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西川如見の墓

更新日:2013年3月1日 ページID:000698

西川如見の墓

(にしかわじょけんのはか)

市指定史跡

西川如見の墓

指定年月日 昭和48年7月27日

所在地 長崎市寺町長照寺後山墓地

西川如見(1648~1724)は、通称を治郎右衛門、 名を忠英、号を求林斎と称した。はじめ南部草寿(なんぶそうじゅ)について儒学を学んだが、後に小林謙貞(こばやしさだかね)について天文学や暦学を学び、当時、 わが国を代表する天文学者と称された。 享保3年(1718)将軍吉宗は特に如見を召して、天文学や暦学についての意見を聞き、それを参考にしたといわれる。著書には、わが国最初の世界地理の書物といわれる「増補華夷通商考」や、 「日本水土考」、「四十二国人物図」、「天文義論」など多数がある。また、長崎の地誌として知られる「長崎夜話草(ながさきやわぐさ)」は、如見の談話をその子正休(忠次郎)が筆録したものである。

備考

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(補足)地図は目的地周辺の概ねの位置を示しています

路面電車・バス「公会堂前」下車徒歩10分

お問い合わせ先

文化観光部 文化財課 

電話番号:095-829-1193

ファックス番号:095-829-1219

住所:長崎市魚の町5-1(市民会館2階)

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