爆死没者を慰霊し、その氏名を永久に記録して人類の恒久平和を祈念するために奉安するものであるという主旨を踏まえ、今後は原爆死没者名簿登載申請書に記載された内容、被爆した場所や日時等が被爆者援護法に規定する被爆者等の要件等に該当するかどうかで登載の判断をすることとします。この取り扱いは広島市と同様の取り扱いということになります。
 また、対象者(原爆死没者)について、これまでは被爆者健康手帳を持っていた方又は被爆者援護法に規定する被爆者に該当するとみなされる方としていましたが、今後は、第一種又は第二種健康診断受診者証を持っていた方やその交付対象者とみなされる方も対象者として拡大することになります。つまり、この取り扱いにより、長崎被爆体験者の方も対象となるということになります。
 なお、名簿登載については、調査課及び各地域センター窓口で申請ができます。これは申請が必要になりますので、詳しくは調査課へお問い合わせをいただきたいというふうに思います。 

2017第20回長崎市都市景観賞について

田上市長 
 
次に、2つ目のお知らせです。「2017第20回長崎市都市景観賞」についてお知らせします。
 「長崎市都市景観賞」は、市民の皆さんの都市景観に対する関心を高め、長崎らしい美しい町並みを守り育てていくため、長崎の歴史や地理的な特色を生かして、周囲の町並みに調和した建築物などや優れた都市景観の形成に寄与していると認められるものを表彰するものです。長崎市や長崎商工会議所、その他の関係団体により昭和62年度にスタートした制度です。
 20回目の節目の開催となります今回は、記念部門として「夜間景観部門」の創設や、過去の都市景観賞表彰作品を巡る「都市景観賞さるく」の開催など、さまざまな取り組みを行いました。
 募集については、昨年9月1日から10月16日まで市民の皆さんから作品を募集いたしました。その結果、376件のご応募があり、過去最高の216件が選考対象作品数となりました。
 選考については、まず、市民の皆さんに選んでいただく市民投票を行い、その結果をもとに選考委員会による厳正な選考を行いました。そして、このたび、9件が表彰作品として決定しました。
 都市景観賞は、大きな建物部門の片淵2丁目にあります「済生会長崎病院」、小さな建物部門の愛宕4丁目にあります「あたご保育園」、歴史のある部門の上黒崎町にある「カトリック黒崎教会」、夜間景観部門の銅座町にある「十八銀行本店」の4件が選出されました。
 都市景観賞奨励賞は、夜間景観部門の稲佐山にある「稲佐山電波塔」、屋外広告部門の浜町にある「梅月堂本店」と、万屋町にあります「松翁軒観光通り店」、テーマ部門の町家を活かした町並みづくりが進む「伊良林一丁目の路地」、電車のデザインで有名な水戸岡鋭治さんが手掛けた「長崎電気軌道310号『みなと』」の5件が選定されました。
 これらの表彰式を2月18日、日曜日の午後2時30分から、長崎商工会館2階ホールで開催します。
 記念講演として、長崎総合科学大学教授のブライアン・バークガフニ先生をお招きして、「画像に見る長崎景観の変貌と課題」というテーマでご講演いただきます。
 後半では、「景観まちづくりの過去・未来」というテーマで、都市景観賞選考委員会の宮原座長のコーディネートによりまして、都市景観賞の受賞者や会場を交えてのパネルディスカッションを行います。
 一般の方でも楽しめる内容ですので、ぜひ多くの皆さんにご参加いただくように、皆様の方からも周知にご協力をいただければと思います。
 また、長崎市は、昨年3月に全国から10都市が選ばれた、「景観まちづくり刷新モデル地区」に九州では唯一選定されました。平成29年度から31年度までの3か年で、国の重点的な支援を受けながら、景観の更なる魅力向上に取り組んでいくことになっています。
 既に現在進行中でありますが、このモデル地区の選定は、都市景観賞に代表されるように、市民の皆さんが長年、景観まちづくりに熱心に取り組んでいただいた成果のひとつであると思います。これからも、より一層、長崎市の景観まちづくりにご協力いただければと思います。
 私からのお知らせは、以上2点です。 

