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わがまちの自慢120選(6/9)

更新日:2013年3月1日 ページID:004130

市制施行120周年記念事業「わがまちの自慢120選」の紹介(ページ6 全9ページ)

ページ ナンバー 掲載地区
1 No.1~18 伊良林上長崎磨屋新興善桜町西坂
2 No.19~38 矢上高城台日見戸石古賀
3 No.39~66 稲佐朝日水の浦飽の浦立神小榊福田式見三重
4 No.67~91 外海琴海
5 No.92~125 茂木田上日吉愛宕小島仁田佐古大浦
6 No.126~151 戸町小ヶ倉ダイヤランド土井首深堀高島伊王島香焼
7 No.152~172 三和野母崎
8 No.173~196 銭座坂本山里高尾三原西山台西浦上
9 No.197~221 滑石横尾虹ヶ丘西北西町城山西城山小江原

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No.126 小菅修船所(ソロバンドック)

小菅修船所小菅町戸町トンネル入口横

日本初の洋式近代的ドックで、船を引き上げる滑り台がソロバン状に見えたことから「ソロバンドック」の愛称で親しまれています。地形を利用してドックにしたもので、満潮時に船を滑り台に乗せ、捲き上げ小屋内に設置されたボイラー型蒸気機関で引き揚げました。この施設は薩摩藩士五代才助・小松帯刀と英人T・B・グラバーらの尽力で設けられ、明治元年(1868年)12月落成。翌2年(1869年)明治新政府が買収し、長崎製鉄所が管理。同4年(1871年)工部省管理。同20年(1887年)三菱の所有となりました。桜の時期には、ソロバンドックを囲むように桜が咲き誇ります。

(戸町)

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No.127 女神大橋から見える長崎の良景(かげ)

女神大橋から見える長崎の良景戸町4丁目~木鉢

新しいスポットとして、女神大橋を挙げます。ウォーキングを楽しむ地域住民がたくさんおり、みな景色を楽しんでいます。女神大橋は、長崎市大浜町(国道202号)~長崎市新戸町(県道小ヶ倉田上線)を結ぶ1,289メ-トルの橋で、平成17年12月に開通しました。帆船祭りの帆船の行列入出港、また大型観光船の入出港とまちの風景、長崎港で開催される花火大会とまちの夜景のコントラスト、秋から冬にかけ伊王島方面に沈む夕日と夕焼けの風景など、年間を通じて、朝・昼・夕の変化する風景を楽しめる素晴らしさがあります。

(戸町)

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No.128 戸町公園

新戸町公園新戸町3丁目

公園内には、600本のつつじ(平戸つつじ)をはじめ、数種類のさくらが植樹されています。つつじと桜の時期には観光客が絶えません。目指すは大阪造幣局の桜の通り抜けです。

(戸町)

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No.129 国際海底電線小ヶ倉陸揚庫

国際海底電線小ヶ倉陸揚庫小ヶ倉町3丁目76-44

明治4年(1871年)2月日本で最初の大北(グレート・ノーザン)電信会社(デンマーク)により設置されました。長崎~上海、長崎~ウラジオストック、の海底電信ケーブルを陸揚げし、このケーブルによってわが国の国際電気電信が始まったのです。建物は約55平方メートルの北欧風の瓦葺き平屋建て。こんにゃくレンガと天草石の壁体を継ぎ足した珍しい工法で、石造混合型式建築として大変貴重です。昭和46年柳埠頭の埋立て工事のため、千本山から移設され、国道499号線に近い場所にあります。昭和47年に県の史跡に指定されています。

(小ヶ倉)

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No.130 こんにゃくレンガ

こんにゃくレンガ小ヶ倉地区

こんにゃくレンガはよく練った赤土を足で踏み固め、天日で乾かし、窯で焼き上げたものです。大きさは「ハルデス煉瓦」と同じ220×104×33ミリ。現在のレンガに比べ厚さが薄く形状がこんにゃくを連想させるため「こんにゃくレンガ」と呼ばれています。江戸末期から洋風建築の建築資材に使われ、小菅町の通称「そろばんドック」の捲上げ室のレンガと同種類のものです。小ヶ倉地区におけるレンガ製造は安政年間という説もありますが、定かではありません。江戸末期から始まったと思われます。窯跡は現存しませんが、跡地については言い伝えが残っています。レンガの原料は長崎港外の香焼島通称「天ヶ崎」から運んだ土です。「西彼杵軍村誌」によると明治18年に生産されたレンガは年間36万個で、すべて長崎港へ船積みされたと記されています。他の地誌においても生産高・金額が記入されていて、主要な産業であったことが推測されます。また、このレンガ製造の技術を持って満州(現中国)方面に雄飛し成功した人もおり、今でもこんにゃくレンガにまつわる話が残っています。

