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2010/05/10 市長記者会見(臨時)

更新日:2010年5月10日 ページID:022956

市長記者会見(臨時)

平成22年5月10日(月曜日)午後3時~午後3時35分

【Youtube】www.youtube.com/watch(新しいウィンドウで開きます)

発言内容については、わかりやすいように一部変更してある場合があります

1 市長発表

2 会見録

市長発表

NPT再検討会議出席等に伴う訪米の帰国報告について

司会
それでは、ただいまから市長及び市議会議長のアメリカ出張につきましての帰国記者会見を行います。時間は15時30分までの30分間を予定しております。まず、市長及び議長より概要につきまして報告を行いまして、その後、質疑ということでお願いいたします。市長、それではよろしくお願いします。

田上市長
それでは、日程を追って概要をまず説明させていただきたいと思います。4月27日から5月9日まで、吉原市議会議長とともに姉妹都市提携55周年を迎えましたセントポール市と、その後引き続いてNPT再検討会議へ出席するため、ニューヨークへ出張いたしましたので、その概要についてご報告をいたします。

まず、4月28日から30日まで、吉原市議会議長と共に姉妹都市提携55周を迎えたセントポール市を訪問いたしました。滞在中は市や姉妹都市委員会による歓迎レセプションなどに参加し、セントポール市民との親睦を深め、コモ公園内の日本庭園など、姉妹都市交流を象徴する場所を視察いたしました。今回はセントポール市からの特別な計らいによりまして、地元プロ野球チームであるセントポール・セインツへの入団テストをセントポール市のクリス・コールマン市長と共に体験をしました。そして、前セントポール・長崎姉妹都市委員会の会長でありましたクリス・ロッソーさんの長年にわたる姉妹都市交流への活動を称えまして、長崎市国際親善栄誉証の授与を行いました。8月に長崎市からガールスカウトの皆さん、それから純心の皆さんも訪問されるということで、それについてもよろしくお願いしますというようなお話しをしてまいりました。今回の訪問をきっかけに、市民間の交流がさらに活性化し、今後の交流の輪の広がりや深まりがさらに増すものと確信をしています。セントポール市の公式訪問については以上です。

4月30日には、その後のNPT再検討会議や関連会議へ参加するため、ニューヨークに移動しました。

5月1日には、地球市民長崎集会訪問団の皆さんともに、長崎県出身者を中心とした九州人の会、「ニューヨークばってん会」という会があるんですけれども、その皆さんとの交流会に参加し、昨年の同じ時期から1年ぶりの再会を喜びました。この交流会には高見カトリック大司教も飛び入り参加をされ、また「被爆マリア像」を披露してくださって、参加者一同、核兵器廃絶の願いを新たにしました。また、長崎からニューヨーク入りした大勢の皆さんがここで一同に会したという意味では、長崎チームの結団式のような形になりました。交流会の後、昨年に引き続きましてマンハッタンのバッテリーパークを訪問し、9.11テロの被災地から発掘されたモニュメントの前で献花をし、テロ被害者のご冥福と平和な世界の実現を祈りました。

今回は広島・長崎両被爆地の市長と議長に加えまして、日本非核宣言自治体協議会の加盟都市でもある藤沢市、枚方市の市長も加わっていただき、総勢約70名以上の大規模なものになりました。この日は再検討会議に先立ちまして、「今こそ軍縮を!」と題した国際的平和NGO主催の会議も開催されました。その中で私と議長がスピーチをする機会をいただきましたので、市民、NGO、自治体、国連などの連携の大切さについてお話しをしました。夜の閉会集会にはパン・キムン事務総長も参加をされ、核兵器廃絶を目指す決意を示されましたが、事務総長は、NGOの集会に出席されることで、市民やNGOとの協同によって、各国の政府を核兵器のない世界に導こうとしているというスタンス、姿勢を強く感じました。