質疑応答 

長崎市原爆死没者名簿登載事務取り扱いの変更について 

記者(長崎新聞)
 最初の、長崎市原爆死没者名簿のことでお尋ねですが、そもそも広島とこういうふうに違っていたのが長く続いていたのはなぜだというふうに市長が感じられているかというのが1つと、それと、今回、被爆体験者の方も含まれるということになりますけれども、今まで含まれなかったということで、いろいろと不満を持たれたり、つらい思いをされている方も多かったと思いますけれども、市長はその辺についてどのようにお考えになっているのかということを、まず教えてください。 

田上市長
 まず、広島と異なっていた理由ですけれども、それぞれの制度を運営していく中で、運用の仕方というんですか、それぞれ、どちらかが正解で、どちらかが間違っていたということではなくて、その運用の仕方に違いがあったということだと思っています。ただ、その運用について、お互いに調整して、それをそろえるといったようなことについては、それぞれ独自の形で進めてきたということがあります。それが、違いがそのまま長く続いた原因になっていると思いますけれども、今後、こういった部分で、そろえた方がいい、同じ運用にした方がいいといったようなものがほかにもあれば、そういった点についても、今後、広島市と協議をしながら、調整をしていきたいというふうに思っています。
 また、2つ目の被爆体験者の分については、これは、広島とレベルをそろえるという1つ目の部分とは若干異なった、これについては、逆にいうと、長崎独自の方法ということになります。そういう意味では、今回も少し広島と長崎の運用についてはやはり違う面もあるということになるわけですけれども、それは、すべての対象となっている事業など、厚労省との設定している制度などについても若干の違いがありますので、それはそれとして活かしていくべきものだという判断の中で、長崎市独自の方法として、今回、登載するということを決めたものです。そういう意味では、今回、過去も、亡くなられた方々も含めて登載が可能となりますので、そういった皆様の思いも、今回の新しい変更の中で酌み取ることができればというふうに願っています。
 以上です。 

記者(長崎新聞)
 追加で、これは今後の予想の部分なんでしょうけれども、この変更によってどれぐらい数がふえたりとか、あと、推移がどういうふうに変わっていくかというのは、今の段階で予測というのはあるのでしょうか。 

田上市長
 今、いわゆる被爆体験者といわれる、第二種健康診断受診者証の交付者数が5,960名、6,000名ほどの方がおられますので、そういった皆さんの今後の動きによるものというふうに考えています。

記者(長崎新聞)
 過去、亡くなられた方も含まれていくわけですよね。 

田上市長
 そうですね、それもありますね。 

記者(長崎新聞)
 それも考えると、さらにこの数だけではないということですよね。 

田上市長
 そうですね。それはちょっと、どのくらいのというのは、実際に申請を受けてみないと、亡くなられたときに、遺族の方が申請されるというケースを想定すると、今、どのくらいというふうな想定は難しいものがあると思います。 

記者(朝日新聞)
 死没者名簿の件で、これまで却下されてきた遺族の方とかもいらっしゃると思うんですけれども、そういった人たちについて、どのようにお思いになるかというのが1点と、あと、これまでそういった却下されてきた人たちについて、長崎市の方から改めて説明をするみたいなお考えはあるのかというところをお聞きしたいんですが、お願いします。 