(小ヶ倉)

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No.131 力士墓

力士墓新小が倉2丁目

小ヶ倉と新戸町の間の峠にある江戸時代活躍した二子島、熊ヶ谷と大正年間の谷桜の墓。この界隈は往時御崎道の主要路で、岬の「観音寺」参りの商人や深堀武士達の往来も激しく、一軒の茶屋があったと伝えられ、今でも「ゲンネン茶屋」(源右衛門茶屋)と呼ばれています。小ヶ倉中学校ができるまでは、小ヶ倉校区の中学生の通学路の中途にあたり、峠の頂点がほぼ中間点にあったため、道標になりました。この墓は通学途中の子どもたちの話題の種となり、その由来についても力士が決闘の末亡くなったので建てられたものではないか、など様々な伝説が広がったこともありました。現在は、少し場所を移設され、バイパス脇にありますが、地元では、交通事故が減っていると噂が流れており、興味深い話が生まれている場所です。

(小ヶ倉)

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No.132 ダイヤランド(かに座公園)からの夕日

ダイヤランドからの夕日ダイヤランド2丁目15

「かに座公園」から見える夕日は最高です。ここからは長崎港が一望でき、晴れた日には息をのむほどの青い空と海が広がり、点在する島々と白い線を描く船が美しく、それだけでも必須の地です。夕日には、真っ赤な太陽がその光景をさらに彩り、長崎港の島々と造船所のクレーンがドラマチックなシルエットとなって浮かび上がります。真っ赤な太陽は空と海と、そしてあたり一面を茜色に染めながら沈んでいきます。島の向こうに沈んだり、海に沈んだり季節により違った夕日が楽しめます。「かに座公園」では、地元自治会(ダイヤランド第二自治会)の夏祭りやもちつき大会、ラジオ体操などが行われており、地域住民のふれあいの場所となっています。ダイヤランドの通りには、ユニークな名前が付けられており、夕日にちなんだ「夕映え通り」もあります。地域住民にとってダイヤランドの夕日は、わがまちの自慢です。

(ダイヤランド)

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No.133 住民総ぐるみで安全・安心のまちづくりを進める「ダイヤランドまちづくり連絡協議会」

ダイヤランドまちづくり連絡協議会ダイヤランド2丁目4-10(ダイヤランド・安全安心交流センター)

平成15年、住民の防犯意識の高揚と、防犯への取り組みが求められる中で、安全で安心して住めるまちづくりを目指して「ダイヤランドまちづくり連絡協議会」が生まれました。住民の熱い想いが発端となって住民自らの手で立ち上げたこの協議会は、今、私たち住民の誇りであると自負しています。この協議会の活動は、防犯を主としながら、環境美化や福祉などを含めた「まちづくり」の推進機関であり、団地内の6つの自治会をはじめ、老人会、民生委員児童委員協議会、少年補導員、小学校、中学校、PTA、社会福祉協議会、子どもを守るネットワーク、学童保育、体育指導員、交通指導員、育成協議会、子ども会、ショッピングセンター等々の代表者や公的役職者の38人の委員で組織されています。協議会を中心に、情報交換活動、子供の見守り活動、ふれあい活動、防犯の啓発活動、環境美化をまちぐるみで行っています。特に恒例の「地域防犯パレード」や「ふれあいウォーキング大会」は、年々参加者も増え、今や住民の楽しいイベントとして定着しています。ダイヤ(人の心)が輝くランド(まち)を目指していることを実感できるまちを、私たちの誇りと自慢にしたいものです。

(ダイヤランド)

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No.134 平山町の大名行列及び竿浦・江川浮立

平山町の大名行列及び竿浦・江川浮立平山町、竿浦町、江川町

平山町の大名行列は、昭和50年6月に、市指定の無形民俗文化財となりました。かつては、深堀藩の穀倉地帯であった平山地区の農民の食料増産、親睦、五穀豊作を祈願して、稲の収穫後11月3日に、大名行列を模式したお祭りを、今日も伝承しています。旧竿浦町(現竿浦町・江川町・末石町)には慶応年代初期、深堀藩主から善良な農民たちに「浮立の道具」が授けられたと伝えられています。この浮立は、行列浮立が原型で、五穀豊穣祈願のための田祈梼雨乞い等の浮立と深堀公の佐賀鍋島藩への参勤交代を模した大名行列が合わさった行列浮立として伝承されていましたが、昭和29年秋に披露されて以来途絶えています。今日では、大太鼓、締太鼓、笛、鉦で編成される囃子方(浮立)が復活継承され、地域の年中行事・大山祇神社の秋の礼節の折、披露されています。また平山大名行列は、平成14年9月、長崎郷土芸能大会に猛練習を重ねて出演し、平成21年にも同大会に出演するなど地域に確実に継承されています。