5月2日は、午前中、聖パトリック聖堂でのミサに高見大司教が「被爆マリア像」とともに参加されるということで、私たちも参列をさせていただきました。大司教は1,000人の信者を前に核兵器廃絶を強く訴えられ、またNPT再検討会議に参加するため、長崎から市長と議長が来ているということを紹介してくださいました。このミサにはカバクチュランNPT議長も参列をされておりまして、ミサの終了後、ごあいさつすることができましたので、原爆写真資料集を渡し、会議を成功に導きいただくようにお願いをしました。

午後はタイムズ・スクエアから国連前のダグ・ハマショールド・プラザという公園まで平和行進をしました。行進の前にスピーチをする機会をいただき、世界各地から結集した約2万人の参加者の前で、核兵器廃絶について、いろいろ考え方に違いはあっても、連帯して共通の目的に向かって前進していこうということを呼びかけました。また同じ日に長崎でのピースウォークに参加している皆さんと心を一つにしようということで、長崎と同じ黄色いリボンをつけて核兵器廃絶を訴えながら約2.5キロを歩きました。平和行進終了後の集会では下平作江さんが被爆体験講話をされ、二度と原爆が落とされることがあってはならないという、「核兵器のない世界」の実現を強く訴えられました。

5月3日は、NPT再検討会議が開幕し傍聴しましたが、いよいよこれからが本番ということで、身の引き締まる思いをいたしました。そのオープニングではパン・キムン事務総長が核兵器廃絶に向けて強い決意を示され、今回の会議の進展に大きな期待を持つことができました。また、午後には国連のロビーで日本被団協が主催する「ヒロシマ・ナガサキ原爆写真展」のオープニング・セレモニーが行われ、あいさつとテープカットをさせていただきました。

5月4日は、平和市長会議主催の会議が開催され、ヨーロッパや日本から多くの市長が参加し、各自治体の取り組みの報告あるいは平和市長会議への提言をしました。この会議にもパン国連事務総長が出席され、あいさつをいただきましたが、ここでも国連の平和市長会議に対する関心の高さを感じることができました。ここでは、私は核兵器廃絶に向けて活動するうえで意識している3つのベクトルについてスピーチをしました。外向きのベクトル、政府や国連との連携、2つ目が市民との連携、内向きのベクトル、それから都市やNGOとの連携の横向きのベクトルの大切さを訴え、それぞれが連携して補いあうことが必要であるというお話しをさせていただきました。そのほかにも、午前中、高見大司教の聖アグネス像への献花に立ち会ったほか、カバクチュランNPT議長への署名の提出あるいは自治労連主催の会議、また国際労働組合連合(ITUC)主催のセミナーなどに参加をしました。

5月5日は、ミリオレ・バチカン国連代表部大使から、高見大司教や角国連日本代表部大使らとともに、バチカン大使館での昼食会への招待を受けました。冒頭、ミリオレ大使から長崎の大司教と市長がこの昼食会に参加してくださることは大変意義深いという言葉をいただきました。その後、チャーチル・スクールを訪問し、高校生約60人を前に吉原議長の被爆体験講話、あるいは高校生の林田光弘くんによる紙芝居の上演などを行いました。被爆の実相を直接学ぶことができたと大変好評で、有意義な時間であったというふうに思います。

それから、6日は日韓NGO主催会議が開催され、主に非核兵器地帯について議論を交わしました。藤沢市長、枚方市長らとともに、日本非核宣言自治体協議会としてこの会議に参加をしました。夜はこれまでの平和活動の実績を評価し、キング牧師ゆかりの非暴力センターから広島市長とともにワールドハーモニー賞を授与されました。

そして、最終日の7日はNGOセッションの前に急遽スーザン・バーグ米国国連大使に面会する機会を得ました。大使は、オバマ大統領も核兵器廃絶を目指して進んでいる、アメリカは意欲的に進んでいる、一つひとつ、目前の障害を越えながら確実に進んでいっているという認識を示されました。