田上市長
 先ほどちょっとお話ししたように、制度の厳格な運用、いわゆる被爆者という、現行被爆者手帳を持っておられる皆さんというような、そういう運用になるのか、あるいは、もう申請をしていただいて、外郭というんですか、様式が整っていればそれを認めるという形にするのかというのは、これは非常に難しい部分だと思っています。その中で、今回、こういった機会に、それをより広げる、それと長崎独自の形まで広げるという契機にしたいということで、今回変更したわけですけれども、その以前に、そういった形の中で登載したいという思いを持って、それは、この原爆死没者名簿に登載されるということは、お一人お一人のそういう記録としてといいますか、登載するという思いもあれば、あるいは、平和を願う方の思いとして、そこに参加をされるということもあると思います。そういう意味では、もっと早い時期にこの調整ができていれば広がった部分もあると思いますし、今回、そういう意味でも、被爆体験者の方も含めることで、より平和への思いを長崎から、たくさんの皆さんとともに、もう既に亡くなられた皆さんも含めて、一緒に平和の願いを発信していくという形にできればというふうに思っています。
 2点目の説明については、広く広報誌なども通じて発信、広報していきたいというふうに思っていますので、特定の方というよりも、広く発信する中で、今回、申請を新たにしたいという方が出てきていただければというふうに思っています。 

記者(共同通信)
 確認の意味も含めてなんですが、死没者名簿の件で、今回の変更というのは、体験者のご遺族から登載してほしいという声があったから、その声を受けての変更ということでよろしいですか。 

田上市長
 これは、マスコミの皆さんからの記事で、以前、広島と長崎の、そもそも基準が違うといったご指摘があって、そのことは、実は、先ほどお話し申し上げたように、どちらもそれぞれの制度をしっかり運用していっているという意識の中で、これまで進んできた経過がありますので、その中で、その制度が広島と長崎で違うという点のまずご指摘を受けて、制度を見直さないといけないということの検討が始まりました。その中で、今回、広げるに当たっては、被爆体験者の方々も対象とすべきではないかというような検討を加えることにして、そして、実際に、今回加えるという結論に至ったというものです。 

記者(共同通信)
 関連で、今まで、体験者のご遺族から、記載してほしいという声はあったのか、どれほどあったのかということは。 

調査課長
 昨年の10月31日に申し入れがあったんですけれども、そのときは、平和関連団体という形で申し入れがありました。そのときには、原爆手帳の有無を問わないという形での要望があったというのは事実です。 

記者(共同通信)
 それ以前は、そういった声はなかったんですか。 

調査課長
 その辺は聞いていないですね。 

記者(NHK)
 関連で、調整の結果ということをお話しされたと思うんですけれども、このタイミングで、被爆73年目というタイミングでこういう大きな変更になるというのは、時期として何か理由があるというわけではないのですか。指摘を受けてということですか。 

田上市長
 そうですね。そういうことではなくて、少し見直した方がいいんではないかという中で、できるだけ早くということの中で、今回見直すことになったものです。 

記者(西日本新聞)
 関連といいますか、死没者名簿の件なんですけれども、たしか、今まで被爆者健康手帳を持っていらっしゃった方は、亡くなられて、手帳を返すときに申し込むという仕組みだったような気がするんですけれども、今後、その被爆体験者を含める場合は、亡くなられた場合は、この健康診断受診者証を返納して、その上で登載という形の流れになっていくということでしょうか。 

田上市長
 これまでも、葬祭料の申請などがありますので、そのときに記する形が多かったと思います。今度、被爆体験者の場合は、ですから、独自に。説明をお願いします。 

調査課長
 返納という形になります。 

記者(西日本新聞)
 この健康受診者証を返納するときに、被爆体験者に限っては。 

田上市長
 それに限らずですけどね、過去の方もいらっしゃいますし。 

記者(西日本新聞)
 ということは、また新しい専用の様式を、申込書をつくるということになりますか。 

調査課長
 いいえ、既存の様式になります。 

記者(長崎新聞)
 確認なんですけれども、例えば、10年とか20年前ぐらいにお亡くなりになった被爆体験者の方が、さかのぼって、遺族が申請するということも可能になるということでいいんでしょうか。 