(土井首)

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No.135 八郎岳

八郎岳八郎岳

長崎市の山や海が、一望でき市内の最高峰の山である。九州4県が眺望できるし絶景の山です。八郎岳の名は、平安時代末期、九州で勢力を振っていた鎮西八郎為朝の名に由来するといわれ、為朝がはなった矢が落ちた所を落矢と呼びます。

(土井首)

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No.136 鹿尾川の自然

鹿尾川の自然鹿尾町

鹿尾川は、鎌倉時代、深堀時仲の娘「まさい」に領地を与えられ、戸町浦鹿尾として、住民は、田畑を耕作してきました。大正15年、上流に小ヶ倉ダム、また昭和63年には鹿尾ダムが完成しました。その流路延長は7.5キロメ-トル流域面積は12.9キロ平方メートルとあり、2級河川です。戦後、霜山から磑石を堀り出し運搬にはトロッコが伏設され2メ-トルのトロッコ道も現存します。自然が豊かで冬にはオシドリ、カモ等がシケの海から避難して遊び、夏は、ゲンジボタル、ヒメボタルが乱舞する心休まる市民憩いの鹿尾川です。現在下流の方から、市民が散策しやすく、自然を活かした九州一の河川づくりを行政とともに推進しています。

(土井首)

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No.137 大崎・千々の大玉枇杷(なつたより)

大崎・千々の大玉枇杷大崎、千々地区

大崎、千々地区で、平成18年の台風13号の被害を契機に、大玉で糖度が高い"なつたより"の樹種を増やしつつあります。

(南)

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No.138 千々くんち

千々くんち塩釜神社からお旅所(千々公民館)

毎年、10月11日~12日(多少前後あり)に行われています。元々、くんちはありましたが、3年前に新たに子ども神輿を取り入れ、地区の一大まつりとして行うようになりました。地区内には、10班あり、2班で当前と称する組織体を構成し、交替でまつりの世話をします。神主が太鼓でお旅所に呼び込みを行い、お払いなどをし、当前が料理(千々饅頭、お煮しめ、握りなど)を用意し、振舞います。この後、地区外から、よさこい踊りが披露されます。また、地区内の各種団体(消防団、婦人部、育成協など)による出店があり、自治会から子どもたちに300円券が配られます。

(南)

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No.139 大崎から見る朝日

大崎から見る朝日大崎枇杷出荷場脇

雲仙方向から上がる朝日が、絶景です。

(南)

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No.140 武家屋敷通り

武家屋敷通り深堀5丁目191

通称,お東,中屋敷,お西と呼ばれた家老職の屋敷通りで、門や石塀が当時の面影を残しています。中屋敷、西屋敷は縄文遺跡が発掘されたところで、お東と呼ばれた東屋敷の樋口邸には、今もなお、家老職を任された樋口氏の末裔が住んでおられます。長崎市を代表する武家社会の遺構です。

(深堀)

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No.141 ペーロン

ペーロン深堀地区

長崎には情緒豊かな行事が多く、中でもペーロン競漕は、お宮日、はた揚げ、盆踊りとともに、四大行事のひとつといわれ、全国的にも有名です。深堀のペーロンは歴史が古く、まちをあげての一大行事として盛んに行われています。毎年、市内のペーロン大会で一番早く開催されており、深堀中学校ペーロン大会は20年を越える歴史があります。また、深堀のまちでは。それぞれの家に子供の誕生祝いなどでつくられたペーロンの模型が飾られていることが多く、ペーロンが生活の一部として根付いていることがうかがえます。

(深堀)

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No.142 深堀神社

深堀神社深堀5丁目深堀支所前

深堀神社が、現在のような規模にまとまったのは、明治8年以降です。祭神は、猿田彦命(さるたのひこのみこと)、天鈿女命(あめのうずめのみこと)の二神を奉祀し、三浦神社は、当地開祖三浦五郎左衛門尉平能仲公を館林大明神、日正大明神とともに奉祀し、天満宮及び稲荷大明神、招魂廟も同一境内に祀ってあります。深堀神社は、能仲公が当地に赴任してきた時は、二柱の神をすでに奉祀してあり、その初めを知らない旨をこの鳥居に記載しあるところから、相当古くから祀られていたと考えられます。この鳥居に刻んである主旨は、深堀の創設の由来を述べていますが、斯様にその由来等を刻んでいる鳥居は他に見ることができない珍しいもので、殊に左側石柱の四言絶句は文意壮大で、祖先の気宇をうかがうに足りるものです。

(深堀)

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No.143 軍艦島(端島)