引き続き、その後NGOセッションに出席をしました。各国政府代表者の出席は半分ほどだったかと思いますけれども、約500人収容の会場は7割から8割ぐらいは埋まっていたのではないかと思います。3番目に日本原水爆被害者団体協議会(被団協)を代表して谷口稜曄さんがご自身の写真を掲げながら核兵器廃絶を訴えられました。会場からはスタンディング・オベーションが起き、自席に戻られるまで拍手が鳴り止みませんでした。

私は一番最後の順番でしたので、どのくらいの方が最後まで残って聞いてくださるのかはちょっと心配だったんですけれども、ほとんど聴衆が減ることはなく、約10分間のスピーチを聞いていただくことができました。内容については、ここでは省略したいと思います。

これが全体の日程の概要についてのご報告ですけれども、細かいことはこのほかにもいろいろありましたけれども、全体的にそういった流れの中で進みました。今回のNPT再検討会議や関連事業を通して感じたことの一つは、全体的にこの再検討会議を成功させようという空気を強く感じました。特にパン・キムン事務総長やカバクチュランNPT再検討会議の議長が積極的に発言をされる、あるいはNGOの主催会議や署名の提出などを受けられたりするということ、その姿勢の中にNGOや市民と直接連携しようという呼びかけをされている、そのことで各国の政府を動かしていこうという意思を強く感じました。

今後、イランや北朝鮮の問題を初めとしてハードルがあって、そのハードルを越えながら会議は進むことになると思いますが、まだ始まったばかりであり、今、水面下を含めて様々な交渉がなされている段階だと思います。このリーダーたちの意欲に沿ってしっかり前進することを今回の会議で心から望み、また期待をしています。

昨年の第3回準備委員会で合意された暫定議題には含まれていないんですけども、スピーチの中でも申し上げた核兵器禁止条約につきましては、核軍縮不拡散にとどまるNPTを超える条約として、また2008年にパン・キムン事務総長も支持を表明されている核兵器全体に関するルールとして、今回のNPT再検討会議でぜひ議論をしてほしいということを期待しています。既に幾つかの国々がスピーチの中で核兵器禁止条約に言及しており、今後の議論に期待したいというふうに思っています。

また、今回の再検討会議にあわせて、日本からこれまで最多の100人を超える被爆者の方が参加されたと、ニューヨークに集まられたという報道がありますが、長崎からも下平さんや谷口さん、ほかにも被爆者の皆さんが痛む身体をおして渡米をしてくださいました。そして、あちこちで被爆体験を話してくださり、被爆者の声がもっとも力があるということを改めて強く感じました。被爆者の皆さんに心から感謝を申し上げますとともに、高齢化が進む中で核兵器のない世界を急がなくてはならないと、その実現に向けて決意を新たにしました。

核兵器の問題は被爆地あるいは核保有国や疑惑国だけの問題ではありません。これは人類全体の差し迫った問題であり、人類が、人間が未来をつくれるのかどうか、どうしようとしているのかという世界共通の問題であるということを改めて感じました。しかし、現状としてまだその認識は広がっておらず、多くの地球市民に広げていくことが大事だということも改めて感じました。

今回の訪米中、核兵器廃絶に向けた被爆地長崎の願いを各国政府代表やNGOの皆さんなどに直接訴えることができたことは大変大きな収穫であったと思います。と同時に、オバマ大統領が就任し、核兵器廃絶に向けて始まった新しい流れをより力強く確実なものにしていくためには多くのハードルを越えていく必要があります。そういう中で、今年のNPT再検討会議の成功に向けて国際世論を高めるため、被爆地としてできること、平和市長会議としてできること、あるいは非核宣言自治体としてできることに取り組んできたつもりです。地球市民長崎集会実行委員会訪問団の皆さんは、あちこちの学校や集会を訪ね、被爆体験講話や紙芝居での被爆の実相を伝えてくれました。ニューヨークばってん会の皆さんは、私たちの活動を側面から非常に献身的にサポートしてくださいました。また高見大司教は「被爆マリア像」を持ってニューヨークに来られ、被爆の実相を伝える活動を精力的にこなしていただきました。ほかにもたくさんの皆さんがサポートしてくださったり、共に活動してくださったりしました。ニューヨークでの活動はまさに長崎チームとしての活動であったというふうに思います。政府だけに任せるのではなく、都市、NGO、市民にはそれぞれの役割があって、それが連携すること、補いあうことで国際世論をつくり上げていくことが非常に大切であるということも改めて感じました。今後、都市の連帯、そういう市民との連帯あるいは世界の都市との連帯、国連との連帯、そういった中で具体的な取り組みが必要であるということを改めて実感して帰国しました。