田上市長
 そうですね、平成14年度から。 

記者(長崎新聞)
 申請があれば、随分前に亡くなった方も載せることができるということですか。 

田上市長
 そうです。 

記者(西日本新聞)
 今の話に関連なんですけれども、被爆体験者という制度ができたのは2002年でしたか。 

田上市長
 平成14年だと思います。 

記者(西日本新聞)
 それ以前はどうするんですか。例えば、2002年より前、被爆体験者という制度ができる前に亡くなった人は、もう被爆体験者に入らないので、対象外ということですか。 

田上市長
 そうですね、それは、昭和20年から31年までの部分でもそうですし。 

記者(毎日新聞)
 今の部分なんですけれども、例えば、被爆当時に香焼に住んでいて、昭和40年に亡くなったとか、こうしたケース等についても、遺族の方から申請があった場合は、どういう扱いになったりとかするんですかね。 

調査課長
 今回の場合について、第一種と第二種の健康診断受診者証の区域という形で設定いたしておりますので、その区域で判断していくという形になります。 

記者(毎日新聞)
 なるほど、その形ですね。あともう1点、行政の事務手続的な部分でちょっとお伺いしたいんですけれども、これはあくまでも事務取扱要領の改定ということになると思いますけれども、議会の同意とか、承認にとか、そういうのは特に必要はないということですか。 

田上市長
 はい。  

核兵器禁止条約について 

記者(長崎新聞)
 核兵器禁止条約に関連して、ちょっとお尋ねですけれども、1月中旬、13日に、ICANのフィン事務局長が長崎にお見えになって、そのときもおっしゃっていたんですけれども、安倍首相にお会いして、禁止条約に対する署名を求めたいというような中で、その後面談を断られたということがありましたけれども、結局お会いすることはできなかったんですけれども、そのことについて、田上市長、どのようにお考えになったのか、お感じになったのかというのが一つと、それから、禁止条約については、政府の方へも、平和首長会議の副会長としてなど、政府の方に要望されていますけれども、今後、フィン局長とお会いするような形を求めていくのかということを教えていただきたいんですけれども、よろしくお願いします。 

田上市長
 面談については、お会いする形ができれば非常にいい機会になったと思いますし、それができなかったことについては残念に思います。そして、今回、ノーベル平和賞を受賞されたということで、ICANのフィン事務局長が長崎にも、広島にも来られて、こういった核兵器禁止条約の大事さというのを改めて伝えてくれたということは、非常にタイミング的にも大きな機会になった、核兵器禁止条約について知っていただくチャンスをいただいたというふうに思っています。ただ、この核兵器禁止条約については、ICANが特に中心になってやっているということだけではなくて、もちろんその前に被爆者の団体の皆さんもずっと国際署名続けてきましたし、被爆地からもさまざまな発信をしてきましたし、それから、この条約を成立までするまでに、多くの国々が努力をして、連携をしながら進めてきて、ようやく成就した、採択された条約でもあります。そういう意味では、あまりICANだけに頼るのではなくて、それぞれがそれぞれの役割を、赤十字等も含めて果たす中で、どうやってこの条約を世界のルールにしていくのかということは考えなければならないというふうに思っています。当然、そういう中で、平和首長会議などでも決議をし、そして、その決議文をもって、河野外務大臣に直接お会いいただいて、渡して趣旨を伝えたりといったようなこともしているわけで、ICAN頼りということではなくて、やはり多くの人たちが主体的に、この条約を本当に世界のルールにしていくという思いを持って取り組むことが何よりも重要だというふうに思っていますし、また、そういう皆さんをふやしていく、広げていく努力がそれぞれに求められているというふうに思っています。 

記者(長崎新聞)
 確認なんですけれども、そうすると、ICAN頼みで進めていくというそれだけではないということであると、市長として、例えば、政府に、事務局長に会うべきだみたいな要請は、特段今、考えていないということですか。 