軍艦島高島町端島2

軍艦島(端島)は、炭鉱の島として繁栄しましたが、1974年1月15日に炭鉱が閉山。当時2,046人の住民がこの島で生活していましたが、約3ヶ月で無人島となりました。2009年(平成21年)1月に世界遺産暫定候補のリストに掲載された「九州・山口の近代化産業遺産群」のひとつになっています。また、船舶が接岸できるような係留施設の設備や、遊歩道の設備を行い、2009年4月から上陸できるようになり、海が穏やかな日には多くの方が軍艦島を訪れています。

(高島)

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No.144 民俗芸能 姫大蛇(神楽)

姫大蛇高島町

旧高島町の「高島記」に記されている「伝説:蛇谷」をアレンジし、「神楽・蛇大蛇」を民俗芸能として現在も継承しています。姫大蛇が天に祈りを捧げて舞い踊る場面から始まり、2匹の大蛇の迫力ある舞と、姫や武士の優雅な剣舞などで構成されています。現在、この「姫大蛇」は地元の中学生全員が舞いや笛、小太鼓などの楽器を一生懸命練習し、文化祭など年2回ぐらい地元の方に披露し、大変喜ばれています。

(高島)

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No.145 三菱創業者「岩崎彌太郎像」

岩崎彌太郎像高島町高島港ターミナル横広場

高島ターミナルのすぐ近くの広場に三菱創業者「岩崎彌太郎之像」があります。この銅像は、近代日本の礎となった「炭坑」の町、高島町の誇るべき歴史と高島炭坑を開発し、日本の発展の原動力となった三菱の創業者岩崎彌太郎の功績を末永く後世に伝えるため2004年(平成16年)12月製作されました。2010年(平成22年)に放映されるNHK大河ドラマ「龍馬伝」は、この岩崎彌太郎の視点からみた「坂本龍馬」の物語です。

(高島)

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No.146 水平線の彼方に見えるもの 伊王島灯台からの自分を見つめる

水平線の彼方に見えるもの伊王島町1丁目

灯台は、島の突端にあり、視界を遮るものは何もありません。見えるのは、青い空と海、小さな小さな船。あたかも自分が広い海にポツンと投げ出されたような感じがします。すると心の中にたまっていた様々なことが思い出され…海の広さと比べるとたわいもないことと元気が出てきます。時として、強風が吹きあれますが、それもまた勇気を鼓舞してくれるものとなります。これほどの景色は、島ならではのものです。

(伊王島)

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No.147 地域の宝 子どもペーロン

子どもペーロン伊王島全域

毎年5月5日に、地区の皆さんが子ども達のためにペ-ロン試乗体験をしてくださいます。最初は怖がっている小さい子もすぐに慣れ、体験では競争もします。この日は、地区の方がお昼をご馳走してくださり、子供達にはとても楽しい一日になります。他にも、申込をしておけば、伊王島の方でなくても誰でも体験させてもらえます。

(伊王島)

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No.148 馬込教会(聖ミカエル天主堂)

馬込教会伊王島町2丁目617

昭和6年、当時の主任司祭、松岡孫次郎神父指導のもと、伊王島船津の大和和吉棟梁が施行し、馬込地区信徒らが実際に労働奉仕して建てた自慢の教会です。現在の物価でいうと、1億5千万円を費やしての大事業だったそうです。昭和20年の原爆の爆風でほとんどの窓が破壊されましたが、祭壇上部のステンドグラスと入口のバラ窓は、奇跡的に残り現在も美しい光を注いでいます。

(伊王島)

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No.149 安保地区チューリップ花壇

安保地区チューリップ花壇香焼町安保地区

例年3月中旬から4月中旬にかけて、約5万本のチューリップが咲き誇ります。11月の球根植え付けから、開花までの草取り作業等の花壇管理は地域住民がボランティアで行っています。3月下旬には「香焼チューリップまつり」が開催されます。

(香焼)

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No.150 香焼総合公園(展望台)

香焼総合公園香焼町2582

展望台からの眺めが絶景です。長崎半島、高島、伊王島、長崎港と見渡すことができ、360度のパノラマが楽しめます。水平線に沈む美しい夕日は感動的です。

(香焼)

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No.151 香焼山円福寺

香焼山円福寺香焼町1034

弘法大師(空海)が中国にわたる際に香焼島へ立ち寄った供養の跡といわれる地で、ここで香をたいたことにより、香焼という地名がつけられたと言われています。また香を焚いた場所と言われる場所に弘法大師(空海)が履いていたという小さな履物が納められています。長崎市の文化財として梵鐘や即非如一の書跡などを所有しており、毎年4月20日、21日には弘法大師祭が行われます。

(香焼)

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お問い合わせ先

まちづくり部 景観推進室 

電話番号:095-829-1177

ファックス番号:095-829-1175

住所:長崎市桜町4-1(長崎商工会館5階)

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