私からの報告は以上です。

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吉原市議会議長
それでは、私の方からも一言申し上げたいと思います。今回、私も田上市長とともにNPT再検討会議に出席し、またセントポール市との姉妹都市提携55周年記念事業へ参加してまいりました。内容につきましては、ただいま市長から説明を申し上げたとおりでございますが、NPT再検討会議におきまして、市議会代表が参加したことは今回が初めてのこととなるわけでございます。議会はこれまで非核三原則の法制化や核実験に対する非難決議を行ってまいりましたが、被爆市の情報発信として非常に重要だと感じました。これからも強い意志を持って続けるべきでありまして、長崎市議会の責務の大切さを感じた次第でございます。被爆市の市議会代表として、被爆者の皆様、市民の皆様の核兵器廃絶へ向けた思いをいろんな機会で私も訴えてまいりたいと思いました。

特に、私自身が被爆者であることから、その体験を平和市長会主催の会議やNGO主催の会議、あるいはアメリカの高校生たちの前でもお話しをしてまいりました。核兵器の恐ろしさ、被爆の実相、その悲惨さを私の体験談からも理解いただけたのではないかと考えております。

今後とも市長とともに、被爆市長崎の市議会の代表として核兵器廃絶に向けた訴えを継続していかなければならないと改めて認識をいたしたところでございます。

姉妹都市のセントポール市につきましては、その訪問についても先ほど市長から説明があったとおりでございますが、草の根、市民レベルの交流の深さ、大切さ、そして関係の深さ、また歴史の深さというものが随所に見られました。55年という長い歴史は今、申し上げましたように市民レベルの根強い関係が今日まで形骸化しないで、姉妹都市としての形ができ上がっていったものであると、そう思っております。今後とも姉妹都市との交流を深めてまいりたいと思っております。

以上が、今回のアメリカ出張についての私からの説明とさせていただきます。

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質疑応答

記者(NHK)
市長にお尋ねしますが、かなり忙しいスケジュールだったと思うんですけど、その中で一番印象に残った点、またその中で一番手ごたえを感じた点等がありましたら。

田上市長
一番印象に残った、最初に印象に残った1つは先ほどの報告の中でもお話ししましたけども、パン・キムン事務総長が、直接市民が集まる場所であったり、あるいはNGOの人たちが集まる場所に来て、考えを述べて、また連帯を呼びかけたこと、それと核兵器の廃絶に向けて、あるいはNPT再検討会議の成功に向けて、強い意志を示されたことでした。これはまさに地球規模の問題を議論する場である国連のトップが直接市民に呼びかけるということであって、それは核兵器のない世界というのを皆さんも私も一緒に目指していきましょうということだと思うんです。それは非常に私たち一番市民に近い所にいる自治体あるいは被爆地にとって心強い呼びかけだったというふうに思います。また、抑止力についての考え方についても、明確にそれは古い考え方であるということを述べられ、おととし述べられた5つの提言も含めて、非常に積極的に核兵器のない世界の実現に向けてリードをしていこうという姿勢を感じました。これは非常に印象的だった出来事の一つです。