田上市長
 核兵器禁止条約にぜひ賛同してほしいということについてであったり、あるいは核抑止力問題であったり、北東アジアの非核兵器地帯であったりということについては、今後もいろいろな機会を通じて、政府にも直接訴えていきたいというふうに思っています。その中で、特に、ICANと会うことだけを抽出してという形にはならないのではないかなというふうに思いますし、一番根っこにあるのは、政府がこの条約に関して、やはりしっかりと関心を持って前向きにとらえ、そして、禁止条約に直接、すぐに参加することが難しければ、オブザーバーとして、締約会議に参加するですとか、さまざまなことができると思いますので、ぜひこの条約を世界のルールにしていくという、被爆国としても当然目指すべき方向に向けての動きをしっかりととっていただきたいと思いますし、また、ずっと話されているように、表明されてきたように、保有国と非保有国の橋渡し役をするということを形にしていただきたいというふうに思っています。  

人口移動報告について 

記者(長崎新聞)
 もう1点、別件なんですけれども、きのう発表された人口の移動報告のことでちょっとお尋ねがあります。特に、長崎市は、本県というか、全国でも転出超過が目立っていると思うんですけれども、ことしの発表でもワースト3位ということで、多くの方が市外に出られているという状況だと思うんですけれども、今のこの状況、昨年もワーストで2位だったかと思うんですけれども、どうとらえているかということと、対策とか課題、そういったこと、それから、今度の新年度予算に、そういう転出に対する、特に若者だと思うんですけれども、対策というのを盛り込んでいらっしゃるのかどうかということをお尋ねします。 

田上市長
 人口減少については、長崎市に関して言いますと、昭和60年をピークとして、ずっと30年以上人口減少が続いています。その中で、特に若い世代の流出というのがその大部分を占めています。人口減少の中には、自然減と社会減がありますけれども、今回、数字が出たのは、これは社会減の部分になります。そういう意味では、社会減全体で見ますと、一番多いときには3,000人台のマイナスになっていた時期もあったわけですけれども、4,000人ぐらいまでいったのではないかと思いますけれども、今、1,000人台になっていますけれども、やはり若い皆さんが、特に景気が回復していくという中で、都市部への転出超過が加速をしているというのは一つの理由になると思います。また、もう一つは、今回に関して言いますと、大型客船の建造が一定終了したことによって、一時的に増加していた工員の皆さんでありますとか、関係する事業所等の従業員の移動も若干影響しているというふうには思っています。基本的な対策としては、まさしく長崎の地方創生の動きの中で示しています4つの基本政策ですね、良質な雇用をつくるということ、移住、定住、人の動き、あるいは学生が県内にとどまるといったような、人の動きの側面の取り組み、それから、3つ目に、子ども子育ての充実した体制をつくっていくということ、それから、まちの基盤づくりをしっかりと進めていくという、そういう4つの方向性に向けて、長崎創生という形で進めているところですので、その施策をしっかりと強化していく必要があるというふうに思っています。また、その中で具体的に、それぞれの、平成30年度については、4つの方向に沿って施策の取り組みを進めることになっていますけれども、具体的な事業についてはまた、今予算編成の最中ですので、もう少ししてからの報告にさせていただきたいと思います。 

記者(長崎新聞)
 最後の部分で確認なんですけれども、今後、予算編成をしている中で、先々発表もされると思うんですけれども、新しい取り組みというか、これまで4つの方向性はあるにしても、ちょっと踏み込んだような対策が必要じゃないかというのは、市議会側からも大きな声が出ているんですけれども、そういったものはあるんでしょうか。そういった、内容はまだ言えない部分があるとしても、これまでと比べてちょっと踏み込むというか、予算の規模なのか、それから、新しいものかわからないですけれども、市長として、対策としてこれまでとちょっと違うようなやり方を考えていたりはしないんでしょうか。 

