第1章 おいたち
第2章 原子雲の下
第3章 被爆者救護
第4章 如己堂
第5章 この子を残して
第6章 如己愛人
終章
第1章 おいたち
第2章 原子雲の下
第3章 被爆者救護
第4章 如己堂
第5章 この子を残して
第6章 如己愛人
終章
業績と年表
著作・出版
To English page
トップページへ
永井隆記念館へ
第1章 おいたち
永井隆博士は、明治41年(1908)、父永井寛、母ツネの長男として島根県松江市に生まれた。医師である父の影響を受け、恵まれた家庭で幼少年期を過ごした。

医学を志し、旧制長崎医科大学(現長崎大学医学部)に入学。在学中はバスケットボール部に所属。卒業後、放射線医学教室に在籍、放射線物理療法の研究に取り組んだ。

大正四年 永井一家
大正四年永井一家
左下 隆 上 父寛 母ツネ

松江中学四年時の永井
松江中学四年
永井の父と母
父 寛 母 ツネ
旧制長崎医科大四年時の永井
旧制長崎医科大四年

満州事変に幹部候補生として出征する。このとき慰問袋の中にあったカトリックの宗教書を読み感銘を受け、後の思想に大きな影響を受ける。
帰還後カトリックの洗礼を受け、霊名をパウロとなのる。
この頃最愛の妻、森山緑と出会い結婚する。

再び日中戦争に軍医として中国各地を転戦し帰国(昭和15年・1940)。
同年長崎医科大学助教授となり物理的療法科部長となる。

昭和九年 軍服姿の永井
昭和九年
妻 森山(永井)緑
妻 森山(永井)緑

Copyright (c) 1999 Nagasaki city . All Rights Reserved.