それは逆に非常に手ごたえを感じたことでもあって、平和市長会議の活動に対しても非常に大きな評価をいただいたりしたこともそうですし、今回の福山副大臣のスピーチの中でもヒロシマ・ナガサキ議定書の件ですとか、あるいは広島・長崎の思いについて言及がありましたけれども、これまでいろいろ進めてきたことについて、まさに高校生の皆さんじゃありませんけども、微力だけど無力ではないということを私も感じましたし、やはり被爆者の皆さんがずっと訴え続けてきたことというのが無駄ではなかったと、しっかり時間をかけてどういうことがあってもずっと変わらずに訴え続けてきたことというのがどこかで効果を上げているということ、そのことを感じさせる出来事の一つでもあったと思います。

記者(NBC)
一点、NGOの会合の中で北東アジア非核地帯構想の会合があったかと思うんですが、その中で、日本は一国でも非核兵器地帯となるべきだ、三国足並みがそろうのを待っているばかりではだめだという意見が出されたと聞いたんですが、その点についてはどういうふうに思われますか。お考えになられましたか。

田上市長
先日も非核三原則の法制化について、総理と岡田外務大臣に要請に行きましたけれども、まさにそれは一つの同じことであろうというふうに思うんですね。それと別に、非核兵器地帯に設定することで、要するにこれまでの核の傘の下にいるというふうに言われている日本の状態から抜け出して、それが非核の傘のもとに今度は移るんだということを実現することが次の一つのステップとして重要なことではないかということで今、長崎市でも、また非核宣言自治体でも、非核兵器地帯、3つの国、日本と韓国と北朝鮮で非核兵器地帯という構想について検討をしているわけですけれども、それについては今回の民主党のマニフェストで検討するということで載っている部分ですので、ぜひ進めてほしいと思っていますし、今は三カ国のあり方、非核兵器地帯としてのあり方がどうかということをこれからも引き続き検討していきたいというふうに思っています。

記者(毎日新聞)
被爆国日本の国家元首クラスの方がNPT会議に参加されていないということと、いろんな新聞でも書いてあったんですけども、NPT会議の取り組みがアメリカのメディアで紹介されなかったことについてどのようにお考えですか。

田上市長
まず、総理あるいは外務大臣が出席されなかったという点については残念ではあります。それは被爆国の姿勢を示す大きなチャンスであったという意味では残念だというふうに思います。ただ今回の福山副大臣のスピーチの中で広島、長崎の被爆体験の継承について言及されたことが非常に大事なことでもあって、私たちも被爆の実相が伝わっていないということについてはこれまでも強く感じてきたことですので、ぜひ国として取り組んでいただきたいと、もっと積極的に取り組んでいただきたいというふうに思います。

それから、アメリカのメディア、それについてもやはり同じことなんですけども、今回市民の皆さん、非常に積極的に学校訪問などの日程をこなされて、直接アメリカに住んでおられる皆さんに知っていただくという活動を取り組んでいただきました。これは非常に有効といいますか、一番直接的に伝わるいい方法だと思います。ただ、数に限りがあって、実際には大きな広がりになっていない。それはある意味では国内でも同じ状況だというふうに思います。この実相を伝えていくというのはすべての議論のもとになることですので、これからもその方法についてはいろいろ工夫をしていかないといけないというふうに思います。今回、国連の本部3階に広島・長崎コーナー、核兵器のコーナーがあるんですけれども、そこも昨年、今年と行って、少し工夫をまた加えていただいたんですけれども、また今後ともそのコーナーは結構国連に訪れた皆さんがツアーで回られるコーナーでもあるので、もう少しまたプラスアルファの工夫ができないかということも、国連とも相談をさせていただきたいなというふうに思っています。

記者(長崎新聞)
小さな原爆展を提案されましたけれども、その後反応といいますか、各NGOの反応が何かあったかということと、藤沢市長が広島、長崎で国際会議をやるべきだという主張を市長会議や北東アジアの会議で発言されましたけれども、これについては藤沢市長らと何か今後の見通しといいますか、打ち合わせ的なものをされていればその内容を教えてほしいんですが。