田上市長
 基本的に、先ほどお話しした4つの方向性をしっかりと進めていくことが重要だと考えていますけれども、財源をつくりながら、子ども施策についてもまた一歩前進の部分を検討していますし、また、雇用についても、長崎市では初めてとなる本格的な企業誘致の用地の造成についてもある程度形が見えてきて、今後、誘致の体制にまた入っていくことになりますし、一つ一つ、4つの施策について充実をさせていきたいというふうに思っています。  

仁田佐古小学校建設について 

記者(KTN)
 仁田佐古小学校を建設されていることで、お尋ねしたいんですけれども、分析究理所の遺構が見つかっていて、市民団体などから保存を求める住民監査請求なども今、行われているところだと思うんですが、そういったものの結論が出る前に、なぜ遺構を撤去するというような、そういう市民団体の反発を受けてしまうような手法をとっているのかという、議会も附帯決議を全会一致で可決している中で、少しやり方が横暴だったのではないのかと感じているのですが、その点についてどのように考えていらっしゃるのでしょうか。 

田上市長
 撤去について、撤去といいますか、校舎の建築については、前回の議会でもしっかりと議案を通していただいていますし、予定通りに進めるようにというのが議会の方向であると思います。ただ、そのときに、いろいろ今後展示室などもつくって、保存の仕方、展示の仕方などについて、長崎大学であったり、日本医師会であったり、そういった皆さんの意見もよく聞いて進めるようにという附帯決議がついているということで、時期をもっとおくらせなさいとか、そういった形の結論では全くないというふうに思っています。それをまさしく議論をしていただいたわけでして、それについては、しっかりとその方向で今、進めていっている。今4年生の子どもたちが6年生の卒業式に間に合うような形でできるようにということも含めて、しっかりと事業を進めていきたいと思っています。また、展示についても、これまでもいろいろな情報もオープンにしながら進めてきているわけですけれども、もともと小学校が建っていた土地ということで、特に、分析究理所の部分については、残っている遺構が非常に数少なく、また、建物ではなくて、周辺部分が一部残っているという形であるということで、それはしっかりとまた、そこについても、上の方の小島養生所の部分については全部残す形で、埋め戻しをしながら展示もしますし、また、下の部分についても、小学校の建築に差しさわりのない部分についてはそのまま残して、かつ石段などについても、本来、土の下に残しておくのがいいんですけれども、やはりあそこに究理所があったということの雰囲気を感じさせる場所がほしいということで、そういうご要望も受けて、土の上に移設する形で、雰囲気がわかるような形にしますし、そういう意味では、保存と、それから展示についても、さまざまな工夫をしながら、今、進めるということで、今回、長崎大学ともそういう準備を今、進めています。今、既に、展示の内容等についての、長崎大学の皆さんのさまざまな検討も初めていただいて、協議が具体的に始まっているところですので、残せるものをしっかりと残しながら、長崎の医学教育の発祥の地であったという部分をしっかりと伝えられるような展示にしていきたいというふうに思っています。 

記者(NCC)
 関連でなんですけれども、展示について、展示室をつくってというところが、附帯決議でそういうふうに進めるようにということだったとおっしゃったんですけれども、日本医師会とか長崎大学とかから、遺跡の適切な活用について、意見を尊重して、工事を進めるべきという話があったと思うんですけれども、それすべての話を聞いて工事を進められたんでしょうか。 

田上市長
 要するに、工事を進めることということについては、基本的に議会でも合議をいただいたという中で、保存活用について、そういった専門の皆さん、思いを持っておられる皆さんの意見もよく聞いて進めなさいよということですので、その部分については既に、各団体にご説明に行って、またいろいろな形のご協力もお願いをしながら、それに沿った形で進めるような段取りになっています。 

記者(NCC)
 日本医師会の方とか、長崎大学からは、協力してほしいという話とか受けていると思うんですけど、順天堂とかからは、どういうふうにしてほしいとかっていう話は聞かれていますか。 

田上市長
 日本医師会には、私、直接行って、会長さんとお話をさせていただいたんですけれども、長崎大学は、既にいろいろなやりとりをしていますし、順天堂大学ともやりとりをしています。 

記者(NCC)
 どんなやりとりをされているかをお聞きしたいんですけど。 

文化財課長
 順天堂大学とは、今後具体的なお話をすることになります。いろいろアドバイスをいただきたいということで、話をさせていただいておりまして、実際まだお会いして、意見集約ということはしていませんけれども、要望書に対する回答をする中で、今後、ご意見、アドバイス、助言をお願いしますというふうな要請までさせていただいています。 

記者(NCC)
 ということは、まだ意見を受け取っていないということですよね。 

文化財課長
 意見は、お聞かせくださいというところまでですね。 
 日程も決めています。 

記者(NCC)
 いつお会いされるのですか。 

文化財課長
 来週ですね。 

記者(NCC)
 来週お会いされて、そういう話をする、どんな展示にするのかとか、保存活用について、お話をされるということですね。 

文化財課長
 そういうことも今後ご協力をいただきたいですね。 

記者(NBC)
 関連でなんですけれども、市長先ほどおっしゃったように、附帯決議を受けて、いろいろ団体等とお話をされているということですが、これまでいろいろな団体から、要望書だったりとか、意見書だったりというのが出されている状況もあるので、例えば、これまでどの団体と、医療関係者の方だったりとか、お話をされたのか、どの団体とですね、これから、今後、ほかのこういう団体と話をする予定があるとか、そういったところまで具体的にお聞きすることはできないでしょうか。 

文化財課長
 今、考えておりますのは、昨年12月末までに、長崎大学はもちろんですけれども、医学部とも直接お話をさせていただいています。あと、日本医師会の会長さんともお会いいたしましたし、それから、県の医師会の蒔本会長にもお会いしております。あと、医療関係者ということでは、先ほど申しました順天堂大学ですね、こちらの方に実際お伺いをするというところまで段取りができています。昨年の10月、ちょっと早い時期に、長崎大学の薬学部長、それから同窓会長ですね、の連盟で要望がありましたけれども、こちらについても直接お伺いをして、回答を差し上げてということで、お会いをしております。 

記者(NBC)
 薬学部ももうお済みなんですか。 

文化財課長
 ええ、医療関係者については以上です。 

記者(NBC)
 日本医師会の会長とは、市長ご自身がお会いされたということで、先ほどおっしゃいましたけれども、どういったやりとりで、どういう反応だったのか、あと、埋め戻しとかそういった行為についてはどういうふうに、向こう側、医師会の方としては考えていらっしゃるのかというところをお聞かせいただいていいですか。 

田上市長
 市の方針について説明をさせていただいて、協力、今後、展示等についても、長崎の歴史というだけではなくて、日本の歴史にかかわる部分でもありますので、さまざまな形でのご協力をお願いしたいということで、お願いをして、会長さんからは、わかりました、協力をしますということで、ご返事をいただいています。 

記者(NBC)
 それは、要するに、展示の関係に関しての意味合いのご協力だと思うんですけれども、そもそも、その移設だったり、埋め戻しの。 

田上市長
 それについて説明をさせていただいた。 

記者(NBC)
 それもご理解されたという認識ですか。 

田上市長
 そうです。  

交流拠点施設について  

記者(日経新聞)
 MICEの説明会とかで使われている、経済波及効果の775件とか、61万人というのは、あれはどういう積算根拠で出されている数字なんですか。民間の側にちょっとお伺いすると、そのくらい集めないと収益が上がらないみたいな言い方をされる方がいて、要は、採算分岐点みたいなイメージで、あれは考えた方がよろしいんですか。 

田上市長
 あれはあくまでも提案であって、その提案、今度優先交渉権者になった企業グループからの提案に基づいて、そういった数字の場合、どれぐらいの経済波及効果があるのかということを積算したものですね。 