田上市長
小さな原爆展の件については、平成21年度、昨年から非核宣言自治体協議会の活動としてスタートしたもので、既に、数字は覚えてないんですけども、数十自治体で何万人かの皆さんに見ていただいています。これはちょっと後で数字はご報告しますけれども。この前お話ししたときには、連絡先ファクス番号を一緒にお渡ししてますので、まだきのうの夜帰ってきたばかりで、今、具体的にどうこうということではないんですけども、これについてもメディアの皆さんも、よろしければいろいろ皆さんに報道していただいて、そんなに大がかりでなく取り組める活動でありますし、またそういう皆さんに使っていただきたいということで昨年から始めた活動でもありますので、ぜひ発信をご協力いただければというふうに思います。

それから、広島、長崎で国際会議を開催という部分については、これまでもNGO集会を初め、会議を開いたり、あるいは広島では特に大きな会議も、一昨年ですか、各国の議長さんたちの会議もありましたけれども、そういった形で開かれてきておりますけれども、今後ともそういった会議を開くという動きがある中では、ぜひ被爆地でしてほしいという動きについては、広島、長崎とも積極的にかかわっていきたいというふうには思っています。ただ、今回の件については藤沢市長さんのお考えということで述べられた形で、特に具体的に検討というか、お話しをしているわけではありません。

記者(朝日新聞)
あと3週間、NPT自体はあるわけですが、帰国されてからNPTについて3週間、何か取り組みを考えてらっしゃることがあれば教えてください。

田上市長
今回、お伺いして、一応ニューヨークで、長崎市でできることについては、市民の皆さん、被爆者の皆さん、あるいはいろんなNGOの皆さん含めてやってきたというふうに思います。その意味では今後の会議の行方をしっかり見守るということがまず一つなんですけども、それと同時に今回新しくNGOの皆さんと新しくネットワークをつくることができましたので、そういう皆さんとこれからできることを、あるいは広島、長崎単独でできることということをもう一度整理をし直して、次の活動はどういう活動ができるのかということ、広島、長崎で何ができるのかということを検討していく必要があるというふうに思っています。

記者(長崎新聞)
先ほどの質問の関係なんですけど、日本一国で非核兵器地帯を宣言したらどうかという提案に対しては、市長としては今、検討している、三国でスリー・プラス・スリーの提案を軸に考えるべきであって、一国で、例えばモンゴルのように宣言するという方向ではないということですか。

田上市長
非核三原則を法制化してほしいというのはそれにほとんど近いことですので、それを長崎市としては求めていくということが一つ、それと非核兵器地帯については、これはまだいろんな議論があって、スリー・プラス・スリーだけではないという方法も、この前も会議の中でもいろんな意見が出てましたけれども、そういう意味で今、まさに検討事項の一つだと思うんですね。その意味で、非核宣言自治体で一緒に研究してもらっているNGOとも、まずスリー・プラス・スリーがどうなのかということを研究していくことになるというふうに思っています。

記者(長崎新聞)
パン・キムンさんが長崎に来るかどうかという、その辺の見通しは何かないですか。

田上市長
これはニューヨークでもあちこち、直接だけではなくていろんな人に実はお願いをしてきたんですけども、相当時間がやっぱり厳しいんですね。ですから、高見大司教も向こうで直接パン・キムンさんに相当強くお願いをしてくださったり、私も間接的に事務総長にお会いする機会がある方にもお願いしたり、直接も声をかけたりさせていただいたんですけども、時間的には相当厳しい。もしそれが今年どうしても難しくても、来年でも、そういう機会があったらぜひ来ていただきたいというふうに思います。今年おいでいただく期待もまだ捨ててるわけではないので、時間をやりくりしてできるんであれば、ぜひ長崎まで足を伸ばしていただけるとありがたいなというふうに思っています。

記者(長崎新聞)
何か働きかけを具体的に長崎市としても、一応、高見さんの方から一つの提案としてやられましたけど。

田上市長
その前にもう直接、既に要請をしていて、それは事務総長にも届いていて、ただ日程が非常に厳しいという中で、さらにぜひお願いしますという形で、今回、いろいろお願いしているということです。 

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