記者(日経新聞)
 つまり、775件ぐらい我々は引っ張ってこられますよという意味ですか。 

田上市長
 そういうことですね。引っ張ってこられますよというか、それは、別に、企業体の中にあるPCOだけがそれを引っ張ってくるわけではありませんので、こういった形を実現したいという提案だと思っています。 

記者(日経新聞)
 つまり、民間側が主に言っている数字なんですか。 

田上市長
 そうです。 

記者(日経新聞)
 あと、赤字になった場合に市が補てんしないというのは、赤字が続くと、民間企業は撤退しますけれども、その場合は、どういう対応を考えていらっしゃるのですか。 

田上市長
 もちろん基本的には赤字にならないということで、市への固定納付金も提案されているわけですので、当然、赤字になるという形を想定して最初からしているわけではないんですけれども、そういった中でも、あそこで説明したのは、要するに、赤字になって、それをどんどん市が税金で補てんするという形になるのではないかというご心配を持っておられる皆さんもおられるということで、そういう仕組みにはなっていませんということを説明しているわけですね。 

記者(日経新聞)
 もちろんそうなんですけれども、赤字にならない事業って、多分最初からあり得ないんで、赤字になったときにどうするか、つまり企業がいなくなったときにどうするかという検討はされていないんですか、市では。 

交流拡大推進室長
 あくまで、今は、優先交渉権者を決めた事業提案の状態でございまして、市の要求水準が、要は、独立採算をしていくようにということでございますので、今、事業の提案の段階では、独立採算でしていくということがあります。こちらとしては、リスクをいろいろ回避するために、例えば、5年続けての赤字の場合は、市から解除ができるとか、違約金の条項を求めておりますので、今後契約の中で、そこら辺のリスクの回避はしっかり協議していくということになります。 

記者(日経新聞)
 市が解除した後は、どうするんですか。 

交流拡大推進室長
 まだそれは協議していませんし、事業が不適切となった場合は、市から解除しますけど、そういった場合はまた協議をして、今の施設をしっかり活かしていくというようなところを探っていくような形になると思います。 

記者(日経新聞)
 また新しいところを探すということですか。 

交流拡大推進室長
 そうですね、民間の今、応募グループございますので、当然、MICEのSPCという特別目的会社を設立しますものですから、そういった中で協議をしていくということになります。 

記者(日経新聞)
 そこと契約解除をするというんですよね。 

交流拡大推進室長
 そうですね。 

田上市長
 例えば、今おっしゃるような、万一そういったことが起きるときに、それが20年間の契約の後半部分であったりすると、それまでの間に、市内のそういう誘致の力ってどれぐらいついているかにもよるんですけれども、基本的に、誘致をしていく中で、市内の中でも人材を育成していくということについても、PCOともそういった形の取り組みをするということで進めていっていますので、そういう中で、ひょっとすると、時期によってですけれども、もしそういうことが万一起きたとしたときには、もうこれは地元であとはやれるんじゃないかという話しになるかもしれませんし、それは、いろいろな都市の、いろいろな事例を見ても、その運営の仕方というのはさまざまでして、途中でそういったやりかえというか、PCOの皆さんとどういう形で組むのかというのは、さまざまな形態があります。もし万一そういう形になった場合は、その時点、時点によって少し違ってくるかもしれないですね。 

記者(日経新聞)
 SPCを組みかえるみたいなイメージですか。 

田上市長
 それか、地元だけでやろうという形にひょっとしたらなっているのかもしれないし、そのあたりは、時点によりますけど、ただ、あくまでも20年間の契約ですので、そうならないようにしっかりと運営していっていただける。そのことが、手を挙げた自信でもあるというふうに思っています  

お問い合わせ先

広報広聴課 

電話番号:095-829-1114

ファックス番号:095-829-1115

住所:〒850-8685 長崎市桜町2-22(本館3階)

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